8 他の誰かになる。拡張体験の快楽

これまでにも「語り手」を演じることについて書いてきました。ここではその醍醐味について触れたいと思います。

 

【晴れ男の悩み】

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054892340431/episodes/1177354054892651681

 

高階個人は「雨男」です。最初にそれに気づいたのは、高校3年生のとき、卒業アルバム委員を務めたことです。ぼくは写真館の人と折衝する立場にあったのですが、学年全員が集合しての写真を撮るという日が何度も雨で流れ、その時写真館の人が恨めしげに「こんなに何度も流れるのは初めてや。誰か雨男がおるんやないか」と呟き、その場は「ははは」と笑ってすましたのですが、以後いろいろな場面でそれを思い知ることになりました。

 

というわけで「晴れ男」はぼくとは真逆の人物です。冒頭に、まさしくこの、ぼく自身の体験談のちょうど裏返しのエピソードを持ってきたのはそういうわけです。

 

ぼく自身の人生とは180度違う、晴れて晴れて晴れまくる人生はどんな感じでしょうか。もらったお題は【晴れ男の悩み】ですが、晴れが続いていったい何を悩むと言うのでしょうか。冒頭の卒業アルバムのエピソードから始めて、晴れ男はいったいどんな体験をしてきているのか追求することにしました。

 

どんどん書きすすめるうちに、「梅雨時のしっとりした情緒」を求めている時にピーカンなのは困るだろうとか、日差しを避けたい時、雨で有名な観光地、降る雪も情緒のうちのスキー場など、ちょっとくらい降った方が味わい深いシチュエーションを思いつくうち、ただ晴れればいいってものじゃないことがわかってきます。

 

こんな具合にして語り手の「おれ」は、晴れ男であるがゆえの悩みをかかえていることがだんだん明らかになってきます。この先の展開は作品で読んでもらうとして、このように「他の誰かを演じて書く」ということを通して、それまで考えたこともなかった世界に触れることができるようになります。

 

作者である高階自身のままでは考えたこともない考え方、感じたこともない感じ方を見つけたり、実感したりすることができます。虚構エッセイの醍醐味の一つと言っていいでしょう。


本来「雨男」であるぼくからすれば、人生のここぞと言う時に全部いい天気の「おれ」は一見羨ましい人のはずです。少なくともこの作品を書く前はそうでした。でもこの作品を書いた後にはもう「そんなに単純な話じゃない」と思うようになっています。つまりこの作品を書く前のぼくと、書いた後のぼくは決定的に変わっているわけです。

 

ここでは「雨男」と「晴れ男」という単純な対比を例に挙げましたが、年齢性別立場思想主義主張など、ふだんの自分から少しずらしたり、大きくずらしたり、いろいろな語り手を設定することで、ぼく自身の頭の枠組みをずらすことができるのです。「こういう人はこう考えるんだ!」と発見したり、「こんな風な感じ方もあるんだな」と共感したり。

 

ものの見方、感じ方、考え方にはそれぞれに背景があって、その人はその人のように見て、感じて、考えるしかないわけですが、そういう多様性をつかのまではありますが体験することができる。さまざまな語り手を設定して、虚構エッセイを書けば書くほど、別な人の別な目で見た別な人生を体験することができる。

 

硬直しがちな頭をちょっと柔らかくしたり、ちょっと広げたり、時にはまるで別次元に飛ばしたり。そういうことができるのも、短いエッセイを次から次に書くスタイルならではの楽しみなわけです。

 

ここに書いたようなことは(あるいはこれまで書いてきたようなことは)、小説家ならみな当たり前にやっていることばかりです。虚構作品を書くということはそこに様々な立場の登場人物が現れて、それぞれのものの見方考え方をぶつけあってものがたりが進行するわけです。その都度、作家は瞬間芸的にその登場人物たちを演じているわけです。だから虚構エッセイでなくとも、みんなやっていることと言ってしまえばそれまでですが、裏返して言えば、こうして大量に書き溜めてきたSFPエッセイという作品群は、ありとあらゆるタイプの「人物ファイル」「人物カタログ」のようなものと言ってもいいでしょう。


そういえばイッセー尾形の『都市生活カタログ』というのがありましたね。どこか通じるものがあるかもしれません。

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