5 近未来お茶の間SFの世界

後に大きく花開く手法の一つに近未来SFがある。今回も読んでいるのを前提にネタバレ全開で書きます。


【どうにも許せない】SFPエッセイ009

https://kakuyomu.jp/works/1177354054892340431/episodes/1177354054892468161

 

【どうにも許せない】はたしか何も浮かばなくて書き出しに困った作品の一つです(まあ、多くの作品がそうなのですが)。そこでとりあえず「どうにも許せないことって何だろう」ということを素直に書き始めました。「大抵のことは許せるが生理的に無理ってことはある」なんて調子で、ここまでは虚構ではなく、ごく普通のエッセイだと言えます。

 

タバコや禁煙に関する話に入ったところまでは、個人的な体験をもとに書き進めたものの、なにしろ虚構エッセイなので、どこで虚構に踏み入れるか虎視眈々とねらっており、このパラグラフで「千代田区ではとうとう路上喫煙者を市民が逮捕して警察に突き出してもいいという条例が通った。」として、禁煙運動が過激化した世界を設定しました。

 

そこから自転車が自動車を駆逐する世界へと進み、時代の変化についていけない老人である語り手のぼやきが始まります。こうしてお題の【どうにも許せない】が語り手のぼやきのフレーズとして使えることがわかりました。語り手のキャラクター設定と、お題の活かし方、つまりここでは何度も繰り返されるぼやきのフレーズというフォーマットが見えたわけです。

 

ここから先は、その語り手が何についていけないかというネタ探しですが、またしてもSTAP細胞ネタを思わせる事件をいじくりつつ、なんと死者の再生技術が確立した世界が描かれます。もはや完全にSFの領域です。しかも再生した死者がけっこう凄惨な姿をしていることからゾンビもののホラーのようでもあります。

 

それでも語り手はその日常を生きているので、話は全然未来っぽくもならず、ホラーっぽくもならず、どちらかというとお茶の間日常感覚のままぼやきが展開されます。2005年以来のSudden Fiction Projectを通じて持ちネタの一つとしてきた「爆笑ホラー」の系譜に連なる作品ということもできるでしょう。

 

最終的に語り手は、ゾンビがうろうろしているエリアにたまたま前から住んでいたために差別や偏見にさらされる立場になっていることがわかり、「どうにも許せない」とぼやきつつ、自分もその「蘇生ドリンク」を飲もうかどうか迷い始めていて、そういう自分も含めて「どうにも許せない」とぼやき続けるという展開で、ここまで来るとシュールな世界ながらその語り手の気持ちは普遍的なものとして理解できるものとなっています。

 

この作品の中ではタバコ、モータリゼーション、原発事故、STAP細胞事件などを「くすぐりのネタ」程度に扱っていますが、それらを直球で扱うのではなく、架空の世界を描き出し、その世界の中でもやはり読者に共感を生むエッセイが書けるというのはちょっとした発見で、これ以降、近未来社会を扱う作品がちょいちょい増えて行くことになります。

 

悪夢のような近未来社会を日常的なタッチで描くことで、読者は「そんな社会になってほしくない」と思うかもしれませんし、「もしもそうなったら自分はどうするだろう」と考えるかもしれませんし、ひょっとすると「これはたとえばなしで、実は似たようなことは現実にある」と連想するかもしれません。ここに虚構エッセイの可能性がひらけた、そんなきっかけの作品です。


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