4 どこまで演じきれるか問題
今回取り上げるのは、高階個人とは対極のスタンスを演じようとしたこの作品。例によって既に読んでいるのを前提に書きます。
【お金】SFPエッセイ007
https://kakuyomu.jp/works/1177354054892340431/episodes/1177354054892437221
冒頭「世の中、お金が全てである。」と書き始めています。普段のぼくの書いているものを読んでいる人は真逆なことを言っていることに気づきますが、純粋に一人の読者として読んでいる人はそんなことは関係ありません。
ぼく自身、虚構エッセイという枠組みの中ではどんなキャラクターになってもいいと気づき始めていて、そこにこの【お金】というお題が出てきたので、一度とことん「世の中、お金が全てである。」というスタンスの人の思考をたどってみようと考えたわけです。
「書くコスプレ」と言っていますが、外見的な話だけでなく、頭の中までなりきることができればこれはすごいことです。ものの見方、考え方、価値観など、普段の自分ならしないような思考をたどる実験です。もしもこれを徹底的にできれば、トランプ大統領の頭の中も、金正恩委員長の頭の中も、要するに多くの人にとって「あいつの思考は理解不能」と言われがちな人の頭の中も「見える化」することができるかもしれません。
この作品においてどこまでできているかたどると、「愛、理想、命、幸せ、時間」など一般に金では買えないとされているものをとりあげ、「愛」を槍玉に挙げ、金さえあれば失わずにすんだものとして葬り去ります。
残る「理想、命、幸せ、時間」についても徹底的にやればよかったのですが、この語り手はそこをパスします。しかし「どんな理想的な世界を描いても実現しない限りそれはファンタジーにすぎない。予算がついてシステムを立ち上げ実社会に導入してはじめて実現する。そのためにはかならず予算が必要になる。予算のつかない理想は絵空事でしかない。」と断言し、「理想、命、幸せ、時間」も「愛」と同じく金次第であることを論じます。
ここまではなかなかいい感じでした。
ただ次の1行で「だから世の中、お金が全てなのである。お金を中心に考えている限りは。」と書き、お金の力に応じない生き方を書き始めたあたりから展開が変わります。
もちろんそれは作者の好みに引きずられてということであり、この展開を喜ぶ読者がいることもわかっているので、このように書くことがいけないわけではなく、話がどう展開しようが勝手にすればいいわけですが、「自分ではない誰かを演じきる」という一点においては中途半端だったと言わざるをえません。
この後もいろいろな人を演じますが、最終的にはどこかで自分の感じ方や考え方に引き寄せてしまいがちです。ここについてはもっととことん振り切った作品があってもいいのではないかと感じています。
みなさんもぜひ挑戦してみてください。
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