【お金】SFPエッセイ007
世の中、お金が全てである。
「とんでもない!世の中、お金じゃない。お金では買えないものがある。例えば愛、理想、命、幸せ、時間。どれもお金では買えないじゃないか」
という反論が出てくるのはよくわかっている。言いたいこともわかるし、そう信じている人の考えを変えようとは思わない。誰も止めないのでそう信じ続けるといいと思う。応援したっていい。
でも、世の中、お金が全てなのである。
例えば、愛。お金で買えるからといって売春や援助交際の話をするわけじゃない。そんなので買えるのが愛ではないことは子どもにだってわかる。でもこういうことは言える。あなたにお金がないとする。あなたが男性か女性かは問わない。とにかく極端にひどくせいせいするほどお金がないとする。そして今とてもお金が必要な事態に迫られている。親の病気かもしれないし、子どもの学費かもしれないし、これを払えないと会社が潰れて従業員が路頭に迷うのかもしれない。とにかく今すぐにどうしてもお金が必要な事態に迫られている。一方、あなたのパートナーはとても魅力的な人だ。そしてあなたのパートナーにつきまとう金持ちがいて、一夜のセックスであなたが必要とする金をくれると持ちかける。あなたのパートナーは非常に悩むが、あなたのためだと思いそれに応じる。よくあるベタな二流三流の昼メロ的展開だ。金持ちに好き放題に弄ばれて、あなたの想像を超えるような最低最悪の辱めを受けて、あなたの魅力的なパートナーが帰ってくる。もちろんパートナーはそのことを言う気はない。でも金持ちはご丁寧にそのことをあなたに教えてくれる。
金持ちがお金で買ったのは愛ではない。それは認めよう。では金さえあればあなたが失わずに済んだものは何?
例えば、理想。例えば、命、幸せ、時間、とこの調子で続けてもいいのだけれど、さすがにそれは私も胸が悪くなるからやめておこう。ごく簡単にまとめるとこんな感じだ。どんな理想的な世界を描いても実現しない限りそれはファンタジーにすぎない。予算がついてシステムを立ち上げ実社会に導入してはじめて実現する。そのためにはかならず予算が必要になる。予算のつかない理想は絵空事でしかない。命を買うことはできない。けれど、お金があれば失わずに済む命があることは誰にも否定できまい。幸せとお金についてはさっきの魅力的なパートナーの例で十分すぎるだろう。お金さえあれば失わずに済む幸せがあるのだ。時間を自分のために買い足すことはできないが、金があれば誰かに何かを代行させることで自分の時間を確保することはできる。これも金がなければできないことの一つだ。
だから世の中、お金が全てなのである。お金を中心に考えている限りは。
もしも先ほどの「愛」をめぐるエピソードで、あなたが必要なお金を払えるか払えないかはどうでもいい話だったら、あなたの魅力的なパートナーは悩みもしないし、金持ちの提案に応じる必要もない。それでは親の病気が治らず、子どもの学費が払えず、会社が潰れてしまうじゃないか、ということになる。けれど、愛を失ったあなたを見て親は喜ぶでしょうか? 愛を失った親に育てられる子どもは幸せでしょうか? まあ従業員に関して言うと愛なんかよりお金かもしれません。お金をもらえない従業員はたまったもんじゃないでしょうけれども。
お金が出現する以前の世界では「世の中、金が全てだ/世の中、お金じゃない」という議論は存在もしなかった。けれどいったん出現したお金は世界を一変させた。お金は世の中のほとんどすべてのものを測れるくらいパワフルなモノサシだったので、瞬く間に広まった。もう「お金出現以前」の世界に戻ることはできない。けれども、もしも、お金に匹敵するくらいパワフルな、全然別な軸のモノサシが登場したら? お金の軸とは垂直方向のベクトルの、つまりお金のモノサシではゼロのまま、お金では換算できないモノサシが出現したら?
すでに存在する、そういったモノサシの一つが信仰だ。ただし宗教はすでにビジネスになっているので、微妙な位置付けだ。では、またさらに別なモノサシが出現したら? その時は仕方がない。「世の中、お金が全てではない」と認めることにしよう。
(「【お金】」ordered by 岡安 圭子-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。
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