第14話 過去に眠る不老不死

 ──カルン荒野、東部の農村〈ポルタ〉。

 カルン荒野では珍しい、人工的な壁を持たない集落のひとつである。


 環境汚染による干ばつ・砂漠化が問題視される昨今では、人間の住める環境を維持するため、人工的に作られた壁の向こうを〝居住区コロニー〟と定義して暮らしているのが一般的。そんな中、この集落は壁を持たない農村として今でも機能している。


 魔法が廃れた現在、主な生活の基盤は風力などの自然エネルギーの他、鉱力こうりょく──特殊な鉱石──をエネルギー源として用いた大型産業文明だ。しかし鉱石エネルギーの実用化を急ぐ過程で多くの有害物質を排出したために環境の汚染が進み、現在のような荒れ果てた土地が多く誕生した。


 森が失われた原因の一端には〝水辺の精霊〟とも呼ばれた人魚の絶滅が深く関わっているとされる。精霊を失った湖は枯れ、水を失った森は滅び、何も無い荒れ地へと変わってしまったのだ。


 人魚は自然の守り神。

 けれど、人間ヒトの欲が人魚を殺し、森を壊した。


 かくして、その生き残りである翡翠色の少女の機嫌を損ねてしまっているのもまた、愚かな一人の人間なのである。



「なあ、人魚……お前、いい加減出てこいよ……」



 農村内の古びた宿の一室にて。

 ジゼは眉間を押さえ、一切反応のない鏡に頭を悩ませていた。


 村にたどり着いて、約二日。路銀や道程に問題はなかったものの、この二日間でエメリナがとある問題行動を起こしており、ジゼはまさに頭を抱えている真っ最中なのである。


 なんと彼女は、この村にたどり着いてから──鏡に潜ったっきり、一度もその姿を見せていない。



「おい、人魚! 少しは返事しろって!」



 呼びかけるが、やはり明確な言葉は返ってこない。ぷくぷくと泡は浮かんでくるため、何か答えてはいるようだが、姿を見せるような素振りはからっきしだ。ジゼはかぶりを振ってため息をこぼした。


 現状を簡単に説明すれば、ジゼがエメリナから一方的に避けられているような状態が約二日間続いている。原因には心当たりがあった。おそらく、先日の夜の彼女とのやり取りの中で「人魚なんか嫌いだ」とジゼが吐き捨ててしまったのが確執の大きな一因だろう。


 つまるところ、人魚は水の底でへそを曲げているのだ。



(くっそ、完全に拗ねてやがる……何も食おうとしねーし、この状態が続いたら体調崩すぞコイツ)



 うんともすんとも言わない人魚に、案外心配性のジゼはハラハラとどうにも落ち着きがない。少し前まではエメリナが鏡から抜け出す度に鬼の形相で怒鳴っていたのだが、さすがに丸二日も顔を見ていないと怒りよりも心配の方が勝ってしまうらしい。


 ここは下手したてに出なければ……と考え、ジゼは努めて優しく言葉を紡ぐ。



「なあ、人魚、悪かったって。あの時はちょっとムシャクシャしてたんだよ。八つ当たりしてごめんな、謝るからさ、早く出てこいよ」


「……」


「チッ、ダメか。強情なヤツめ……」



 頑なに反応がない鏡面を睨みつつ、これは物で釣るしかあるまいとジゼは立ち上がった。



(いつまでも意地張ってられると思うなよ、アホ人魚が)



 フッ、といびつに口角を上げるジゼ。脳内に浮かぶのは甘くておいしい彼女の好物。泣きっ面だろうが膨れっ面だろうが、アレさえ与えておけばたちまち人魚の機嫌が直るのをジゼは知っている。



「あーあ、人魚が全然顔見せてくれなくて残念だぜ~。せっかく今から蜂蜜買いに行くってのになぁ〜。一人で高級蜂蜜でも堪能するか〜」



 鏡の中に言い聞かせるようわざと声を張って呟けば、それまで微動だにしなかった鏡面がちゃぷっと波立つ。


 どうやら彼女の耳にも届いたらしい。

 しめしめ、ようやく反応しやがったな──密やかにほくそ笑んだジゼは、布を被せた魔水鏡ホロウメロウを肩にかけた専用ベルトの留め具に繋げると、普段通りにそれを背負って外へ出た。


 この村──ポルタは、小さな農村。

 田畑には野菜が実り、馬や山羊が放牧され、貴重な緑が残っている。


 なんでもカルン荒野の北地にある山から湧き出た綺麗な水が地下に溜まっているらしく、その地下水のおかげで自然豊かな美しい情景が維持できているのだとか。共にここまで連れてきた馬──〝おさかな〟も、久方ぶりの新鮮な草に喜んでいた。


 だが、あの馬に限っては、現在ポルタ村の外に繋いでいる。一応ああ見えて盗品であるため、もし自警団や騎士団が来た時に見つかって面倒なことになるのを避けるためだ。念には念を、というやつである。


 一日に何度かは馬の顔を見に行ってやるジゼだが、どうにも性格的に能天気な馬らしく、どこかの人魚と違って自分だけ置き去りにされたというのに何の気にもとめていない様子だった。



「おい馬、お前あんまりその辺の草食いすぎんなよ。ニンジン買ってきてやっから」


「ヒヒーン!」



 おさかなはジゼの言葉に答えるように高く鳴き、黒い尻尾を高く上げる。なかなか可愛げのあるヤツだと微笑みながらその背を撫ぜ、ジゼは再び村に戻って、最寄りの市場をめざして歩き始めた。


 実の所、この村には何度か訪れたことがある。

 周辺の集落が少しずつ人工壁のシェルターに覆われていく中、この村はジゼの記憶の中の風景のままほとんど変わらない。

 農村ゆえに昔から田畑の肥やし臭さは拭えないが、懐かしい空気感の残る村の情景は嫌いではなかった。



(俺が昔ウェインと住んでた山のふもとにあった村も、こんな感じだったんだよな。全然いい思い出ねえけど)



 どこか遠くに目を向けながら物思いに耽りつつ、ジゼは慣れた足取りで市場へと赴いた。少し歩いた先に蜂蜜の店があったはずだと古い記憶を辿っていけば、予測通りに店が構えられており彼は迷わず足を止める。



「すみません、少々値が張っても構わないので、ここらで一番おいしい蜂蜜をいただけます?」



 すぐさま外行き用の口調に切り替えたジゼは、蜂蜜売りの老婆に問いかけた。ほがらかに微笑む老婆は「はいはい〜」と頷き、商品棚に並ぶ瓶詰めの蜂蜜を指さしながら「この辺がおすすめよぉ」と彼を見る。直後、老婆は訝しむように目を細めた。



「あらぁ? あなた、その髪型……随分と古い風習を律儀に守ってるのねえ。若いのに」


「え?」


「ほら、あなた、片側・・の髪だけ長く伸ばしてるでしょう? この大陸に伝わる古い風習でね、男の子は十三歳まで髪を伸ばして、その年齢を過ぎると片方の髪だけ切り落とすのよ」



 指摘され、ジゼは思わず短い方の髪に触れる。老婆は朗らかに続けた。



「大昔、まだ人魚が居た頃、人魚はメスしか居ないから男を攫うって信じられててね。少しでも女の子に見せかけるために、男の子は髪を伸ばす風習があったの」



 人魚が絶滅したのちに消えた風習だけれどね、と続けながら、老婆は蜂蜜の瓶をいくつか並べる。


 右側の髪は顎下の長さで切り落とし、残った左側の長い髪だけを結っているジゼ。

 彼女の言う通り、幼い頃の彼は両方の髪を伸ばしていた。そして、成長すると右側の髪だけウェインが切り落とした。


 ウェインも同じような髪型をしていたため、お揃いになれたのが嬉しかったのをよく覚えている。



(当時は風習のことなんざよく知らなかったが……そうか。この髪型も、そろそろやめねえといけねえのか)



 せっかくウェインと同じなのに、とジゼは無意識に視線を落とした。老婆はそんな彼の顔をじっと見つめ、首を傾げる。



「……そういえば、今思い出したけれど、随分と昔に同じ髪型をした人を見たことがあるわねえ」


「!」


「まだ私が子どもの頃だったけれど、彼もこの店で蜂蜜を買ったのよ。当時は母が店に立っててねえ、懐かしいわぁ。あの時の彼、顔もあなたによく似ていた気がする。髪の色も目の色も、あなたとそっくり」


「……はは。まあ、僕なんてどこにでもいる顔ですからね」



 作り笑顔で応対しつつ、やがて値の張る瓶をいくつか指さしたジゼ。老婆は「あぁ、はいはい」と笑顔で頷き、指定された瓶を手に取る。


 流れるままに蜂蜜──と、ついでにニンジン──を購入した彼がそれらを袋に詰めてもらっている間、「そうだわ、あなた、この村に長居するなら気を付けた方がいいわよ」と老婆はまたも口を挟んできた。



「この辺は荒野の端で自然豊かだけれど、最近は風に乗ってくる黒い煙が陽の光を遮るせいか山の実りが少ないみたいでねえ。獣が村に降りてくるのよ」


「……獣が?」


「ええ。冬も近いし、きっと山に食べるものがないんだわ。昔はこの辺の山々も緑に溢れて作物も豊富な土地だったのにねえ。私のひいおばあちゃんなんて、湖で人魚を見たと言っていたわよ。……今となっては、どこまで行っても乾いた地面が続くばっかり」



 遠くを見つめ、悲嘆する彼女は更にしわがれた声を紡ぐ。



「人魚はねぇ、森の守り神だったの。それを昔の人間たちが〝不老不死〟の欲望を抑えきれずに殺してしまったから、湖が枯れて森も消えたわ」


「……」


「人魚の喉を喰らえば不老不死になる──なんて、あんなもの迷信なのにね」



 嘆息する老婆。

 ジゼは蜂蜜の紙袋を受け取りながら、そっと視線を落とした。



「……ああ、そうだな、迷信だ。人魚の喉なんて、食っても何の意味もない……」


「え?」


「……いえ。何でもないです」



 小さな呟きも彼女の耳には届かなかったようで、ジゼは何事も無かったかのようにハリボテの笑みを再び顔に貼りつける。訝しげな老婆に構わず、軽く会釈したジゼはすぐに背を向けてその場を去った。


 程なくして村の外まで戻ってきた彼は、自身の喉元に手を当てて眉根を寄せる。



「……くそ……ろくでもないこと思い出した」


「ヒヒーン」



 苦く呟くジゼに構わず、呑気に彼の元へやってきたのは、先ほど購入したニンジンの匂いにつられてやってきた馬だった。


 ねだるように顔を近づけてくる馬──もとい、おさかなに目を細め、ジゼは紙袋の中からニンジンを取り出す。「ブヒヒヒン」と妙な声を出したおさかなに、ジゼは些か呆れ顔だ。



「はあ、気が抜けるわお前の声。そう慌てんなよ、たくさんニンジン買ってきてやったから」


「ヒヒヒヒーン!!」


「喜んでんの分かりやす……」



 露骨に興奮するおさかなにつられて頬が緩んでしまい、ジゼはニンジンを与えながらその背を撫でる。「成り行きとはいえ、いきなり俺みたいな無法者に同行させることになっちまって悪いな」などと労る彼は、ニンジンを嬉しそうにむさぼるおさかなを見つめた。



「……でも、やっぱり俺はお前の名前にはまだ納得してねえぞ」


「ヒヒン?」


「馬なのに魚扱いなんてお前も嫌だろ。待ってろ、どうにか人魚を説得して、いつかカッコイイ名前に改名してやるからな」


「ヒヒーン」



 そんな無駄口を叩いていれば、背負った鏡の中からバシャッと激しい水音が耳に届く。どうやらエメリナにも聞かれてしまったらしく、自分が命名した〝おさかな〟の名前に文句を言うなと憤っているようだ。


 おそらく鏡面の近くにいるのだろう。宿に戻ったら高級蜂蜜で一本釣りしてやるぜと密かに決意しつつ、ジゼはおさかなにニンジンを与えて、また口角を上げたのだった。




 * * *




 ──同時刻。とある枯れた森の中にて。



「エマさぁん。こんな辺鄙へんぴなところに何の用っすかぁ? 俺もう帰りたーい」



 カラスを模した仮面マスクを逐一ずらし、ビスケットを噛み砕く赤髪の男──サリは、気だるげに文句を垂れながら目を細める。


 クロウム騎士団に属す騎士長補佐・エマと、その部下であるサリは、第二人工居住区を出たのちにカルン荒野を離れ、枯れかけた森の奥地の道無き道を進んでいた。エマは仮面の下でも表情ひとつ変えずに馬を歩かせ、黒い枯れ木が目立つばかりの不気味な森を歩いていく。



「あーあー、足場が悪くて馬にも乗れなくて歩きだし……しかも昼なのに真っ暗ってどういうこと? だりぃ〜。帰りて〜。あまーいお菓子食べた〜い」


「わがまま言わないの、サリくん。私だって帰りたいわよ。でも騎士長が調査を続けろって言うんだから仕方ないじゃない」


「この前の〝アレ〟を馬鹿正直に報告するからっしょ〜? あんなん報告したら仕事増えるに決まってんじゃないっすか、黙っときゃいいのに。──人魚の生き残りがいる、なんて」



 背後から投げかけられたサリの言葉に、エマは小さく息を吐いた。先日の馬泥棒への尋問の結果──サリがやりすぎて瀕死に追い込んだ末に──そんな情報を得た彼らである。



「あんな重大な情報、上に報告しないなんて無理よ」


「はいはい出た出た、マジメちゃーん。……にしても、なんか焦げ臭い森っすね。どっかで野焼きでもしてんのか?」



 きょろりと周囲に視線をめぐらせつつ、サリはまた仮面をずらしてビスケットを頬張る。続けて「もうこの仮面外していいっすか?」と問う彼だが、エマは首を縦に振らない。



「だめよ、マスクは絶対に外すなって騎士長が」


「どうせ誰も見てないっしょ〜?」


「だめったらだめ、怒るわよ」


「ちぇ〜」



 普段のノリで言い合っていた二人。しかしそれも束の間、目的地周辺へたどり着いたエマは妙な気配に素早く反応して馬を止めた。



「……ほら、やっぱり。マスクを着けなさい、サリくん」


「んえ?」


「魔力の匂いがする」



 声を低めて警告し、エマは馬をその場に残すと武器の柄に手を添える。ひりつく空気を感じ取ったサリは大人しく仮面を付け直し、「魔力ねえ〜」と半笑いで肩を竦めた。



「魔力だの魔法だの、そんなもん使える人間なんて今どきいないと思いますけど〜? 仮に使えても微々たるもんだ、自力で火すらつけられない」


「……いいえ。ちゃんと魔法を魔法として活用できる人間は今でもいるわ」


「どうして言いきれるんです?」


まだ生きているから・・・・・・・・・よ」



 エマがはっきりと宣言した直後、二人の目の前で青白い電撃がほとばしる。バチィッ! と火花を散らしたそれは彼らを焦がさんと熱を帯びて襲いかかったが、烏を模した黒い仮面がたちまち雷撃を弾き返した。


 突として発動したトラップを相殺したエマとサリは、無傷で事なきを得る。



「……うわーお。何すか今の、クソびびった」


まじないのかかったトラップね。私たちの仮面は魔力を通さない素材で出来てるから平気だけど、生身で触れたら丸焦げになる」


「何それ、こっわ……。この仮面って祓魔具エクソマギアってヤツでしたっけ? 時代錯誤なもんだと思ってたけど、まさか役に立つとは驚き。どーりで森が焦げくせーわけだわ、こいつが原因か」



 足元に転がる獣の焼死体を見下ろした後、サリはエマの横顔を見遣ってコキリと首を鳴らした。


 エマ自身に魔力などないが、彼女は魔力を感じ取れる・・・・・力がある。人類が魔法から遠ざかって久しい今、魔力を感知できる存在は貴重だ。身体能力の高さと頭が切れることも相まって、異例のスピードで騎士長補佐まで上り詰めた若き秀才が彼女である。


 そんな上司を横目に見つつ、「ふーん」とサリは目を細めた。



「魔法で封鎖して、この先に誰も入れないようにしてあったってわけ? そうだとしたら随分強い魔法じゃん。数百年間作用してて、その間は誰もこの先に入ってないってこと?」


「そうなんじゃないかしら……私も騎士長に場所を教えてもらっただけで、詳しいことは知らないけど」


「なーるほど。騎士長ってヤバい情報いっぱい持ってそーだもんね。……で、何があるんすか、この奥」



 サリが問えば、エマは一拍の間を置いて答えた。



「……古代の大量殺人鬼の墓があるんですって」


「殺人鬼の墓ァ? うっわ、物々しい。何それ」


「千年以上前、たった一晩で町の人間を一人残らず殺した男がいたそうよ」


「一晩で町人全員をったってこと? うへえ、ヤバすぎじゃん。そんなバケモノ本当に居たんすか?」


「古い収監者名簿に載ってるんだから、実在したことは事実でしょうね」



 冷静に言葉を紡いだエマは生い茂る蔦や枝葉を掻き分け、焦げた屍を踏み砕いて更に奥へと進んでいく。サリもその背を追いつつ、「で?」と口を開いた。



「──そいつが、まだ生きてるとでも言いたいんすか?」



 仮面の奥で瞳をもたげ、サリは問いかけた。エマは一瞬黙り込み、ややあって振り返る。



「……いいえ。処刑の日が来る前に、獄中で死んだそうよ。騎士長がそんな記録を見せてくれたわ」


「あり? でもさっき、『まだ生きてる』的なこと言ってましたよね」


「あれはこの殺人鬼のことじゃない。……彼が遺したもの・・・・・・・は、まだ生きている可能性があるってだけ」



 声のトーンをやや下げて、エマは長い髪を耳にかけた。ようやく見えてきた〝墓〟は、まるでただの瓦礫の山。苔むした岩が積み上げられただけのその場所の前に立ち、エマは続ける。



「この殺人鬼には血の繋がらない息子がいる。投獄される前、その息子に自分の能力を引き継がせたという話よ」


「……息子ぉ? 能力?」


「ほら、少し前に馬泥棒の取り調べをしたでしょう? あの時ね、取り調べをした盗賊から、わずかに魔力の残り香を感じたの。でもあの男には魔力なんてない……ということは、魔法を使える何者かに襲われたってことで──」


「……あのさー、エマさん。まさかとは思うけど、あんた、千年も前に実在したこの殺人鬼の息子が犯人じゃねーかって疑ってんの? そいつが今も生きてて魔法使ったとか言うつもり?」



 鼻で笑うサリ。しかし、エマは表情ひとつ崩さずに「そうよ」と頷いた。

 彼女はどこからともなく小さな袋を取り出し、その中に収めていた〝鱗〟を、ぱらぱらと墓の上に落とす。



「サリくんは、人魚の伝説を知ってる?」


「え、何いきなり……まあ、迷信程度なら知ってますけどぉ。〝人魚の喉の肉を食えば不老不死になる〟ってヤツでしょ?」


「そう。でも、大昔の人々は人魚の喉の肉をいくら食べても不老不死にはならなかった。しかも、人魚は酷い味がするそうよ。すぐに焦げてしまって、まるで苦い炭を食べているような味だとか」


「くくっ、昔のヤツらもバカだよねえ。そんな迷信のためにクソ不味い人魚の肉なんか食って何がしたいんだか」


「──成功者がいたからよ」



 吹き抜けた不気味な風がエマの髪を揺らし、サリは黙って視線を上げた。名ばかりの墓の下に眠る凶悪な殺人鬼とやらは、彼らの来訪にいったい何を思うのか。



「……この男は、世界で唯一、人魚から〝不老不死〟の力を得た男だった」


「……え」


「彼はたった一人で、人々の寿命を食い尽くした・・・・・・・・・、最悪の殺人鬼よ」



 彼女は静かに告げると鱗の散らばる墓の前で屈み、「〝汝の主の居場所を示せΒρείτε-βρίσκεστε〟」と古代の呪文を紡ぐ。


 墓の周辺に残る古代の魔力とエマの呪文に反応し、鱗は持ち主エメリナの居場所を示して淡い魔力糸を伸ばした。



「……彼の遺した〝息子〟が、人魚を匿っている可能性は高いわ」



 伸びる糸を見つめ、エマは立ち上がる。


 名ばかりの墓として乱雑に積み上げられた瓦礫の表面には、ほんのわずかに、〝ウェイン=カイエル〟の文字が残っていた。

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