無能の竜人
禊
序章
第1話 始まりの日
「ハァ、ハァ…」
誰もいないような森の中、息を荒らげながら雨のせいでぬかるんだ道を走る。
体を打ち付ける雨は無常にも疲労した体から体力も体温も奪って行っているようだった。
『ツイてない』なんて考えが頭をよぎったが、そんなことを考えている場合ではないと思考を振り払って、どうにか雨をしのげる場所を探す。
しかし、辺り一面に広がった濃霧と鬱蒼と生い茂る木々のせいで視界も悪く、見つかる気がしない。八方塞がりなこの状況に嫌気がさす。
「どうして…」
そんな独り言が自然と口からこぼれた。
理由など嫌なほどわかっている。
俺が「無能」と呼ばれる理由になったあの日から―――
――――――――――――――――――――
俺が育った村は、山の奥にある小さな集落だった。と言っても、そう大人たちから聞いただけで、生まれてこの方村から出ることもなく、食料は自給自足。畑を耕したり、動物を狩って暮らしていた。村に住んでいるのは、だいたい30人程度の大人たちと、子供は俺含めた幼馴染2人との3人だけだ。
特筆すべきことは特になく、子供らしく日中は遊んで、日が落ちたらご飯を食べてから眠る。平凡で平和な暮らしであったと思う。
強いて言うならば、村で行われることほぼ全てが魔法を使って行われていたものだということであろう。
この世界では、誰でも体に【魔力】というものを持っている。それを使って行うのが、【魔法】そんなことは子供でも知ってる常識である。
畑を耕すのにも魔法を使うし、狩りに行くのだって魔法を使って行う。それが常識。それが日常だった。俺だって、いつか自分も魔法を使うものだと思っていた。
10歳になった頃、村の子供たち―――俺と幼馴染の2人が集められ、魔力の検査をすることになった。
魔法には向き不向きがあって、それを調べることで自分にあった魔法を使うことができる。ちなみにまだこの時の俺たちは子供には危険だからという理由で魔法を使うことも教わることも無かった。
検査の内容はとても簡単で、村にたまに来る商人から村長が買った魔力の適正を調べる水に血を一滴垂らすだけというもので、魔力は血に含まれていると言われていて、その魔力に特殊な水が反応して、適性がわかるというものだった。水の色が赤に染まれば、火の魔法の適正という感じに様々な適正があるらしかった。
準備を村長がしていると村の人間が興味本意でゾロゾロと集まり、俺たちを囲むような形で検査を見守る。村の人達は久しぶりに見るこの儀式のようなものに興味津々のようであった。
検査が始まると1人目から順に水が入った瓶に血を垂らして行き、赤、青、と順に水の色が変わっていった。先に検査を終えた2人はどこか誇らしげで、不思議と輝いて見えた。最後は俺だった。
村のみんなと幼馴染に見守られながら、胸の高まりを感じつつも、指先を刃物で少し切って血を水瓶に垂らす。
落ちていく血の雫を見つめながら想像が膨らんで止まない。どんな色になるだろうか、どんな魔法が使えるだろうか。そんな能天気なことしか頭に無かった俺はこの後起こりうる最悪の想像なんて1ミリも考えてはいなかった。
血が水に落ちたのを確認して瓶を覗き込む。
これが、全ての始まりだったのだと思う。
水瓶の底をのぞかせる透明なままの水は俺の阿呆面を映し出すだけだった。
無能の竜人 禊 @ryo141021hyakki
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