ガタコ

安良巻祐介

 あまり日の差さないおれの部屋の一角に、ガタコと呼ばれる獣の様な人の様な形の張り子が置いてある。


 あまりよく覚えていないが、旅先で購入したお守りの一種で、虎とか熊のそれよりも効力があるとか言う触れ込みだったように思う。


 生来の健忘症もあっておれの旅はいつも胡乱だから、帰ってきて回想できるほどの細かい記録を残せることはまれだ。ノートも取らないし、カメラの類も持ち歩かない。PHSは簡単な電話ができるだけだ。


 だから、ガタコをおれに売りつけたやつの顔も、うるさいくらいの夏の日差しの中で、落ちかかる影にまだらになりながら、やけにニッタリとした笑みを浮かべていたことくらいしか、思い出せない。


「隅っこにね、ぽんと、据えておくだけでもいい。魔除けってそういうものだから」


 そんなことを言っていたはずだ。いや、それは、峠でしつこく話しかけてきた、豆不動の押し売りの台詞だったか。もはやわからない。気の向くままに彷徨する旅路でのあれこれは、すっかり記憶の生ぬるい襞の合間に隠れてしまった。


 ガタコの顔を見る。オオカミと鰐を足して、三で割ったような、大袈裟なばかりでどこか抜けたようなツラをしている。体には、還暦祝いのような赤いちゃんちゃんこを着けているばかりだ。たぶん、妖怪の仲間だとは思うが、調べてみるほどでもない。


 その隣、薄暗い部屋の薄暗さが集積して、事故のようにそこだけ唐突に黒い穴じみた色になった場所に、異様な童子が、穴から上半身だけを出して、もがいている。大きさは鼠くらい。そんなに小さい人間はおるまい。だいたい、目玉が五つほどある上に、舌も蛇のように長いから、普通の子どもではないどころか、あまり良いものでもないのだろう。


「しゃあしゅるしゅるしゅしゅしゅああああしゅるしゅしゅしゅ」


 何かそういう、擦過音に似たうめき声を上げながら、体をばたつかせている。


 ああいうのも、悪霊とかいうのだろうか。


 おれか、この場所に恨みがあって、ああやって出てきているものか。


 まあ、何でもいい。

 呪われていようが、恨まれていようが、あまり変わりがない。うまく意識できない。そんな俺だ。いつもと何が違うのか、よくわからない。


 それはとても、寂しいことだ。


 ごほごほとせき込むおれの猫背を笑うように、ガタコは、その鰐口をグイと大きく曲げている。


 最初から、こんな顔だったろうか。こいつも、何か上手く伝わらないことを、俺に訴えようとしているのだろうか。考えてみてもわからない。


 何か言って見ろ。文句でも、警告でも。


 佇むガタコに、戯れでそう言ってみるが、何も返事はない。


 また旅に出てみるか。何も覚えていられない、そのくせみやげ物ばかりが増えてゆく、胡乱な小旅行に。

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ガタコ 安良巻祐介 @aramaki88

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