宝探し物語_5

「『最果ての図書館の果て』?」

 新たな謎に、一同は唸った。

「パライナの地図上、最果て図書館は北にある。つまり一番北側ということにはならんかのう?」

 古代史の魔物が言った。しかし、フリルの魔物が反論する。

「その理論でいくなら北門が果てになりますわよ? あそこには宝を隠すような場所、ありませんわ」

 今までで一番意見が出なかった。宝はもうすぐそこなのに。

「推理小説の魔物が戻ってきたら聞いてみる?」

「アネットまで行って、本の出来上がりを待っておるんじゃろう? いつ帰って来るか……」

 小さな魔物の意見に、古代史の魔物が首を横に振った。

「果て……、遠い……、離れている……、おしまい……、最後……あ」

 ぶつぶつと独り言を呟いていた冒険小説の魔物が、何か思い付いたようだった。

「どうかしましたか?」

 リィリが尋ねる。

「いや、何と言うか、俺たちの間では当たり前なんだけどさ、この図書館の無数にある部屋って、実は番号が振られているんだ。どこかに書いてあるわけじゃないけど。その最後の番号が、果てってことにはならないか?」

「しかしのう……この図書館は本が増えるに従って、部屋も増えるじゃぞ。宝を隠すなら、もう少し不変的な場所にありそうじゃが……」

「もしかしたら最後の部屋が変わるたびに、宝の場所も変わったりしているかもしれない」

 数々の魔法陣やら、ケットシーの召喚など、魔力を使った仕掛けが多かった。それならば、宝の場所自体はあまり関係ないのではないか。どこへでも、魔力で出現させればよいのだから。

「うーぬ、確かに、今までの仕掛けからして、わからなくもない」

 古代史の魔物も認めた。

「今の最後の部屋は、どこだったかしら?」

「あ、僕わかるよ! あそこだよ。ほら、レインディアの魔法船の設計図とかが入荷されてる……」

「機械関連の本だな」

 行き先が決まった。

 知らず、皆の足取りが早まる。

「ここだな」

 機械関連の本が収蔵されているのは、最果ての図書館の西側。町にある、小さな時計塔のような姿をしていた。煉瓦で出来たとんがり屋根と、小さな黄金の鐘たち。実際に鐘が鳴っているのを、誰も聞いたことはなかったが。

 上部に埋め込まれた飾り気のない時計の針を見ると、宝探しを始めてから数刻の時が流れていることに気付く。リィリは自分が考えていた時間よりもずっと針が進んでいることに気付いて、首を傾げた。体内時計が狂うことは、あまりなかったのだが。

 皆が時計塔の扉に近付くと、

「うぬ?」

 古代史の魔物の手から、今まで集めた羊皮紙が舞い上がった。扉の中心に魔法陣が形成され、一枚の紙となる。

「ここで正解のようですわね」

「ねえ、何て書いてあるの? 早く読んで!」

 小さな魔物が待ち切れないとばかりに、古代史の魔物を急かす。

「待ちなさい。うぬ、『ここを通るは、ひとりのみ。宝を知るのは、ひとりのみ。破れば、宝は永遠に闇の中へ』と、あ――」

「ちょっ、ちょっと待ってくださいまし! どういうことなんですの!?」

 フリルの魔物が大声で遮った。

 しんと、静まり返る。小さな魔物でさえ、喋らなかった。

 羊皮紙に書かれた通りだとすると、ここを通って宝を得ることが出来るのは、または見たり、知ることが出来るのは、たったひとりということになる。

 もし破ったら、宝は消えてしまうのだろうか。最果ての図書館の大切にしている宝が、自分たちのせいで、跡形もなく。

 やっとここまで辿り着いたのに。

 彼らの頭の中で、様々な打開策が駆け巡った。しかし、いい案は浮かばなかった。

 そして、自分が行くと言い出す者もまた、いなかった。

「…………誰かひとりがお宝を持ち出して、皆に見せてあげるっていうのは、どう?」

 小さな魔物が、そっと聞いた。それを宝に聞かれてはいけないという風に。

「その宝が、見せるべきものならよいがな。こう書かれているのを見ると、わしが思うに、何か、この最果ての図書館に関する叡智を与えられるのではないかと思うのじゃが……」

 そしてそれは、人に喋ってはいけないものかもしれない。

 一同はまた黙る。

 そんな空気の中で、気にせずリィリは口を開いた。

「でしたら、魔物たちの中の誰かが行くべきでしょう。リィリはここで待っています」

「どうして? リィリ、知りたくないの?」

 小さな魔物が聞き返す。

「先ほど、図書館のことを知りたいと、言っていたので」

 ケットシーと別れ、魔法書の塔に向かっていた時のことだ。図書館のことを知らないと言っていた魔物たちの声に、いつもより覇気がないことを、リィリは気付いていた。それは元気がないということで、きっと知らないことは、元気がなくなるほど悲しいことなのだろう。

 それならば、自分よりも魔物たちが優先されるべきだと、リィリは考えた。

 他の魔物たちが、冒険小説の魔物を見た。

「あなたが行けばいいんじゃなくて?」

「そうだね。僕、きっと喋っちゃだめって言われても、喋っちゃうもの」

「うぬ、おぬしが行くがよい。それがよかろう」

 冒険小説の魔物は、黙って、扉を睨んだ。

 長いことそのまま逡巡していたが、やがて、決意したように、

「あーっ、やめやめ! あんたたち忘れてないか? 宝を見つけたら、館長に報告しなくちゃいけないじゃないか。喋れないような宝だったら、報告出来ない。この紙は館長に渡して、宝のことも話して、あとは館長に任せればいいだろ。この《空間》の責任者なんだから」

「けれど、いいのですか? 知りたいのでは?」

 リィリが首を傾げる。

 冒険小説の魔物の紙に、赤みが差す。

「あんたが、言ったんだろ! 全部知らなくても、絆は生まれるって! 宝の正体がわからなくったって、図書館が隠し事をしてたって、そんなこと関係なく、俺たちは最果ての図書館を守るんだよ」

 だからいいと、冒険小説の魔物は言った。そして、苦虫を噛み潰したような顔で、

「それに俺だって、仲間と共有出来ないなら、別に知りたくないよ」

 そう付け加えた。

「うぬ、ならば、館長の元へ行こうかの」

 古代史の魔物が、優しく言った。


 ウォレスは、書斎にいた。うず高く積まれた本の間で、仕分けをしている。

 魔物たちとリィリは、ノックして中に入った。

「どうした? 珍しいな」

 メイドが魔物たちと一緒にいるのを見て、ウォレスは驚いたような声を上げた。

「はい。マスター、今、お時間よろしいでしょうか?」

「ああ、いいぞ」

 そうして、彼らは、図書館の館長に、今までの経緯を全て話した。ウォレスは、時々頷きながら、黙って聞いている。

「だから、今すぐあの時計塔に行って、宝が何か、見てきてほしいんだ」

 冒険小説の魔物が、そう締めくくった。

「いや、その必要はない」

 ウォレスはそこで、真顔を崩した。口元に、こらえきれない笑みが浮かんでいる。

「え?」

「だってその宝探しを作ったのは、俺だからな」

 そう言って、また笑い出した。今度は、本格的に、腹を抱えて。

「え、ええええええ!?」

 リィリ以外の、つまり魔物たちが叫ぶ。

 唖然としている彼らに、ひとしきり笑ったウォレスは、

「あー、笑ってすまない」

「どういうことだよ館長!」

 冒険小説の魔物が、食ってかかる。今にも飛びかからんばかりで、他の魔物たちがどうどうと、なだめるようにまわりを囲んだ。

「いやあ、いつも悪戯されてばかりいるから、仕返しに何か悪戯してやろうと思ってさ。ルチアに相談したら、うんと大掛かりなのにしようと言い出したから、俺も乗り気になってしまって。結果、ああなったんだ」

 悪かったと言うわりには、一切悪びれた様子はない。

「はあっ!? ふざけんな! 俺たちがどんな危険な目にあったと思ってんだ!」

「怪我しないように、全部ちゃんと安全策が取ってあっただろう?」

 落とし穴には風の魔法を仕掛けておいたし、ケットシーには来た者に怪我をさせるなとよくよく言い聞かせておいた。高い場所にあるものに関しては、そもそも飛べる彼らが怪我をするわけはない。

「ここにリィリも一緒に来るとは、思わなかったけどな」

「はい。マスター、リィリは仲間に入れてもらいましたよ」

 最近主人がやけに忙しそうに書き物をしていたり、欠伸をして眠たそうにしていたのは、これが原因だったようだ。恐らく魔物たちが寝静まった時間に、こっそりと準備を進めていたのだろう。

「館長殿、よく古代文字が書けましたな」

「ああ、ルチアに古代史を教えてる時に、一緒にな。よく出来ていただろ?」

「うぬ、中々でしたぞ」

 そう言って、古代史の魔物は苦笑した。怒ってはいないようだ。

「館長ともあろう人が、聞いて呆れますわ」

 フリルの魔物が、やれやれと首を振った。

「お互い退屈しているんだから、たまにはいいだろ」

 いつか魔物たちにされた言い訳を、ウォレスは笑顔で使った。

「館長、僕楽しかったよ! それにいくつも謎を解いたよ!」

「そうか。すごいじゃないか」

 小さな魔物が甘えるように、ウォレスの頭の上に乗って、自らの活躍を報告し始めた。それを冒険小説の魔物が、強引に遮る。

「おい、ちょっと待ってくれ。じゃあ、お宝って、一体何だったんだ?」

「ああ、時計塔の鐘が鳴るんだよ。綺麗な音楽が流れるらしい」

「それだけ?」

「それだけだ」

 それを聞くと、魔物は、大きく息を吐き出し、俯いた。フリルの魔物が質問を引き継ぐ。

「何故最後、あんな意地悪な書き方をしたんですの?」

 ひとりしか通れないという、あれだ。

「ああ、その鐘を鳴らす魔法が、跳ねまわりそうだったんだ。それを発動させる場所にいれば安全なんだが、お前たちが大勢入って、あちこちにいたら危ないだろう? 跳ねた魔法が当たるかもしれない。だからふたり以上で入った場合は、魔法が発動しないようにしたんだ」

「あら、そういうことでしたの。私たちには、ずいぶん意地悪な文章でしたわ」

「悪かったって」

 大人しく聞いていたかに思えた冒険小説の魔物が、おもむろに顔を上げて。

「覚えとけ、館長! 月夜ばかりと思うなよ!」

 暴言を吐いた次の瞬間、冒険小説の魔物は、物凄い速さで首根っこを掴まれるのを感じた。リィリだった。

「リィリ! 何すんだよ!」

「マスターに危害を加えるのは、だめです」

「お前―! 空気を読め! せめて今だけはこっちの味方をするべき場面だろうが!」

「それはそれ、これはこれです」

「くそっ! やっぱりメイドはメイドだ! どこまでいってもメイドだ!」

 ふたりが揉めるのを、原因を作った張本人が止めに入る。

「まあまあ、宝とは別に、ちゃんといい物を用意してやったから」

「いい物?」

 その時。頭上の方で、何か聞こえた。ちょうど、巨大な鳥が羽ばたく時のような。

「ルチアに頼んで、ジャムを送ってもらったんだよ。ローテローゼに運んでもらうように頼んで。それが今ちょうど、到着したんじゃないか? いい時間だ、みんなでお茶にしよう」

 ジャムは魔物たちの好物である。

 小さな魔物は歓声を上げて、書斎を飛び出していく。フリルの魔物と古代史の魔物も後に続いて、冒険小説の魔物はもう一度捨て台詞を吐いて、やっぱり出て行った。ジャムには抗えなかったようだ。

「やっぱり、音楽より食べ物の方がいいか」

 苦笑するウォレスに、リィリは尋ねる。

「どんな音楽だったのですか?」

 するとウォレスは、意地の悪い笑みを浮かべた。

「教えられないな。宝探しは失敗したんだから」

「…………」

「というのは冗談で、実をいうと俺も知らないんだ。鳴らしたことがないからな。明日、鳴らしてみようか」

「お願いします。リィリは、お茶の準備をします」

「リィリ」

 部屋を出ようとしたリィリに、ウォレスが声をかける。メイドは振り返って、主人を見た。

「何でしょうか?」

「楽しかったか?」

 笑みを含んで、そう尋ねる。途中、北の塔にあった仕掛けは、ウォレスかリィリにしか発動させられない紋章を置いておいた。魔物たちは館長である自分には、極力宝の話をしたくないだろう。

 リィリはしばらく何か考えるように佇んで、やがて、一言だけ主人に伝える。

「内緒です」


                                      おわり 

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