宝探し物語_4
魔物たちが目を開いた時、そこは、
「ここって……」
図書室だった。いくつもの本棚が、左右の壁と直角になるようにして置かれている。ここは最果ての図書館なのだから、図書室であるのは何もおかしくない。おかしいのはいきなり現れたことだった。さっきまで、何もない部屋にいたのに。
混乱している魔物たちをよそに、リィリは平然と歩き。
「にゃあー、無礼者―! 何するにゃあー!」
書架の奥で、何かを捕まえたようだ。魔物たちが慌てて声のする方に向かう。書架を盾にして、恐る恐る近寄れば、リィリが小さな黒猫の首根っこを掴んでいて、猫はにゃあにゃあと文句を言いながら暴れている状態だった。
「大人しくしてください」
「にゃん……」
リィリは猫を自身の目の高さまで持ち上げ、至極丁寧に頼んだだけだったが、猫は何かを察したらしく、急に大人しくなった。
「それ、さっきのケットシーか?」
冒険小説の魔物が尋ねる。
猫は慌てたように、足の付け根あたりをごそごそ漁り、どうやって取り出したのか、小さな金の王冠を自分の頭の上に乗せた。その王冠と、喋ること以外はどう見ても普通の猫で、さらにリィリに首根っこを掴まれている状態。ただの可愛い黒猫だった。
「わあ、可愛いね! 抱っこしてもいい?」
小さい魔物は自分より小さい者に出会えたのが嬉しかったのか、猫に向かって手を伸ばしかけたが、
「フーッ! いいわけあるかこの小童!」
怒鳴られて、慌ててフリルの魔物の背後に隠れる。
「どうやらこの猫の幻影で、部屋が見えなくなっていたようですね」
リィリが冷静に言った。
猫がにんまりと笑う。
「魔物が見破れずに、人間が見破るなんて、お前らおかしな奴らにゃん。普通は逆にゃん」
「リィリには幻影の類が効きません。そもそもあなたの動きは何かを避けているようでしたし、拘束の魔法が首をすり抜けたのも見ました。ですから、あなたがリィリたちに嘘を見せていることが、リィリには何となくわかりました」
「たいした観察眼にゃん。弟子にしてやってもいいにゃん」
「お断りします」
冒険小説の魔物が、それでさ、と話に割って入る。
「お前はなんでこんなところにいるんだよ。っていうか、ここはどこだ?」
古代史の魔物が、その質問に答える。
「ここは、召喚魔法について書かれた本たちが収蔵された部屋じゃな」
白樺と鉄で出来た書架。そこに並べられている本全てに頑丈な鎖が取り付けられていた。鎖は書架に刺さった杭に繋がれている。
「別の魔力を帯びている故、この本たちから図書館の魔物は生まれん。じゃから、仲間もここにはおらん。おぬしのように存在を知らぬ者も多かろうて」
「あら、じゃあこの薄汚い猫は、召喚されたってことですの?」
フリルの魔物が胡散臭そうに猫を見た。
「薄汚いとはなんたる侮辱! このはっきり分かれた黒と白が目に入らぬか! こら人間、離すにゃ! 八つ裂きにしてやるにゃん!」
黒猫は暴れようとするが、リィリにがっちり掴まれているため叶わない。
「恐らく。うぬ、北の塔から来た者にだけ召喚させるようにしたんじゃろ。ほれ、ここの部屋は別に隠されてもいないからのう」
そういって古代史の魔物が示す先には、扉があった。本来あちらが、正規の出入り口なのだろう。
「吾輩はそう頼まれているだけにゃん。これも仕事の内にゃん。そして吾輩の術を見破った者にのみ、この紙を渡すように言われたにゃん。だからお前にやるにゃん」
にゃーにゃー喋る猫はまた足の付け根から羊皮紙を取り出し、リィリはそれを受け取った。中身は宝のヒントであろう。
リィリはそれを当然のごとく古代史の魔物に渡した。
「うぬうぬ、『内に籠る木、探すべきは、始まりの光』」
フリルの魔物は、すぐに思い付いたようだった。
「あら、『内に籠る木』なら、東館の向こうある、木で出来た塔のことじゃありませんこと? ほら、魔法書のある……」
「ああ、確かにあの塔はそんな感じだな」
冒険の魔物が同意する。
次の目的地が決まったところで、リィリが黒猫を差し出す。
「この猫はどうしますか?」
「ケットシーだと言ってるだろうが! 吾輩もう仕事したから帰るにゃあ! こんなやつらと一緒にはいられないにゃあ!」
小さな火花と煙と共に、ケットシーはあっという間に消えてしまった。
気にせず、一同は扉からぞろぞろ出る。しばらく階段を上り、出た先はちょうど東館だった。古代史の魔物が言った通り、こちら側からは、普通に入れたようだ。
「次は、何があるのかなー!」
小さな魔物は楽しそうに先陣を切る。先ほどまでもう帰りたいと駄々をこねていたことは、すっかり忘れてしまったらしい。
「……俺たちって、意外と図書館のことを知らないんだな」
歩きながら、冒険の魔物が呟いた。
「どうしましたの? 急に」
「いや、ちょっとな……。俺、さっきの部屋の存在も知らなかったし。この図書館から生まれたのに、どうしてこの図書館が遥か昔から存在するのかも、どんな物を宝として大事に隠してあるのかも、知らないと思ってさ」
知りたいと、魔物は言った。
思うところがあったのか、古代史の魔物とフリルの魔物も、神妙な面持ちで頷いた。
自分たちは図書館のために存在する者たちであり、まさに図書館と一蓮托生なのである。それなのに、知らないことがある。空気が少しだけしんみりする。
それから、一同は無言で歩いていたのだが、
「……魔物たちが魔物たちとして生きているのなら、全部を知るのは、無理ではないかと、リィリは思いますが」
リィリが唐突に言った。
「あんた急に終わった話題を持ち出すよな。それに、意味わかんないし」
冒険小説の魔物が呆れたように言い返す。
「マスターにも言われました。物事をわかりやすく説明するのは、リィリは苦手です」
そう言うと、リィリは言葉を探り。
「……そうですね、他の《空間》の魔物は、《空間》を守ることに徹するのだと、聞きました。けれどここの魔物たちは、彼らとは少し違うと、リィリは思うんです。そうでなければ、マスターに悪戯したりしませんし、本を取りに外の世界へ出ることを楽しいとも言いません。リィリよりも、人間らしいのではないかと思います」
魔物たちはリィリを見た。リィリだけは誰にも目を向けず、淡々と続ける。
「そうなるともう、図書館の意思とは、別の何かを持っている証拠です。図書館とはちがう存在であるなら、全てを知ることは出来なくなります。リィリが、マスターや魔物たちの全てを知らないのと、同じです」
けれど、だからといって、絆が生まれないことはありませんよ。
リィリはそう締めくくると、ようやく魔物たちを見た。自分の言いたいことは上手く伝わっただろうか。
「あんた……へんな奴だよなあ。館長もへんな奴だと思うけど、あんたも負けず劣らずだよ」
「そうでしょうか?」
「そうだよ」
そのやりとりを聞いて、フリルの魔物が笑った。
「いいじゃありませんこと。最果ての図書館も変わり者。私たちも変わり者。そうなれば館長だってメイドだって、変わり者ですわ」
「みんなおそろいだね!」
「ふぉっ、ふぉっ」
リィリ以外の全員が笑う。本人は首を傾げた。
そこは木造の塔で、塔内部をジグザグした階段が走っている。そしてその所々に、まるで果実のように書架が吊り下がっていた。木の中に木が生えているように見える。
まさに、『内に籠る木』であった。
「始まりの光とは、何じゃろうな」
古代史の魔物が、手すりに腰かける。
「魔法書なんだから、やっぱり光魔法の本を探すべきじゃないか?」
冒険小説の魔物が、伸びる階段を見上げながら言った。
「光魔法なんて、数えきれないほどありますわよ。それに、本に挿んであるなら、とっくの昔に仲間が見つけているんじゃなくって?」
フリルの魔物が反論した。
「もしかしたら、何かあるかもしれない。一応、俺たちで本の中を探ってみるか」
「そうじゃな」
魔物たちは互いに頷き合うと、瞬く間に本の中に滑り込んだ。
当然ながらリィリは入れないため、枝のような階段を上って、気付くことがないか探してみることにした。ここの階段は、上に行くほど細くなっていく。リィリは途中で足を止めた。
その場から辺りを眺めていると、
「ねえリィリ、僕思うんだけど……」
にゅっと、小さな魔物が本棚から顔を出して、リィリに話しかけた。
「終わったのですか?」
「ううん。他の仲間が探してるよ」
「そうですか。それで、何を思うのですか?」
「うん。あのね、僕思うんだけど、『始まりの光』って、あれのことじゃないかなあ?」
小さな魔物が遥か頭上を指した。
伸び行く階段が小枝のように細くなり、塔上部で集結している。その天辺とも言える部分に、ぼんやりと光る、魔法珠が灯っていた。それは天井から吊り下げられていて、階段の木の天辺に触れそうな位置で止まっていた。
「あれが?」
「うん、お母さんの中でね、モミの木がね、出てくるんだけど、その天辺に星を飾るんだよね」
お母さんとは、小さな魔物が生まれてきた本のことだ。本の中に、モミの木の描写が出てくるのだろう。
裾が広がり、上に向かって枝が狭まっていく様は、葉のないモミの木と、言えなくもない。
「なるほど。けれどどうしてあの天辺の魔法珠が、始まりなのですか?」
「えっと、ええっとね、実は僕もよく知らないんだけど、何かね、その星は、始まりを告げる星らしいんだよ。導いてくれるんだって」
「導きの星ですか……」
導く先は、宝なのだろうか。調べてみる価値はありそうだった。
「わかりました。行ってみましょう」
「でも高いよ?」
「…………」
自分の立っている位置と、これから上らなければならない高さを確認して、リィリはほんの少しだけ、眉をひそめた。
そして、そっと、小さな魔物に自らの手を差し出す。
「どうしたの?」
「以前、高い場所でリィリが動けなくなった時、マスターが手を引いてくださったんです。ですから、手を引いてもらえれば行けるかもしれません」
すると、小さな魔物は何だか誇らしくなって、
「まかせて!」
くしゃりとリィリの手を握った。
「お願いします」
手を繋いだまま、ふたりは進む。最初はしっかりしていた階段も、上るにつれて幅が狭くなり、部分的に手すりもなくなりはじめた。
ひときわ細い、人ひとりがやっと通れる幅の階段で、リィリは深呼吸して、無意識の内に小さな魔物の手を強く握った。くしゃり、音が鳴る。
「リィリ、もう少しだよ! もう少し!」
階段がしなっても、下は見ないようにした。
本当は北の塔に行った時のように、リィリは下で待っていて、飛べる魔物たちが様子を見に行けばよかったのだ。それなのにどうしてかこの時、ふたりにはその考えは思い浮かばなかった。
「ほら、着いたよ! もう手が届きそう!」
小さな魔物の言う通り、光は目の前にあった。
「何を探せばいいのでしょうか?」
リィリは手を伸ばして、魔法珠に触れる。きらきらと、凹凸のあるそれは角度を変える度に、光は影を動かし、姿を変えた。
光が、天辺付近にある書架にかかった瞬間。
「わっ……」
ハープをなぞった時のような音を立てて、書架がすぐ下の書架へと光を反射し、光はまるで生きているように吊り下げられた書架から書架へ連鎖して、ついには木全体を飾るように光が繋がった。
光の当たった書架たちが、笑うように揺れる。
探し物をしていた魔物たちが、何事かと慌てて飛び出てきた。
「何があった!?」
木の裾の方で、冒険小説の魔物が、叫ぶ。
「わかんない! 天辺の星を触ったら、光が遊びだしたんだ!」
小さな魔物が下に向かって叫び返すが、他の魔物たちは鳩が豆鉄砲を食ったような顔のままだ。当の小さな魔物も、よくわかっていないのだから当然である。
「光を追ってみましょう」
「そうだね。下りよう!」
小さな魔物は飛び出そうとしたが、リィリと手を繋いでいることを思い出して、逸る気持ちをぐっと抑えて、ゆっくり下り始めた。
下りの方が、足が竦む。リィリは新たな発見をした。しかし下りないわけにはいかなかったし、下りられなかったらこのまま上で暮らすことになってしまう。もう表情を変えることはなかったが、リィリは頑張っていた。途中からフリルの魔物が、もう片方の手を握って一緒に下りてくれた。
そうしてようやく光の終着点に辿り着いた時には、古代史の魔物と冒険小説の魔物が、何かを見付けていた。
「反射した光が、魔法陣になったぞ」
幹と呼べそうな、中心の一番大きな階段の麓に、小さな魔法陣があった。
リィリたちが辿り着くのを待っていたかのように、全員が集まった瞬間、その魔法陣が発動して、羊皮紙が出現した。
古代史の魔物がそれを掴み、読み上げる。
「うぬ……、『最果ての図書館の果てに、宝はあるだろう』」
どうやら宝探しも、終わりに近付いているようだ。
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