case.2-2 殺意は静かに


 閉鎖された庭園に明かりが灯る。遺体が発見されたためだ。

 夜の桜が照らされる。暗闇に溶け込んだ幹が白い花びらを介して形を浮かび上がらせた。風に揺られて、その体が大きくしなって揺れた。



 女性の遺体が発見されたのは、首藤夜桜庭園の桜の木の下だった。

 満開の桜。降り積もる花びらの絨毯の中に、倒れていた。絨毯の上に足跡がない。まるで、絨毯の上にふわっと舞い降りたようだった。

 頭から足の指先までにまばらに花びらがかかっているところを見ると、発見まで数時間と言ったところか。


 外傷はなく、死因は不明。身分証の類も持ち合わせていなかった。桜から五メートルほど離れた桜の柵の近くに車いすが置いてあるところを見ると、何かしらの病気だったのかもしれない。今、車いすに記載された病院に詳細を確認中だ。


 死因が病死だったとしても、どうやって足跡を付けずに桜の絨毯の中に移動したのか。自殺か他殺か。何もわからない。


 また、この首藤夜桜庭園はとある事件のため封鎖されていた。立ち入り禁止であって、本来誰も入ってはいけない場所だった。

 今年も綺麗に咲き誇っていたこの大きな桜は、誰の目にも触れないままシーズンを終える予定だった。


 首藤夜桜庭園は、イルミネーションと夜桜のコラボレーションが人気で、毎年、桜が咲いてから一週間がもっとも集客数の多いシーズンだった。

 だが、桜が開花し、人を呼ぶ準備をしているさなかに、非行少年の集団『バスターピース』が庭園内に侵入し、桜や施設を破壊し、桜の過半数が折れて見るも無残な姿に変えられてしまった。


 庭園の従業員たちからの目撃証言と、庭園内の施設や桜自体に描き残されたタギングのマークから不良集団を特定し、何人かは逮捕した。が、リーダー格の二人、不揃井ふぞろい稲架倉はざくらが行方をくらましている。

 庭園内の半数以上の桜の損壊。施設への器物破損。首藤庭園への損害は大きい。未成年だが、今回の女性不審死事件との関連も含めて、地域部と連携を取って現在行方を追っている。

 が、今のところ女性の不審死と桜半壊事件との関連性は不明。



 ◆


「こんな形で花見することになるとはな」

 刑事の荒暮が愚痴をこぼした。

「ご愁傷さまです。仏さんの名前はまだわかりませんが、綺麗な顔をしていますね」

 部下の無言坂が両手を合わせた。


 首藤夜桜庭園の桜はたくましく太い幹と、上から見るとまるで花火のように広がった、しなやかに伸びた枝から咲く花、ライトアップされて夜空に際立つ白い花びらが織りなす絶景などが評判だった。

 今年はドローンを使って中継をし、地上の花火として注目されていたのだが、不良たちによって桜は壊滅的。

 入り口は封鎖され、庭園関係者と限られた業者以外は立ち入り禁止されていた。だがまぁ、不良たちは立ち入り禁止の立て札など意にも介さないだろうが。


 遺体が横たわっていた場所の桜の木は、不良たちに破壊されずに残った唯一無事な桜だった。

 捜査のためライトアップされた桜は、捜査員の皆が美しいと口を揃えていた。不謹慎だが、事実だ。不謹慎に感じてしまうほど、美しかった。神々しいと言ってもいいくらいに、不気味なほど、綺麗だ。

「桜の木の下に死体って、なんだかドラマみたいですよね」

「梶井基次郎か」

「誰ですか、それ」

 噂の尾ひれだけが広がっている。荒暮は呆れを通り越して、一周まわって呆れた。

 何が真実かを見極める目が必要だ。

 この照らされた桜を見て、美しさを見いだすか。恐ろしさを見いだすか。警察は、そんなことには目もくれない。桜は人を殺さないからだ。


「一応出張ってきましたけど、これってウチら刑事部の管轄なんですか? 殺人って感じじゃあないですよね」

「それを、調べるんだろ」手を叩いて仕切り直しだ。「さ、花見は終わりだ。『バスターピース』の奴らをとっ捕まえろ。話はそれからだ。無言坂と行方なめがたは、奴らの根城の廃ビル周辺のコンビニをローラー。瑞川ずいかわと縞井は遺体の素性をまとめろ。俺は百合根と、庭園の関係者へ聞いて回る」

「いえっさー」

「…………はい」


 部下たちは各々の持ち場に散っていった。

 俺も行こう。




 身元不明の遺体はひとまず警察病院へ運ばれていく。どこの誰なのか知らないが、まずはご遺族に連絡がつかないことには、検死の許可がおりない。死因が分からなければ、捜査一課が捜査できるかもわからない。

 遺体は、眠っているかのようだった。なかなか見ることがない、穏やかな死に顔だ。こんなに綺麗な遺体を、検死のためとはいえ切り刻むことを、ご遺族は許してくれるだろうか。

 遺体を見るたびに荒暮はもし自分の娘が殺されたら、検死を頼むことが出来るだろうかと考える。刑事人間である自分がまるで、まったく別の生き物になったかのような、恐ろしい悪魔にでもなったかのような、恐ろしいという言葉では、悍ましいという言葉では言い表しつくせない憎悪の限りを、行動に移すだろうということは想像に難くなかった。

 もし娘が殺されたら、だなんて想像もしたくない。犯人を捕まえたいという思いと、その体をこれ以上傷つけたくないという思いとがまぜこぜになり、正常な判断がとれなくなってしまうだろう。


 もし、女性が殺害、つまり殺されたのだとしたら、絶対に犯人を捕まえてやりたいと思った。

 犯人を憎む遺族の為に、法の裁きを与える。そのためにはまず逮捕しなければならない。のさばらせてはならない。第二第三の被害者を生み出さないために。それだけだ。既に起こってしまった事件のために、刑事ができるのは、それだけだった。


 倒れたドミノは、止まらない。

 全てを倒しつくすまでに、この殺意の連鎖を止めるしかない。


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