case.2 夜桜密室
case.2-1 殺意なんて知らない
「うんしょ、どっこいしょ」
女性の声がした。か細い腕、白い肌。顔色を見る限り、満足にも健康とは言い難い身なりをしていた。来ている服も、病院から抜け出したかのような簡素なものだった。
女性の眼前には桜のゴツゴツとした硬い幹が。見上げると雲ひとつない空が。そして、足元には誰も踏み入れていない桜の花びらの絨毯が広がっていた。
「ありがとうね、名前も知らない誰かさん」
女性が話しかけたのは、女性の傍らに佇む男に、だ。
「礼には及ばないよ。困っている人に手を貸してあげるのが、力を貸してあげるのが僕の趣味みたいなものだから」
「ふふ、変な人」
女性は楽しそうだ。
それもそのはず。女性が外に出たのは、そして、桜をこんな近くで見たのはおそらく子供の時以来だからだ。
桜の太い幹、しなやかな枝が中央から空に向かって伸び、つぼみをつける。そのつぼみの一つ一つが儚くも力強い花を咲かせる。満開の桜はまるで、大輪の花火を思わせた。
「ああ、キレイ。どうせ死ぬならこんなキレイな桜の木の下で死にたいわ」
死が女性を蝕んでいる。そう長くはないだろうことも、男は知っていた。
「力を貸すよ」
男は悲しそうな顔をして微笑んだように見えた。
「ありがとう」
夜桜はライトアップされ、妖しく艷めく。この女性を喜ばせようとしているのか、いっそう強く気高く凛々しく立ち、この夜桜は煌々と煌めいているように見えた。
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