case.1-7 殺意から見た世界
春がだんだん近づいている。
『次はオマエだ』事件の次は、『オマエは誰だ』事件だ。新たな被害者。ビニール袋を被せられた上から撲殺。犯人への返り血は期待できない。
財布が盗まれているが、車のキーは付けられたまま。本当に財産目当てなら、あのスポーツカーはそのまま盗んでいるだろう。ボコボコにする必要が無い。
つまり、真の動機は被害者への怨恨だ。あの被害者は叩けばホコリが出るような人物だと調べがついている。容疑者が多いのも考えものだ。
だがしかし、ここまでわかっていれば、あとはアリバイ捜査や防犯カメラのチェックで足取りの裏を取れば大体の事件は解決する。
ただ、問題はあの新しいメッセージだ。
『オマエは誰だ』というのは、特定の誰かに向けられたものなのだろうか。
今までの『次はオマエだ』は、各々の殺人犯が勝手に取り次いでいるバトンのようなもので、メッセージ自体に意味はなかった。
連続殺人事件に見せかける効果を付加していたのかは定かではないが、それは一つ一つの事件の犯人が捕まっていなかった時に留まる。一つ一つの事件の犯人が逮捕された今となっては、そのメッセージに付与されたミッシングリンクなど皆無であることは周知の事実だ。
だからこそ、『オマエは誰だ』は、何か特別な、特定の意味がある。
普通、『次はオマエだ』と名指しした人物が、『オマエは誰だ』などとそのオマエを問うようなことをするだろうか。前者と後者、メッセージを書いた人物が別人という考え方はおかしくはないよな? 一人で自問自答しているという考えよりもそちらの方がスムーズではないだろうか。
だとしたら、どちらが犯人で、どちらが犯人ではないか。
犯人が『次はオマエだ』を書いて、第三者が『オマエは誰だ』を書いた場合。
第三者は犯人を指して、被害者が殺されたことを哀れみ、もしくは憤り、糾弾する気持ちで書いた。そして、そのことを報道を媒体にして、犯人に伝えようとした、ということだろうか。
しかし、被害者の遺族は皆海外で活動していた。被害者は影でほとんどの関係者に嫌われていたことを考えると、憐れんで、もしくは憤ってこのメッセージを書いたとは思えない。
では、逆ならどうだろうか。
第三者が『次はオマエだ』を書いて、それを見た犯人が『オマエは誰だ』を書いた。
第三者がどうしてそのようなメッセージを書いたのかは思いつかないが、犯人が目を離した隙にそのメッセージを書かれていたとなれば、犯人の驚きは計り知れないだろう。おもわず『オマエは誰だ』と聞き返してしまってもおかしくはない、か。
その時、何を考えて、何を行動したか。監視カメラなどに残っていれば話は簡単なのだが、それらが残っていない、かつ、犯人たちの証言が無い今となっては、推測することでしか検証できない。
犯人たちがどのように考え、行動したのか。それを辿っていくことで、事実につながる。現状、2つのメッセージが残されている以上、2つとも同一人物が書いたとは思えない。2つとも犯人以外の人物が書いたとも考えられるか。もう少し、追加情報が欲しい。
と、ちょうど七支駅の前を通りかかったところで、捜査一課の情報伝達係から連絡が入った。容疑者への逮捕状が出たとのこと。
このように、単なる怨恨の殺人事件なら、証拠を固めればすぐに逮捕できる。鑑識課などの化学捜査班は優秀だ。容疑者を特定することはたやすい。
一つ一つの事件の犯人を捕らえることは難しいことではない。あとは、そのつながりを断つ行動をしなくては。いたずらに、新たな事件を増やしてはいけない。
駅を通り過ぎ、署との間にある公園にさしかかったところだった。
ランドセルを背負い、ブランコに座る少年の姿が目に入った。
学校にも行かずに、何をしているんだろう。
時折、おびえたように周りをきょろきょろと見まわしている。
いじめかなんかかな。怯え方が、尋常じゃないな、と感じた。
一応、相談の門戸は開いておこうと思い、声をかけることにした。
この後、自殺したというニュースを見ることになるのは避けたい。気づいたときに即行動、というのは僕の信条でもある。
「あの」
「えあえあああえあえあえああああ!!!」
すごい速度で逃げられた。少年が降りて揺れたブランコが僕の頭をかすめる。
鎖を手で押さえ、ブランコを無力化する。
少年は少し離れた木に半身を隠し、一応返事をする。
「……ぼくですか?」
「そう、だね。君だよ。なんか、元気がなさそうだったから」
猛ダッシュする元気はあるようだ。
『いじめ』の言葉は出さないようにしよう。否定されても困る。まずは、少年の悩みを少年の口から語ってもらうことが先決だ。
「僕は、こう見えても、警察官なんだ。だから、何か困ったことがあれば、何でも言ってくれないか。力を貸してあげられるよ」
「け、警察の人、なんですか?」
少年は目を潤ませる。やはり、何かの障害が少年を苦しめているようだ。
「ぼく、ぼく、こわいんです」
少年にちかづく。少年のか細い声に、耳を傾けるために。
「『オマエは誰だ』って、あれ、ぼくのことなんです、だから……」
……ん?
今、『オマエは誰だ』って言ったか?
「次に殺されるのはぼくなんですうううぅ!!! 悪いことしたからあああ!!!」
少年はその場にうずくまり、泣き崩れた。
周りの目も気になるが、まずは、少年に駆け寄る。
『オマエは誰だ』というメッセージが、怖いのだという。
どうして、誰を指しているかもわからないメッセージに、彼は怯えているのだろうか。
大丈夫。
大丈夫だ。
助けを出してくれれば、相談に乗ることができる。
バイト先の人間関係でうまくいかなかったり、
お隣さんに脅迫まがいのことをされたり、
昔の友人にこき使われていたり、
すぐに、「殺人」という選択肢を選ばないで、まず相談してほしい。
他にいくらでも選択肢はある。
自分を殺したり、他人を殺したり、それ以外にもたくさん可能性があるんだ。
追い詰められている人間は、それくらい簡単なことにさえ気づかない。
周りを見る余裕がない。自分の他には誰もいないと思い込んでいる。
だから、今日ここで僕に出会えた君を。
助けを求めてくれた君を、僕は助けたい。
できるだけ優しい顔をして、怖がらせないように気を付けて、こう言った。
「話を聞かせてくれるかい。大丈夫。僕が君の力になるよ」
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