case.1-6 問われる殺意

 ここはどこだろう。

 今まで通ったことの無い道だった。


 小学校の帰り道、いつものように、ひとり遊びをしていた。

 石ころを蹴って、家まで持って帰るんだ。


 ただし、道の端と、白線に当たったら負け。

 途中、地面にポチっとある、色のついた丸いボタンみたいなやつに当たったらパワーアップする。赤いのは炎属性がついて、黄色は電気、青は水だ。より強い状態で家に着けばラスボスを倒せる。


 家まで持って帰っても何も無いけどね。


 今日は帰っても誰もいないし、一人の時はテレビを見るなって言われてる。ゲームもない。だから、ちょっと遠回りをして帰ることにしたんだ。


 気になっていた路地。青いボタンがいくつもあって、気になってたんだけど、どこに繋がってるかわからないし、家に帰る方向とは逆だから、今まで行ったこと無かったんだ。


 今日くらい、いいよね。


 どこまで歩いても行き止まりがない。そのくせ表通りに続く道もないから、来た道を戻るしか、帰る道がないなんて。


 こんなところに駐車場を作っても、誰も借りないね!


 ……と思ったのに、真っ赤なカッコイイスポーツカーが一台停まってた。ピッカピカに磨いてあって、カッコイイのに、ボッコボコに凹んでる。



 変なの。


 せっかくだから、近づいて見てみよう。

 スポーツカーなんて、実際にこうして生で見る機会、今までなかったから。


 へー、ボンネットが開いてたけど、僕の背だと中がよく見えないや。

 運転席も、勝手に開けるのは悪いし、外から見るだけにしないとね。




 うーん?

 なにか、向こう側に誰かいる?

 車の下から覗くと、誰かの手が見えた気がした。


 向こう側に回ればいいのに。

 ちょうどしゃがんでいたからか、気になってしまって、そのまま下に潜り込んだ。


『ガリッ』


 嫌な音と共に、僕はつっかえた。

 ランドセルがつっかえただけだったら、こんな音はしない。

 まさか!!


 僕は急いで車の下から飛び出して、ランドセルの中からはみ出していた長い定規を確認した。


 角の部分に、車の赤い色がついていた。

 見たくはないけど、薄く目を開けて確認した。車のボディに、僕の定規で傷がついていた。


 やばい!!


 こんな高そうな車に、傷がついてしまったとなれば、怒られるだけじゃ済まないだろう。弁償だ。とても払えやしないだろう。


 どうしよう。

 どうにかしなければ。



 そこで、僕はひらめいてしまった。悪魔のささやきだ。


 お父さんと見たニュースで言ってた。

 いま世の中では『次はオマエだ』というメッセージが色んなところに書かれているらしい。


 メッセージは何の意味なのか、全然わからないけど、あれをこの車に書いてしまえば、そのメッセージを書いた人のせいに出来るかもしれない。

 僕は、意を決して定規を使って、文字を書く。さっき傷つけてしまった傷跡を使って書いているので、変に傾いた字になってしまったけれど、読めると思う。


『次はオマエだ』


 その文字は、真っ赤な車に茶色い傷で書かれた。


 僕は、そこまで蹴って大事に持ってきていた小石なんて忘れて、一目散に逃げた。

 それで、このお話はおしまい。寝たら忘れちゃう。


 そう思っていたんだ。その時は。






 ◆





 時間をおいて戻ると、車には、『次はオマエだ』という文字が刻まれていた。


 目を疑ったよ。何が起きているんだ?

 俺が書く前に、書こうと思っていた文字が既に書かれていた。

 コンビニのビニール袋を思わず落としてしまうほどの衝撃だった。


 一体どういうことだ? 誰かが俺の犯行を見ていた?


 人の気配はない。さっきの人物がこれを書いたとしか思えない。



 あいつの死体は……、何も動いていない。

 ただ、写真を撮られていたとしたら、全てがおしまいだ。


 あぁ、こんなことなら、あの時に逃げずに、その場でそいつを殺してしまえばよかった。一人殺すのも二人殺すのも同じだ。こんな気持ちになるくらいなら、こんなに不安な気持ちになるくらいならば、しっかりしておけばよかった。


 誰だ。一体、どこのどいつだ。こんな袋小路に入り込む物好きなやつなんて、あいつの父親は今海外にいるはず。誰だ。誰なんだ。ああああ!! 防犯カメラのケーブルを切ったのはどこのどいつだ! せっかくの証拠を消しやがって!!


 俺はバットを振り回して、車に八つ当たりをした。すでにこと切れたあいつに当たってもこのむしゃくしゃは消えない。この目障りな目撃者を亡き者にしないと何も解決しない。


 このメッセージはどういう意味だ? 次はオマエだ? 俺のことか?


 俺の背中を押してくれたこのメッセージが、今度は俺を奈落の底に突き落してくる。



 俺は……、このメッセージに返事を書くことにした。

 このメッセージが俺にあてられたものだとしたら、俺からのメッセージはそいつにこそ向けられるべきだ。


 このメッセージが警察で止まり、極秘事項にはならないだろうか。いやむしろ、新たな被害者を生まないために、広く目に触れようとするはずだ。そうじゃないと困る。このメッセージを書いた人物を誰かに探してもらわないと、、俺は。


 暇で目立ちたがりの誰か、ワイドショーの取材班、誰でもいい。次の標的を探し出して、俺に教えるんだ。


 赤い凹んだ車体にその辺に落ちていた小石で傷をつける。


 震える腕を抑えながら、このメッセージが届くようにと祈り、深々と刻みつけた。



『オマエは誰だ?』





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