case.1-4 透明な殺意

 あー、忙しい。

 どうしてこんなにも忙しいんだ。


 休みが無いわけじゃないんだ。三交代制でまぁ、定期的に休みはある。

 休みはあるが、休んでいる間にあの事件の被疑者は吐いたかとかあの事件の容疑者の足取りは捕まえられたかとか、気になって気になってちっとも頭が休まらない。休まらないから結局俺は現場に出てきてしまうんだ。


 それに最近は『次はオマエだ』事件が頭を悩ませる。殺人事件が起こるたびに現場には『次はオマエだ』の文字が残されている。筆跡鑑定は無意味だ。

 おそらく連続殺人に見せかけるために、それぞれの容疑者が書き残しているのだ。既に別個の殺人事件の容疑者は3人捕まえているが、その3人に共通項はない。『次はオマエだ』というメッセージを残したということを除いて。


 時系列的に、最初にそのメッセージを見つけたのは、葉久保公園階段突き落とし殺人事件の被害者のそばにかいてあったものだろう。その後、渋夜醍醐交差点突き飛ばし死傷事件の被害者が握っていたものも、同一の文字列だった。このことは一切報道されていない。いないのにもかかわらず、その情報は出回ってしまっている。SNSのせいだ。

 目撃者たちが一斉に拡散し、いわゆる『犯人のみが知りえる情報』、『犯人の自己顕示欲を刺激するメッセージ』というものを報道を見る全ての人が知りえていた。

 模倣犯に次ぐ模倣犯。模倣のための犯罪というよりは、自分の犯罪を隠すために模倣しているという側面が大きいだろうというのが捜査一課の方針だ。


 ただ、いつ連続無差別事案に発展しないとも限らない。面白おかしくはやし立てるアカウントの存在、ワイドショーも小うるさい。対岸の火事を延焼させ、その騒ぎで飯を食っているような奴らだ。ちっとは解決のために力を貸せっての。


 ま、逆にSNSの情報網は俺らからしても頼りになる。公開されている情報ってのは、真実も嘘も入り乱れているが、そこから真実を探り当てるのが俺らの仕事だ。延焼させている奴らはその情報を鵜呑みにして騒ぐしかできない。そこが警察と民間の違いだな。


 と、きょろきょろと誰かを探している部下を一名発見。あいつが探しているといえば、彼しかいない。


 お、よう汐里。え? 休みなんて関係ないんだよ。男は足で捜査するんだ。今日はあいつと一緒じゃないのか? 探してるとこ? さぁ、まだ見てないな。



 ふうん。あいつの意見も聞きたかったんだがな。警始庁刑事部、捜査十課じっか深層心理解明課、通称『シンカイ』に所属する逃越にげこし 隘路あいろ巡査長。


『シンカイ』は昨今、動機不明のままで起こされる重要犯罪事件の動機究明のために作られた比較的新しい部署だ。

 動機が分からないままだと、その事件を防ぐ手立てを考えることができない。動機を把握し先手を打つことで未然に防ぐことも難しい。


 動機は基本的に、被疑者が自白しない限り表層に出ることはない。何だったら、被疑者は好きに嘘をつくことが可能だ。本当は浮気現場を写真に収められゆすられた、というのが殺害の動機だったとしても、証拠を隠滅してから、殺害の動機は口論が熱くなってカッとなってやった、と言われてしまえば、こちらはそれを認めるほかない。


 だが、そこで裏付け捜査を行い、深層に眠る真の動機を発掘する。深海に潜む真の狂気を捕まえるのが、『シンカイ』の主な役割だ。

『シンカイ』は刑事部の中でも異質で、刑事は基本二人でバディを組んで行動するが、取調室を主な活動拠点としている『シンカイ』は、単独行動をしている人が多い。逃越もその一人である。


 それになおかつ、彼はあの、令和最多殺害事件とされた、17人無差別連続殺害事件の被疑者である這原はいばら逅哉こうや、『優しい悪魔』事件の隠された動機を導き出した、警始庁が誇る素晴らしい功績があった。

 彼が単独行動をしていることに一目置かれているのは、文字通り距離を置かれているのは、その大それた功績があるからである。汐里だけが唯一、逃越を個人的に追いかけているみたいだが、それはさておき。


 その逃越なら『次はオマエだ』事件をどう見ているのだろうか。

『シンカイ』は基本、容疑者を逮捕してから、勾留期間内に捜査をする。だが、『次はオマエだ』事件における容疑者は、事件の数だけいる。そのすべてに事情聴取をおこなったところで、なにかめぼしい事実が見つかるとも思えなかった。


 だとしても、このまま手をこまねいても状況は改善しない。

 一つ一つの事件を実直に捜査するしかないのだろうか。


「『次はオマエだ』というメッセージに、意味なんて、ないですよ。荒暮あれくれ警部補」


 通り過ぎ様に聞こえたのは、逃越の声だった。

 振り返ると、彼の後ろ姿が見えた。近くに汐里の姿はない。一人のようだ。


 俺が、お前の意見を知りたがっていると、どうして知っている?


 あいつは人の深層心理を見抜く。心の裏側を射抜くようだ。

 俺は、あいつと事情聴取でバディを組むのだけはごめんだ。

 してもいない罪を自白しそうだ、とは思わないが。


 自分でも気づいていなかった犯した罪に気づいてしまいそうで、

 その取り返しの無さに押しつぶされそうで、

 そしてその罪悪感に苛まれている俺を、奴は絶対に逃しはしない。


「荒暮さん! 荒暮さん! ちょっと、どうしたんですか? ぼーっと突っ立ってるんだったら、こっちの資料整理するの、手伝ってくださいよ」


 部下の無言坂むごんざかが手招きした。

 おう、今行くわ。


 待望の逃越の意見が聞けたが、このもやもやはぬぐえない。

 あのメッセージに意味はない? 意味がない、ということを、逃越は気づいているということか? どういう筋道を経てその推論に至ったのか?


 彼と話をしてはいけない。

 魂を持っていかれる。

 あの、悪魔だってそうだ。


 彼と話をした後、

 あんなにも笑顔の絶えない人間が、悪い、賢い悪魔のような男が。

 まるで魂を抜かれたかのように、表情が消え、血の気が消え失せ、抜け殻のような人間になった。


 はっ、と我に返る。

 無言坂に呼ばれていたな。俺は資料整理に取り掛かろう。

 ひとつだけ確かなことは。

 この事件は、逃越が捜査を開始している、ということだ。


 彼は絶対に、犯罪者を逃がさない。それは俺たちがよく知っている事実だ。


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