case.1-3 導かれた殺意
メッセージって、あれでしょ。『次はオマエだ』って紙に書いてあったやつ。
公園の方の事件は知らないけれど、路上の事件、あれ私も信号待ちしてたからびっくりしたもの。急に人が道路に飛び出してさ。え!? 自殺? って思ったら、まさか、殺人だってね。突き飛ばした人があそこにいたってことでしょう。
怖い、怖いわぁ。あんな近い場所に人殺しがいたってことでしょう。
まぁ、そんなこと知らなかったから私、その現場をスマホで撮影したの。
ニュースではそのメッセージについて何も言ってなかったけど、ほら、ここ。誰でもわかるでしょう? 『次はオマエだ』って書いてある。この、バイクに乗っている人が握りしめてるの、おかしくない? だって、殺されたのは、この女の人でしょう? 突き飛ばされた人。それなのに、バイクの人がメッセージ握らされてるの、変よねぇ。
あ、これ? SNSで拡散されたらしいわ。私じゃないわよ。私の撮った写真とちょっと写真の向きが違うから、あそこにいたほかの誰かが上げたんじゃないかしら。することはみんな同じよねぇ。うふふ。
『次はオマエだ』って、誰のことなのかって今やワイドショーの恰好の的、話のタネじゃない。誰って言ってもねぇ。あそこには夕方帰宅する人がわんさかいたし、あそこの現場にいたすべての人に向けて伝えたのか、それともSNS上に上がることを見越してもっと全世界の人に向けたメッセージなんじゃないか、って話もしてたわね。
全世界に向けたメッセージならせめて英語とか中国語も併せて書いておくんじゃないかしら。漢字とひらがなとカタカナ。日本人しか読めないんじゃない? 崩して書いてあったし。筆跡では誰が書いたか分からないって話だったでしょ?
人を突き飛ばした人も、バイクを運転していた人も、名前を聞く限り外国人よね? 日本語は片言しか理解してなかったって? ならそんなメッセージ書けないわよね? だったら突き飛ばされた人が書いたんだって話? あの人だけは日本人だったみたい。だけれど、突き飛ばされた側がメッセージを書いた? どういう意味よ。さっぱりだわ。
犯人は現行犯逮捕されたんだから、メッセージを握りしめさせたらその情報が拡散されてるはずよね。それが無いってことは、どういうこと?
ま、こんな話を昼間っからできるってことは、それだけここが平和ってことよね。
ほら、あそこを歩いているサラリーマンが、実は殺意を持っていて、誰かを殺したいって思ってるかもしれないじゃない?
そういうのって、ドラマみたい。ドキドキするわ。
え? しないって? 怖い? ふーん。つまんないわね、あなた。
私よりドラマチックなことしてる癖にね。
ほら、あなたが――さんの旦那さんとホテルから出てくるところ、思わず写真で撮っちゃった。あ、だめよ。あなたによーく見せたら、消しちゃうでしょう? この写真。大事な大事な、交渉材料なんだから。
んー、まずはあなたの誠意が見たいから、10万ってとこね。
あなたの本気度が知りたいわけよ、私は。そうしたら私も、考えてあげる。
私だって、本気よ?
だって、あんなセンセーショナルな突き飛ばし事件、写真で撮ったのにテレビ局に売らなかったのは、SNSにも一切乗せなかったのは、今私は有名になるわけにはいかなかったからよ。ひっそりとしていないとね。
人を脅迫するんですもの。一度テレビに出ちゃうと、隠れファンができちゃうものね。どこで誰がみているかわからないのに。そんな敵を作るわけにはいかないわ。
あなたの秘密を守るために、私は清廉潔白じゃないと、ね。
あ、だから、10万は手渡しでお願いね。口座になんか入れられちゃうと、後で何言われるかわからないから。明日の都合がいい時間、――朝10時頃ね。に、ここ。
ここなら誰にも見られないから安心ね。ほら、柵も胸の高さまであるから、あなたに突き飛ばされても平気よね。うそうそ、冗談よ。いえ、冗談じゃなくなるかもね。
あら、どうしたの? 靴に何かついてる?
――――――まっ
◆
よし。
手に付いた砂埃を払う。最後に触ったのはアイツの靴下だったから、嫌な感触もしなかったのは幸いした。
人を殺すってのは、やり方によるけれど、罪悪感はそんなに気にしなくてもいいのかもしれない。ゴキブリを殺す方がよっぽど罪悪感を覚える。
ゴキブリのようにつぶれた何かは放っておくとして、私はやるべきことをやる。
一つは証拠隠滅。アイツのスマホを探した。あれが見つかってしまえば一巻の終わり。あの人とともに、私も身を投げるしかない。さっき突き落とす前に見ていた通り、アイツのカバンの中に入っていた。
最近はデータ復元技術も進歩しているとあの人も言っていたし、水に沈めるよりは物理的に破壊した方が良さそうだ。けれど、私の力ではヒビを入れることしかできない。ここは一旦持ち帰って、道具を使って少しずつ解体していこう。そして、少しずつ外部の施設のゴミ箱に入れてしまえば、二度と復元することもない。はず。
スマホの件はこれで終わり。あともう一つ。スマホが入っていたポーチとは違う、化粧ポーチを探す。
これだ。もちろん、スマホを探す時も薄手の手袋をしている。準備は万端。私の証拠は一切残さない。違うもう一つの証拠を残すのだ。
アイツの口紅を借りて、コンクリートの地面に、つぶれたアイツの傍らに文字を残す。できるだけ筆跡鑑定で特定されないように、利き手とは逆の手で書いた。
『次はオマエだ』
これでよし。
いくら人気がない場所だとはいえ、どこで誰が見ているかわからない。どこで写真を撮られているかもわからない。私は何も無かったかのようにこの場所を後にした。
『次はオマエだ』の意味。
私は理解しているつもりだ。
誰かを恐怖させたいわけでもなければ、誰か特定の誰かに向けられたものでもない。
あれは、殺意を持つ誰かが、実行に移したというサイン。
殺意を実現したものが、殺意を持つ他の誰かに向けて、「次はオマエが殺す番だ」と伝えているメッセージだと、私は捉えた。
このメッセージを残すことで、何の関連性もないいくつもの事件が、勝手に関連を見出されることになり、余計に一つ一つの事件は見逃されることになるだろう。
たぶん、公園の事件も、突き飛ばしの事件も、犯人は別の人なんじゃないだろうか、という推測を持っていた。別の人なのに、あのメッセージのせいで、同一犯という推論を捨てられず、警察は余計な人員を割かなければならない。
あのメッセージを正しく使うことによって、私のこの罪悪感は帳消しになる。
殺さなければ、私が殺されていたのだ。社会的にも、文字通りの意味でも。
殺意のバトンは、正しく私が受け取って、正しく回した。
ここで事件が終わってしまうと、関連性が無い、ということに気づいてしまうかもしれない。
誰か、誰かこのメッセージを見て。
拡散して、届いてくれと切に願った。
殺意を宿らせ、くゆらせている、誰かへ。
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