「おはよう」

「おは……、あ!?」

 翌朝。新入社員の男があからさまに『こいつ生きてやがる!』という顔をしたので、俺は彼に近づいて言った。

「昨日は怒鳴って悪かったな」

「え……いや……その……」

「ところで、豆腐は好き?」

「はい?」

 俺はゆっくりと口にする。

「豆腐だよ。と、う、ふ」

「え、ええ……まあ」

「絹と木綿ならどっち?」

 彼は『こいつ地獄に落ちて気が触れたか!』という顔をしつつも返答した。

「絹……ですかね」

「どれくらい好き? 永遠に食べれるくらい?」

「は、はぁ……?」

 面倒になったので、俺は率直にきいた。

「地獄に落ちたいか?」

「ひいいぃ!」

 地獄と言うなり、彼はへっぴり腰で走り去っていった。途中で、尻のポケットから黒い物体を落としたが、そのまま行ってしまった。

 見ると、それはスマートフォンだった。

 勝手に画面をつける。肌の露出が多い二次元の少女のイラストが表示され、下の方に『うニャー☆ お仕事頑張ってるかニャあ? ミウたんは寂しがり屋だから、たまにはお返事してほしいニャん☆ 絶対だニャん☆』と丸いフォントで書かれていた。

「まじか…………」

 スマートフォンを手に新入社員の足取りを追うと、男子トイレの隅にうずくまって震えていた。

「あのー」

「ひいぃごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいいい」

「今度うちに遊びに来ない?」

 彼はぽかん、とした顔をする。

 俺はスマートフォンの画面を見せながら言った。

「このゲームのプレ4版、俺もってるから、やりに来ない?」

「……、先輩も『カレ☆ぴ』なんですか?」

「うん」

「『なかよぴ☆レベル』はいくつですか?」

「二八九」

「行きます!」

 俺たちはがっしりと握手をした。

 そのまま彼を立ち上がらせて、俺はささやいた。

「俺が『カレ☆ぴ』だってことばらしたら、地獄に落とすからな」

「はうっ……。すみません、ほんと、許してください……」

「許すからばらすなよ」

 首が外れるのではと思うくらい、彼はこくこくこくこくと頷いた。その直後、彼の身体からおぞましい量の針金が解き放たれて、すぐに消えた。俺にしか見えていないようだった。

「行こう」

「は、はい!」

 怨嗟は断ち切れたらしい。

 具体的な約束の日にちを決め、俺たちは仕事に戻った。


 終

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