中編.人嫌いの黒飛竜【イメージ絵あり】


 風魔力をその身に内包する飛竜は、竜種独特の重装さと鳥類の優美さをあわせ持つ美しい生き物だ。


 すらりと長いが細すぎない首の上に、滑らかな流線型の頭が乗っている。野生種ほどではないがトゲのような鱗が並んで生えており、丸みを帯びた賢そうな目は猛禽もうきん類より猫を想起させる。

 皮膜のついた前脚が翼になっていて、両翼を広げた長さと、頭から尾の先までの長さがほぼ等しくなるという。

 発達した胸筋、鉤爪かぎづめのついたたくましい後脚。立つ姿は大型鳥類に似ているが、鳥と違い翼の先端にある鉤爪(親指部分)は太くしっかりしていて、四足歩行にも耐えうるのだとか。


「本当に美しい生き物だよね、飛竜って。どんな芸術家が設計すればこれほど絶妙な造形になるんだろうって、子供の頃はすごく不思議だったよ!」

「ですよね! 鳴き声も可愛いし、賢いし、飛ぶのも上手だし」


 放牧された飛竜の群れを眺めながら熱く語るラファエルに触発され興奮気味に同意していたら、向こうから年嵩としかさの男性がやってきた。

 現役を引退した竜騎士たちの一部が竜牧場の職員となるらしく、彼も元々は竜騎士だったのだろう。白髪混じりの髭を蓄え作業服に身を包んだ姿は、セスが知る騎士とは程遠いものだったけれど。

 ラファエルへにこやかに笑いかけた後で、傍らに立つセスに値踏みするような目を向けてくる。思わず背筋を伸ばし姿勢を正すと、ふははと笑われた。同僚の竜騎士たちよりはなごやかな印象だ。


「セス、彼はこの牧場の責任者をしている元竜騎士団長のバートだよ。僕にいろいろ教えてくれた、師匠みたいな人でね」

「王子……いや陛下には、教えるようなことなんて何もなかったよ。こいつぁ天才だと思っていたら、マリユスに見初みそめられてあっという間に俺を超えてっちまってさ」

「謙遜しちゃって。うとまれた王子だった僕を気兼ねせずに乗せてくれたのは、後にも先にもあなただけだったんだからね」

「そんなこともあったっけなぁ」


 二人の会話に、自然と顔がほころんでゆく。

 竜騎士としてはるか高みにいるラファエルにだって、誰かに乗せられていた見習い時代があったのだ。食事をするだけのことにも神経を張り詰めねばならなかった彼は、決して恵まれた育ちではない。それでも竜騎士になるため自分を律し、体力をつけて技量を磨いてきたからこそ、今の彼があるのだ。

 それを思えば、自分はなんて恵まれているのだろう。父も兄も、一時は引きこもりになりかけた落ちこぼれを見捨てず追い出さず、騎士となるべく育ててくれた。そして今はラファエルから格別に目を掛けてもらっている。泣き言など、言っている場合ではない。

 とそこまで考えてふと、彼らの不思議な言い方に気づく。


「ラフさん、マリユスに見初められた……んですか?」

「そうだよ。特にの飛竜はね、僕らが選ぶんじゃない。飛竜が、自分の騎士を選ぶんだ」

「それって、なんか神様の守護騎士パラディンみたいですね」

「確かに、言われてみればそうかも」


 かつて自分を勝手に守護騎士パラディンへ任命したくろの神を連想し、胸の奥がせつなくうずいた。

 竜種はこの世界を造った上位竜族の眷属けんぞくであり、さながら神の系譜に連なるもののようでもある。飼い慣らされた獣竜レッサー種であっても、人に懐いていても、あくまでかれらの側がそういう関係を選んでいるに過ぎないのだと。

 決して主従にくくれる関係ではないという事実を受け止められる者のみが飛竜に認められ、竜騎士になれるのだ。


 バート氏の話には興味をそそられたが、元竜騎士団長の前で迂闊うかつなことは口にできない。年代的にも彼は、帝国の竜騎士団長をしていた父を知っている可能性が高い。ラファエルもそれを念頭に置いているのか、世間話は最小限にしてくれた。

 立ち入りの許可さえ得られれば、牧場の敷地はラファエルにとって庭のようなものである。物珍しさに目がさまよいがちなセスを引っ張るようにして、彼は竜舎が連なる敷地を通り抜けると放牧地へ向かう。柵の向こうには飛竜の群れが各々くつろいでいたり、翼を畳んで地にしたりしていた。

 改めて眺めれば、色合いの地味な普通の飛竜たちも十分に魅力的ないきものだ。中には首を傾げたり頭をもたげたりして、こちらに関心を寄せているものもいる。


「あの子はいつも群れから離れて過ごしててね。隔離かくりしているわけではないんだけど、馴染めないらしいんだよ」

「そうなんですか」


 なんか俺みたいですね、と喉元まで出かかったのを飲み込む。自分は交流が不得意で学校にも騎士団にも馴染めなかっただけだが、ウィルダウにようにあえて孤高の道をゆく者もいるのだ。飛竜には飛竜の想いや生き方があるだろうし、一緒にしては失礼だろう。

 などと想像を膨らませながら辿り着いたのは、奥まった場所にある小型の運動場だった。ラファエルに促されて視線を巡らせれば、柵の側に大きな黒いいきものがうずくまっているのに気づく。影がぶれるように動き、すらりとした首がもたげられる。

 先程まで眠っていたらしい黒い飛竜は訪ねてきた人間二人を見て身を起こした。翼の先を地につけ頭をやや前傾にしてこちらを見る姿からは、警戒心がにじみ出ている。


「やぁ、久しぶり。今日はきみに会わせたい子がいて、連れてきたんだよ。おいで」


 黒飛竜はラファエルの言葉を聞いて、頭をゆらりと反対側へかしげた。翼をたたみ、姿勢を正し、長い首を傾けてセスを見る。黒い鱗の間にきらめく紫水晶アメジストのような両眼と視線がかち合った途端、身体の奥深くがどくんと沸いた気がした。

 似たところなど、どこにもない。深みのある紫色の目も色や形は違っている。けれどその瞳は揺らがず真っ直ぐ自分を見ていて、強い意志と自信がうかがえた。りんとしたたたずまいは、セスが手につかみたいと願い、届かなかった誰かを想起させる。

 思わず、柵に手を掛け身を乗り出した。黒飛竜は驚いたように頭を引いたが、怯えたり威嚇いかくすることはなくゆるりと首を傾げる。あれは、こちらに関心を持った挙動だ。ひどく喉が渇くのを自覚しつばを飲んで湿らせてから、セスは声を抑えて話し掛けてみる。


「はじめまして、こんにちは。俺は、セス。君は、えっと……」

「まだ名前はないね。ここの職員はクロって呼んでるみたいだけど」

「フォア」


 ラファエルに呼ばれたと思ったのか、遠慮がちな声が会話に挟まる。同種の飛竜なのでマリユスと鳴き方は一緒だが、声はより強くてキレがあるように感じた。

 しかし、クロでは玄龍クロと被ってしまうではないか。


「名前は、誰がつけることになってるんですか?」

「もちろん飛竜の騎手だよ。セスが、つけてあげたら?」

「え」




(後編へ続く)

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※イメージイラストあります。

設定画①:https://kakuyomu.jp/users/Hatori/news/16817330656603366518

設定画② :https://kakuyomu.jp/users/Hatori/news/16817330656914655677

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