三周年特別編 -出逢いは運命のように

前編.見習い騎士の悩み【イメージ絵あり】


 蒼穹そうきゅうのその向こうまで透けて見えそうな、快晴だった。


 絵筆でひと撫でしたような薄雲と、きらめく真昼の陽光ひかり。吟遊詩人のアルテーシアならこの美しさをもっと詩的に表現するだろうな、と思い掛けたセスだったが、空の彼方にあると伝えられる星の世界について熱く語りだす姿しか想像できずに苦笑する。

 思えば出会ってから今まで、彼女が自作の詩をぎんずるのを見たことがない。


「フォ、ファウ」


 愛竜の催促さいそくする声で、現実へ引き戻される。眼下に視線を向ければ、目的の場所に近づいていることに気づいた。

 つるぎの山脈から連なる丘陵地域には国営の牧場があり、軍用馬や軍用の飛竜が育てられている。黒飛竜のトライドにとっては実家のようなもので、セスにとってもトライドと出逢った思い出深い場所だ。


「ここに来るのも久しぶりだもんな。職員さんたち、ちょうど孵化ふかの季節で忙しいだろうけど」

「フォーン、ファッ」

「今年はの卵はなかったらしいよ。やっぱり珍しいんだね」

「フォ……ファン」

「あはは、心配するなよ。俺にとっての相棒はトライドだけだって」

「ファッ!」


 と呼ばれる特殊な個体であっても、飛竜に人の言葉は話せない。セスも、上位竜族たちのように相手の心を読むことはできない。それでもトライドとはちゃんと意思疎通できているとわかるのだ。もちろん飛竜騎士は飛竜の意思を読み取る訓練を施されるのだが、それだけではないように思う。

 出逢いの瞬間、かれのきらめく紫水晶アメジストの目を見たときに、全身を駆け抜けた予感と情動。同じものをトライドも感じたと信じている。詩的な言い方をするなら、あの瞬間まさしく自分はかれに「運命を感じた」のだ。



  ⭐︎ ★ ⭐︎



 実家を出てエルデ・ラオ国に移住し、ラファエル国王の元で竜騎士になると決意したものの、家族――特に長兄と父の反対は強かった。いま思えば、二人とも竜騎士を経験していたからこその心配だったのだろうけど。

 確かに、騎馬戦もろくに経験しなかった見習い騎士が飛竜を乗りこなせるはずもなかったのだが、家族が夢を応援してくれないという事実は当時のセスにとって重すぎた。しかも、エルデ・ラオ国の竜騎士団ドラゴンナイツは飛竜との相性と身体能力を基準にスカウトされた者がほとんどだったため、帝国のいわゆる『お行儀のいい騎士団』しか知らなかったセスにとってはカルチャーショックも大きかった。

 先輩竜騎士たちの輪に馴染めず、半ば心折れ、なけなしの自信もすっかり失い、悄気しょげ返るセスを元気づけようと思ったのか、ラファエルは竜牧場の見学を提案してくれた。いわく。


「セスに会わせたい子がいるんだよ。成竜になったばかりだからまだ乗れないけど、国王権限で特別に見せてあげる」


 竜種は元より魔力の扱いにけており、飛竜は風の魔法力を操って器用に空を飛ぶ。岩の多い場所に暮らす獣竜レッサー種であるため体色は土色オーカー砂色サンドで、比較的小型であるが、ごくまれに体内魔力のすば抜けた、体色があざやかで体格に恵まれた個体が生まれることがある。竜騎士たちの間でと呼ばれる希少種だ。

 一般の飛竜より魔法能力も身体能力も知能も高いと言われる色つき飛竜は、竜騎士たちにとって憧れの存在である。帝国には金飛竜ゴールデン、エルデ・ラオ国には蒼飛竜コバルトブルーの希少種がおり、どちらも美しく優秀な飛竜であるため、竜騎士たちは自分も色つき飛竜を得たいと夢を描くものらしい。

 しかし知能が高い希少種は誇り高い精神の持ち主でもあり、自分が認めた者以外に心を許すことはない。その孤高さゆえに、集団に馴染めないことも往々にしてあるのだという。


 飛竜は卵からかえって成竜になるまでに五、六年はかかるので、蒼飛竜に続く新たな色つきの黒い卵は生まれた時から騎士たちの注目を集めていた。

 無事にかえった飛竜のは人間たちから暑苦しい期待を寄せられる一方、親を含む飛竜の群れに馴染めなかったようだ。攻撃されたりいじめられるようなことはないものの、いつも群れから離れて所在なげにしていたという。

 牧場の職員たちには可愛がられていたが、多忙の彼らにとっては仔竜を手懐けようと入れ替わり立ち替わり訪ねてくる騎士たちも頭の痛い存在だったろう。そういう生まれ育ちを経て成長した黒飛竜は、一部の職員たち以外に心を開かぬとしてすっかり有名になってしまったのだった。


 野生種の飛竜は山岳地域に群れを作って暮らすいきものであり、飼い慣らされた軍用飛竜であってもその習性は変わらない。だからこそ、開けた牧場施設でも多頭飼育が可能なのだが――逆をいえば単体で生きるに向いていない、ということでもある。

 ラファエルは王子の頃からその黒い仔竜を気にかけ、騎士団長としてマリユスと一緒にその成長をサポートしてきたらしい。そして、何を思ったのかその黒飛竜をセスに会わせたいのだという。

 多忙の国王を煩わせるわけにはいかない、と遠慮したものの、ラファエルがあまりに楽しそうに食い下がるので、最終的には押し切られた。王子時代とは違い日々政務に追われるようになった彼も、息抜きがしたいのかもしれない、とセスは思ったのだった。


 いつかと同じように蒼飛竜マリユスの背に乗せられ二人で向かったのは、吹く風に秋の気配が混じりはじめた夏の終わり。

 上空から見る樹々きぎこずえは温かみのある色合いに変化しており、飛竜の翼がかき混ぜる風は涼感を増してさわやかだった。星の世界にまで突き抜けそうな蒼穹そうきゅうは、今日よりもずっと濃い青色だっただろうか。


 鳥が飛ぶより高い空から眺める世界の美しさと快さに陶酔とうすいしながら、セスはかつて高所恐怖症だったことなどすっかり忘れ去って、竜騎士になるという決意を新たにしたのだった。




(中編へ続く)

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※イメージイラストあります。

一枚絵:https://kakuyomu.jp/users/Hatori/news/16817330656562984581

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