最終話.ふたりの夜は更けゆく
首長竜のぬいぐるみと一緒に控室へ戻ったセスは、待ち
ちなみに、花嫁が投げたブーケは
披露宴にウィルダウたちは姿を見せず、戦火神は白毛玉に戻ってデュークと一緒に食事を楽しんでいたようだ。元魔将軍たちも遠慮したのかあるいは持ち場へ戻ったのか、姿を見なかった。ナーダムに会えたら、おそらくグラディスと思われる少女について聞きたかったのだが、ゆっくり話ができるのはいろいろ落ち着いてからになりそうだ。
祝される側から、もてなす側へ。まだまだ社交の場に不慣れなため、緊張もしたし上手くできたかはわからない。
それでも食事会を終えて親族と友人たちを見送るとき、皆が幸せいっぱいの笑顔で帰っていったので、きっと楽しんでもらえたのだろう。全部が終わった頃にはとっぷりと夜が更けていた。
セス自身も疲れたが、
疲れ切っているであろう彼女に無理をさせたくはないので、今夜はゆっくり休もうと双方で合意していた。焦らなくても、二人で過ごす日々は始まったばかりなのだから。
「お疲れ様、ウィルダウ。今日は、来てくれてありがとう」
首長竜のぬいぐるみに話かけてみたが、反応はない。戦火神や元魔将軍たちと遭遇する前に冥海神殿へ帰ってしまったのかもしれない。このぬいぐるみは端末みたいなものだと言っていたので、声は届いているのだろうが――そう思った途端に、今まであれやこれや話しかけていたことを思い出し、何だか面映くなってセスはそそくさとベッドの上へ移動した。
そういえば、彼が伴っていた女性は誰だろう。人間なのか、
四年前、ウィルダウは黒幕に徹し邪神を演じて果てようとしていたわけだけれど、少なくとも彼が救いたかった相手にはその真意が届いていた、と思えば、胸に温かいものが満ちてゆくのを感じる。
「そうだね、クォームが言った通りだったよ。本当に、効果抜群の御守りだった」
ベッドへ雑に顔を埋め、あの時のやり取りを思い出して口にする。約束の竜がくれた御守りは、確かにセスの願いを叶えてくれた。それだけでなく、おそらくはウィルダウ自身の願いも叶えてくれただろうと思う。
願いは届いたと、ありがとうと、伝えたかった。
最初の出会いから最後の決戦まで、彼にはたくさん助けられ多くを教えられた。子供っぽい面もあって一緒に旅していた時はまったく思わなかったが、今になって心底実感する。
「本当に、神様みたいなひとだったな……」
ため息と一緒にこぼれた言葉は、静かな夜の空気に溶けてゆく。窓のほうからカタリと音がして、次の瞬間には夜風が吹き込んできた。驚いて、セスはベッドの上に跳ね起きる。
「いやー、照れるなー。神様だってさ!」
「
忘れもしない軽妙で明るい声と、以前より少年らしさを増した幼い声。見開いた視界に、銀と緋色の二人組が映り込む。なぜか開け放たれた窓、やわらかくたゆたう夜闇を背にして、銀竜のクォームと創世竜のフィオが立っていた。
夢うつつの狭間に幻でも見ているのかと、セスは思わず瞬きを繰り返す。銀竜は四年前とほぼ変わらず、しかし髪は長く戻っていた。フィオは少年のような格好で髪をショートにしていたが、やはり最後に会った時とほとんど変わらない外見である。
「クォーム、フィオ、いつの間……に?」
「いやさー、式の時は屋根の上から眺めてたんだよ。結婚おめでとさん! まぁでも、こっちもいろいろ立て込んでたし、片付いてから改めてって思ったんだけどさ」
「そうしてうっかり百年過ぎちゃったらどうするの、って言って、僕が連れて来たんだ!」
笑いながら目を泳がせるクォームと、得意げに胸を張るフィオ。ふたりの様子が四年前と重なって見えて、またも涙腺が緩みそうになる。
もうあとは寝るだけなので構わないが、せっかくの再会で号泣ばかりなのもどうかと思ったので、喉に込み上げて来た熱いものをセスは頑張って飲み下した。
「来てたなら、披露宴にも出てくれて良かったのに」
「だってオレ様、正装とか持ってねーもん」
「それもそっか。うん、思ったより大規模になっちゃって……でも、今度改めて友人たちだけの食事会とかもするから」
住所を、と口にし掛けて
「じゃ、ルウォーツと通信できるようにしとくから。
「そのときは僕も一緒にくるからねー。楽しみ!」
「嬉しいよ、ありがとう。ところで――、」
積もる話は幾らでもある。夜はまだ始まったばかりで、ふたりに眠りは必要なかったはずだ。が、時間はあるの、と続けようとしたセスを
「セス、誰かいるんですか?」
「え、ルシア?」
新妻は先に入浴を済ませ、早々と就寝したはずなのに、何事だろう。不安がむくりと頭をもたげ、思わずクォームとフィオを見れば、ふたりは妙に楽しげに笑っていた。
「じゃ、オレ様たちは引きあげるぜ」
「待ってよ、ルシアにも会っていったらいいだろ」
「そんな野暮なことできるわけないよねーっ」
「わたしもお会いしたかったです」
「うん、そうだよね。でも、また来るって言ってたよ」
「それならいいですけど」
「ルシアはどうしたの? 眠れなかった?」
場所を空けて隣へ招けば、彼女は嬉しそうに微笑んで頷いた。素直に隣へ腰を下ろし、甘えるようにセスへもたれ掛かってくる。
「……やっぱり、一緒がいいなって」
「……ルシアさえ疲れてなければ、……俺としては嬉しいけど」
夫婦になった、という実感が遅れて迫って来て、心臓が煩く騒ぎだす。愛するひとの
「やっぱり、一緒に寝ようか」
「はい」
アルテーシアの体温を全身で感じつつ、窓を閉め損ねたな、と頭の片隅で思う。それでもいま彼女を手放すのは惜しい気がして、構わず二人でベッドへと潜り込んだ。涼気が混じる夜風も、今の時期ならそれほど寒くはない。
どこかから聞こえる鈴を振るようなざわめきは、蛙の歌声だろうか。夜に鳴く鳥の声、遠くに響く獣の遠吠えも。命が芽吹き活動的になる季節はこれからだ。明日から二人で巡る世界もますます美しく輝くことだろう。
「おやすみ」
どちらからともなく言葉を交わし、口づける。明かりを落とした部屋、ひとつの影となって、二人の夜は静かに更けていった。
[竜世界クロニクル - 4 years later - 黒竜騎士の結婚式〈完〉]
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