後編.出逢いは運命のように
ここでようやくセスは、してやったりというふうに微笑むラファエルの意図を理解する。
気分転換というのも嘘ではないだろうが、本当の目的はこの黒飛竜に騎手の候補としてセスを紹介することだったのだ。その厚意に背筋が伸びる一方、落ちこぼれの自分を色つき飛竜が選んでくれるとは思えず、セスはつい柵を握る手に力を込めていた。
人間たちの会話を理解しているのかどうなのか、黒飛竜が草地を踏みしめながらさらに近づいてくる。普段の訓練で目にする一般の飛竜たちよりもやはり大きいが、
真昼の
「ええと、……クロ?」
「フォン」
呼ばれたから答えた、というおざなりさではあるが、少なくとも嫌われてはいない様子にほっとして、セスは右手を柵から離しそっと差し伸べてみる。大きな頭が近づいてくれば心臓が飛び出しそうに高鳴るが、動揺を見せて警戒を強められたくはないので、平常心を念じながら飛竜の動きに任せる。
全身真っ黒に見えた飛竜も近くで見ると部位ごとに濃淡があり、いきものらしさを実感させられた。こんな近くで観察することなど滅多にないので、新鮮な驚きと親しみの気持ちが湧きあがる。
胸元には三又に分かれた
「わ、っ?」
「フォ、フォゥア」
「あはは、撫でてよ、だってさ」
戸惑うセスの手のひらを飛竜の巨大な頭が押し上げようとする、その様子をみてラファエルが楽しげに笑いだす。言われるままに額の辺りを鱗の方向に沿って優しく撫でれば、クルルと喉を鳴らして黒い飛竜はその場にうずくまった。
なぜ自分に、という疑問を
「ラフさん、飛竜って人の心を読めたり……するんでしょうか」
「かれらは人間よりずっと魔法的な存在だから、そういうこともあるかもね」
会話に気を取られ手を止めれば、控えめな声が「ファ」と誘う。キラキラした
「ラフさん、俺が、この子を迎えてもいいんですか」
「もちろんだよ。今日すぐに連れて帰るってわけにはいかないけど、この子が望むならバートも他の職員たちも反対なんてするわけないさ。君の父君と兄君だって、色つきの飛竜に選ばれたと聞けば認めてくれるだろうよ」
竜牧場の職員たちはともかく、父と兄に関してはどうだろうか。それでもセスはもう、この黒飛竜をあきらめるなどできそうになかった。
人の肌とはまるで違う
「俺と一緒に来てくれる?」
「ファッ!」
力強い
「わかった。次来る時までに、名前を決めておくよ。約束するから、待ってて欲しい」
「フォウ、ファーンッ」
翼をばたつかせ、ねだるような声で鳴く。もしかしたらこの子にはもう、自分が思い浮かべた名前が伝わっているのかもしれない。なだめるのも不慣れなセスがあたふたしている様子をしばらくにこやかに見守っていたラファエルが、横から手を出して黒飛竜を撫でて落ち着かせてくれた。
彼とは王と騎士という関係なのに、時々こうして弟でも見守るように扱われるのはどうしたことなのか。複雑な思いで視線を送るも、いつものように笑顔で流される。
「手続きさえ終えればすぐに引き取れるよ。セスもこの子も初心者だから、飛べるようになるまでは訓練が必要だけどね」
温かいだけでは終わらない現実に立ち返り、セスは思わず背筋を伸ばした。
「はい、俺、頑張ります」
「ファッ、フォアッ!」
息ぴったりに合いの手を入れられて、やはり飛竜は人の心を読める――というより感じるのかもしれない、とセスは思う。
この子とならきっと、どこへだって行けるだろう。立ち上がり翼を羽ばたかせながら鳴き声を上げる姿は迫力ある幻獣だけれど、セスがその挙動から思い浮かべたのは、アルテーシアに甘えるシッポだったので。
⭐︎ ★ ⭐︎
こうして、見習い騎士は黒飛竜を得て飛竜騎士に任命された。
お世辞にも要領が良いとはいえないセスと、まだ若く元気と好奇心にあふれた黒飛竜――トライド。仲は良くても訓練が難航したが、努力の甲斐あって今ではすっかり一人前の黒竜騎士である。
こうして時々竜牧場へ視察に行くと、バート氏は孫をみる目でトライドを撫で回しては
「バートさんに会えるのも楽しみだな、トライド」
「ファ……」
「いいじゃん、トライドだってもう大人なんだから、立派に成長した姿を見せてあげなよ」
「ファウ、フォア」
出逢いの日を思い浮かべながら、降下する前にもう一度顔を上げ、広く景色を見渡した。
深緑が若草と混じりあって大地を覆い、さながら
麦の収穫は今が本番だ。過去には圧政で苦しんだエルデ・ラオの国民たちも、少しずつ暮らし向きが向上しているという。竜騎士は国軍、つまり本来は戦争に備える軍隊の一部である。けれど、この平和で穏やかな日々がいつまでも続いてくれるように――そう願わずにはいられなかった。
国土も農地も、飛竜と人の命も、二度と踏み
「頑張ろうな、トライド」
「ファッ」
頼もしい
光り輝く水平線の向こうへ、まだ見ぬ美しい未来を思い描いて。
[竜世界クロニクル・三周年特別編 - 出逢いは運命のように〈完〉]
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます