十二.婚礼の誓い
右腕に触れるぬくもりが、セスの心を温かく満たしてゆく。ここへ至るまで大変なことも多かったはずなのに、今感じているのは限りない幸福感だ。世界中の誰よりも愛しいひとと夫婦になれる、これ以上の幸せがあるだろうか。
司祭の衣装に身を包んだデュークが、並び立つセスとアルテーシアを見て微笑む。かつて
式の司会進行を務めるだけでなく、彼は戦火神をこの場へ招く神使でもある。花嫁と花婿をステージの中央に導いてから舞台袖へ入ってゆき、すぐ誰かを伴ってきた。
デュークが緊張したように息を吸い、表情を取り直した。女神が一歩進み出て、向かい合う花婿花嫁と司祭を見守る位置に立つ。一般的な結婚式の場合そこに
最初の頃は反対が強くて、想い合う心と裏腹になかなか思いどおりには進まなかった。それでも味方は多く、ずっと応援してもらえたし、ずっと見守られていたのだと実感する。
誓いを見届ける役割の女神と司祭が、愛おしそうに自分たちを見ているのだ。自分たちの幸せを心から祝福してくれているのだ。戦火神とデュークは視線を交わしあい、デュークが
「今日、この
「花婿であるセステュ、花嫁となるアルテーシア。お二人は、互いを愛し、互いを生涯の伴侶として定め、その誓いを今ここで、女神と人々の前で
普段は無口なデュークがつかえもせず、
つないだままのアルテーシアの手をぎゅっと握れば、やわらかな力で握り返された。ただそれだけの触れ合いで、彼女も同じ気持ちだと確信する。
「戦火の女神による加護は、勇気、そして燃え上がる愛。人生において遭遇する様々な戦場で、おのれの敵を見誤ることがないようにしてください。互いに並び立ち、あるいは互いの背を預けて、どんな困難にも立ち向かってゆけますよう。いかなる状況にあっても互いの愛を信じ、互いを尊重し、互いへの忠実を守るならば、女神の加護はいつの日も貴方がたの上に留まるでしょう」
戦の女神へ仕える者らしい講話を終え、
白い手袋をはめた彼の手が、優雅にこちらへと向けられた。
「セステュ・クリスタル、そしてアルテーシア。貴方がたは、互いを伴侶として迎え、互いを愛し敬い、その絆を生涯守り抜く決意を抱いていますか?」
答えを迷うはずもない。セスとアルテーシア、双方の「はい」と答える声が重なる。聞き届けたデュークが頷き、視線を傾けて戦火神を見た。あざやかな衣装を翻し、女神が二人の前へと進み出る。
「セステュ、アルテーシア。我が名は〈
白毛玉の面影など微塵も感じさせない威厳に満ちた女神の声で、フィーサスは自分の腰帯から儀礼用の長剣を外し、セスのほうへと差し伸べた。
緋色の流線模様が描かれた美しい銀の鞘に左手で触れてから、アルテーシアへ体を向け、セスはひとつ息を吸い込み、強い声で宣言する。
「私、セステュ・クリスタルは戦火神の
まっすぐ見つめ返す神秘的なブルーグレイの目に、やわらかな光が揺らぐ。アルテーシアが微笑み、同じように戦火神の剣に触れ、それから
「わたくし、アルテーシア・ウィルレーンは戦火神の
互いの言葉は、儀礼に
けれども、想いと願いをありったけ詰め込んだのだと伝わってくる、愛情深い声音の宣言だ。見届けた女神が剣を引き、鞘をひと撫でしてから腰帯へそれを戻して言った。
「今ここに、誓約は交わされた。女神の名に
厳かな空気も吹き飛ばす満面の笑顔で女神に祝福されれば、セスの顔には熱が集まってゆく。フィーサスと場所を入れ替わるようにして、司祭のデュークが指輪の台座を手に二人の側へ立った。
「それでは、ここに集った皆様への表明として、誓いの指輪を交換してください」
「はい」
何度も練習したとはいえ、これだけの人々に見守られるのは緊張感がとんでもない。ともすれば震えそうになる指先に意識を集中し、小さいほうの指輪をそっと引き抜く。手袋を外したアルテーシアの手を取り、落とさないよう慎重に指へはめる。
いつも冷静なアルテーシアもやはり緊張しているのだろうか。次は花嫁から花婿の指へ。綺麗にはまったのを確認してから、二人は顔を挙げてしばし見つめ合った。やがてセスがゆっくりと近づいて、そっと花嫁のベールを上げて視線を交わし、手を握る。誘うように目を閉じ
いつもよりやわらかくしっとりした感触に浸りたくなるのを、衆目の前だからと意識を引き戻す。恥ずかしげに目を伏せ微笑む愛しいひとを思い切り抱きしめたくなるが、儀式はまだ終わってはいないのだ。
二人で会場へ向き直り、指輪をはめた手を参列者たちに見えるように掲げれば、わっと拍手が巻き起こった。
さざめく祝福の音が余韻を残して収まるのを待ち、デュークが口を開く。
「この誓いの指輪は、貴方がたが結婚したという証です。この指輪を見るたびに、互いを愛するという誓いを思い起こしてください。貴方がたのこれからが人々に愛され、神々に祝福され、幸せで実り豊かな日々を享受できますよう。ご結婚、おめでとうございます」
再び、会場が割れるような拍手に包まれた。親族、友人、親しい者も知り合ったばかりの者も、この場に集ったすべての人たちが一つの心で自分たちを祝福してくれている。それを思った途端、感動が一気に湧きあがって視界がぼうっと霞んだ。
背中に、そっと手が添えられる。花嫁衣装に身を包んだアルテーシアが、セスを見あげて微笑んでいる。感傷を飲み込み、セスは彼女に頷きを返して壇上から会場へと目を向けた。
「本日は、私と彼女のため遠路より、あるいは事情を調整し、この式に駆けつけてくださいまして、心より感謝申し上げます。私、セステュ・クリスタルは本日より、妻となったアルテーシアとともに夫婦として歩み始めます。皆様の祝福とご厚意に恥じぬよう、これからも頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いいたします」
鳴り止まぬ拍手が、一層大きく強くなる。デュークが中央に進み出て手を伸べて、拍手が収まるのを待ってから、閉会の挨拶を述べた。
「お集まりの皆様、花婿と花嫁に多くの祝福をありがとうございます。これをもちまして、お二人の婚礼の儀を終わります。どうぞ皆様、温かな拍手でお見送りくださいますよう」
セスはアルテーシアと視線を交わし、頷きあった。舞台袖へ視線を傾け、おとなしくこちらを見守る黒飛竜と、側に置いた首長竜のぬいぐるみを確認する。一旦この場を離れることにはなるが、すぐ迎えに来る予定なので大丈夫だろう。
「いこうか、ルシア」
「はい、いきましょう、セス」
声を掛け合い、顔を挙げた。視線の先には、二人を祝福してくれている無数の人々。目指す先は、白い光があふれるホールの外だ。
言葉にできない感情が
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