十.仕切り幕の裏側で
結婚式のやり方は各国の文化や慣習、信仰する神によって様々だ。セス自身は無信仰だが、仕官してるエルデ・ラオは由緒正しい戦火神信仰国家であり、セスは竜騎士団の一員なので、式は戦火神殿にて執り行い、方式は竜騎士団の慣習に倣うことになった。
「正直、羨ましいな。俺も
「待って待って、これ以上陛下を悩ませるのはやめてよ」
式場の準備は原則、神殿関係者と騎士団の同僚が行うことになっているが、
飛竜は個体によって気質が違い、
「俺は、陛下を悩ませてなどいないぞ。輝帝国の式場は一般向けでもエルデ・ラオ国の神殿より造りが大きい。飛竜を連れた結婚式も、飛竜の結婚式も、問題なく行なえるはずだ」
「飛竜を連れた式ならわかるけど、飛竜の結婚式って何の話? 対抗意識? まさか本気じゃないよね」
「そうだな……。俺もユピテルも既婚者だから、今さらの話ではあるな……」
心なしか
長らく女性の影もなかった長兄は、昨年の夏頃ようやく妻を迎えていた。輝帝国の軍事筆頭である兄の結婚はもはや式典と呼べるレベルだったので、セスは身内としてではなくラファエル国王の護衛として参列せざるを得ず、相手の女性とゆっくり話す機会がなかった。
良家のご令嬢なのだが、馴れ初めは金鷹騎士団に下された任務で共闘したことらしい。彼女は
宰相である父、高齢の祖父、病弱な母は今回の結婚式に参列できない。代わりに次兄のオアスが輝帝国とクリスタル家代表として来ていた。
正直、宰相であり保守的な性格である自分の父と、輝帝国を良く思っていないアルテーシアの父が顔を合わせるのは恐ろしい気がしていたので、ほっとした……という話は首長竜だけが知っている。
実家には式後改めて出向き、簡易な披露宴を行なう予定だ。ケスティスの奥方もその時に紹介してもらえることになっている。聡明なアルテーシアなら慣れない場面でも上手く立ち回ってくれるだろう。
「兄さんも、そろそろ会場に戻ってよ。開始時刻のギリギリに『金目の鷹』が飛び込んできたとかなれば、帝皇陛下も父さんも頭抱えてしまうよ」
「……そうだな。それで聖騎士の資格を取り消されたら、エルデに再就職を考えるか」
「もう気軽な独身貴族じゃないんだから」
「無論、妻も連れてだが? 彼女の才なら場所など選ばず――」
「いいから! ラフさんに挨拶してきて!」
黒い愛竜は、いつもと違う服装のセスを
「トライドもここで大人しくな。俺とルシアにとって一生に一度の大事な式だから、トライドにも見守って欲しいんだ。あと、これも、俺の大事なものだから。もちろん壊しちゃいけないし、誰も来ないと思うけど誰かが持って行こうとしたら、守ってくれよ」
「フォウ!」
色よい返事を確認し、柵の横に置いていた白箱から首長竜のぬいぐるみを取り出した。頭を式場へ向けて箱に乗せ、そっと首にリボンタイを巻く。トライドは不思議そうに眺めていたが、変に興奮する様子はないので大丈夫だろう。
「頼んだよ、トライド。じゃ、行ってきます、ウィルダウ」
「ファン!」
いよいよ本番だという興奮と喜びに胸を高鳴らせながら、セスは控えの間に向かう。待ちに待った当日。花嫁の装いをしたアルテーシアはどんなにか美しいだろう。
「まったく。あの子は私を何だと思っているんだ」
式の主役が去るのを待っていたかのように、黒飛竜のそばで二人分の姿が現出した。翼を畳み一眠りしようとしていたトライドが、頭をもたげて不思議そうに傾げる。
影の片方、鮮やかな模様が描かれた絹を重ねてまとう
「
「嬉しいというか……微笑ましいとは思うが。それにしても、参列すると約束したのにな」
もう片方、黒基調で袖と裾が広がる衣装をまとった銀髪の青年が、箱の上に置かれた首長竜のぬいぐるみに触れようとする。途端トライドに「ファッ」と
「いいじゃない。一般席にいながら特別席で、二人の誓いを見届けられるんだもの」
「特等席、確かにね」
隣に立つウィルダウは銀の髪を飾り紐によって高く一つに束ねただけで、顔や姿は変えていない。
「わたしたちも行きましょう。あなたはどの席だろうとぬいぐるみを通して見ればいいでしょうけど、わたしは後ろの席だと見えないの」
「目立ちたくないと言っているだろう」
「大丈夫よ。目の色と髪型と服装が違うもの、バレないバレない」
「天龍が来ていないことを祈る……」
「
「そんな同盟は知らないが」
気の置けないやり取りを交わしつつ、二人は互いの姿を確認し合う。あまり有名ではない白龍の魔力は神にしては控えめであり、ウィルダウはまだ全盛期の頃に遠く及ばない。少し
式の
互いにおかしな部分がないかと十分に確かめてから、白龍は手のひらを合わせ小首を傾げてウィルダウを見あげた。
「それはそれとして、人にまぎれるのに『白龍』はないわ。あなたの名前は知られすぎてしまったから、
神々にはそれぞれ、創世竜より賜った名がある。しかし人の中に混じって生きるのでもない限り、名を呼ばれる機会は皆無でもある。
狭間で生きてきた白龍の名が人に明らかにされることはこれまでになく、ウィルダウ自身も彼女を名で呼ぶことはなかった。だからといって、想い焦がれてきた相手の名を忘れることなど、あるはずがない。
髪色が違っても変わらぬ空色の目に揺れる不安と、少しの期待。
彼女にずっと焦がれ続けてきた
「当然だろう。君さえ良ければすぐにでも君の名を呼びたい、……のだが。許してくれるだろうか」
「そうね。
「ありがとう。では、今日から私は君を
「ご随意に」
不思議なものを見た、とでも言いたげに見送っていた
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