七.ぬいぐるみと一緒に
帰路の間中ずっと、目を離した隙に首長竜が動くのではないかと気にしていたセスは、周囲の注目を浴びていたことに帰城してから気がついた。道中で振り向かれたり注視されたことを今さら思い返して赤面する。
とうに成人を過ぎ結婚を控えた男子が大きなぬいぐるみに夢中になっている姿は、
主城と神殿
ラファエルに相談したら即「建ててあげるよ」と言われたが、それは辞退した。生活基盤くらい自力で築かねば、実家やアルテーシアの両親に顔向けできない。それにアルテーシアと二人で、間取りや外観、装飾の話をするのはとても幸福なひとときだったので。
兄二人と母親が違い、歳も離れていて病気がちだった幼少時のセスは、ぬいぐるみと過ごす時間が多かった。兄たちが買ってくれた狼のぬいぐるみや、母がくれたうさぎのぬいぐるみ、大きな飛竜型の抱き枕、など。
そんな記憶があのとき無意識に働いて、願いがあんな形を取ったのだろうか。今でも、理由はわからない。
愛する彼女と結婚していずれ子供ができたなら、自分はやはりぬいぐるみを買い与えるだろう。その中に首長竜のぬいぐるみも――と思い描いていたことを否定できない。
今さらながら浮かれていた自分への羞恥がとまらず足を早めるセスの前方に、人影が見えた。足を止めよく見れば、婚約者と王妃が螺旋階段の下で談笑している。
「あっ、セス! おかえりなさい。贈り物、何だったんですか?」
「セスさん、わざわざ祖父の所まで出向いてくださりありがとうございました。白龍様からの祝福は無事受け取れました?」
「せぇしゅ!」
気になることはみな同じ。セスが何か言うより前に、アルテーシアとルフィリア、そして母の腕に抱かれていた幼子――第一王子ミカエルが、バッグから顔を覗かせている首長竜のぬいぐるみを見つめた。真っ先に反応したのはミカエルだ。
「ふぁあぁ、とらぁど!」
父に似て飛竜が大好きな王子様は、黒い首長竜を黒飛竜だと思ったようだ。きゃっきゃと歓声をあげて手を伸ばしてくるミカエルの喜びように、セスは焦って青ざめる。
「ミカエル様っ、これはトライドじゃないです。大事なものなので、あげられないんですよ……ごめんなさい」
「うぅ? ぶあぁ、とらーどっ! とらーどぉ!」
「あらあら、飛竜と遊びたいの? じゃ、ママと一緒にマリユスとトライドに会ってきましょうねぇ。ルシア、セスさん、あとは大丈夫ですから」
ぬいぐるみを欲しがって暴れる息子をしっかり抱きとめあやしながら、ルフィリアはあわあわするセスに目配せをして足早に去っていった。王子を泣かせてしまった罪悪感で放心しているセスの腕に、ほっそりしたぬくもりが絡みつく。
「ミカさまも、本物を見たらご機嫌なおりますよ。ふふっ、頭とかかじられたら大変ですものね」
「……あとから、ラフさんに怒られるかな」
「怒られませんって。安全を確認していない
「それもそうか。ありがとう、ルシア」
今でも、
アルテーシアはどんな時でも冷静で
そんな彼女はこのぬいぐるみが何か、もう悟っているだろう。
「セスさん、夕食までは時間がありますしお部屋へ行きましょう。わたし、そのぬいぐるみをじっくり調べてみたいです!」
好奇心にきらめくブルーグレイの
「うん、いいけど……分解しちゃ駄目だよ」
「もちろん、そんなことしません! 素材には興味がありますけど……。中に詰まっている綿は、毛玉姿のフィーサス様と同じ素材でしょうか」
無邪気な笑顔でわりと怖いことを言いだす恋人へ、セスは
部屋へ戻ればどこからともなく護衛狼のシッポがやってきて、アルテーシアの足元に寝そべった。
ウェディングドレスの調整はアロカシスやリュナも同席していて楽しかったらしく、それぞれの恋
彼女がまとうウェディングドレスのデザインをセスも知っているものの、実際に着付けたところは見ていない。元より顔立ちが愛らしく、透きとおるような白桃肌とやわらかく淡い金髪の彼女には、真白なドレスがよく似合うだろう。
当日を楽しみに思う反面、自分が隣に立つという現実を
だとしても、セスが愛するひとはただひとり、アルテーシアだけだ。一筋縄ではいかない運命に纏わりつかれた彼女を、
シャルとレーチェルの家に行ったときのように、彼女は長い髪をリボンでまとめブラウスの袖を折り返して、真剣な目で首長竜のぬいぐるみを調べている。
目を見開いたり
ルシアはこんな可愛いのに狼みたいな子だよな。
などと思いながら、可憐な婚約者の怪しげな動きを見守っていたが、ぬいぐるみが動いたり喋ったりする様子はなかった。やはりさっきのも、気のせいだったのだろう。
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