五.エルデ・ラオの新たなる風
飛竜との絆が何より重視されるエルデ・ラオ国では、貴賤を問わず適性さえ有れば竜騎士になれる。一方、輝帝国ではよほど特別な才能を持たない限り、平民や移民が竜騎士として登用されることはないという。
兄ケスティスが率いる
彼らに共通していたのは、飛竜との相性が良く視力とバランス感覚に恵まれていること、ラファエルを団長として慕っていること、くらいだったからだ。年齢も出身も身分も様々な男たちが儀礼や作法に頓着せず酒盛りする様子は、さながら酒場に集う傭兵集団だった。
そういう意味では成人一歩手前の十七歳が遅すぎるということはなく、すんなり受け入れてもらえたのだが。彼らの荒っぽい言動にはなかなか馴染めず、打ち解けるまでずいぶん時間を要してしまった。
シャルならそういう悩みとは無縁だったろうと、今さらながら彼の人当たりの上手さを想起する。結婚式には荒くれ竜騎士団員たちも参列するのだし、シャルだけ浮くということはないはずだ。
そんなことを道中話しつつ春の旅から帰ったセスとアルテーシアを、大きな灰色狼が出迎える。今やすっかり大人の狼になったシッポだ。
出会った頃は産毛混じりの毛皮に覆われ、脚が太く短く尻尾は細めだった仔狼も、四年の歳月を経て見違えるほど成長した。光沢ある灰色の毛並みは光の加減で銀色に近く輝く。アーモンド型の目には鋭い光が宿り、しなやかに伸びた四肢には力が
大型の猛獣らしい迫力を醸しながらも、彼のアルテーシアに対する態度だけは仔狼の頃とまったく変わっていない。
「ただいま、シッポ!」
「グルルゥ」
アルテーシアの両親に挨拶したとき聞かされたのだが、シッポは
最近ずっとアルテーシアを一人占めしていた自覚もあるので、今は身を引いておいたほうが平和に済みそう、との判断だ。
「トライドは竜舎に入ろうか」
「ファ!? フォウ、フォーン……」
遊び足りないと訴えてくる黒飛竜を
「トライドも甘えたがりだけど、シッポも寂しかったんだね」
「そうですよ。シッポってば、もうすっかり大人なのに甘えんぼで困っちゃいます」
「クゥン……」
「フォゥン……」
大好きな主人に笑われた大型獣たちが、大きな身体に似合わぬせつなげな声を落とすのを聞き、セスとアルテーシアはまた顔を見合わせて笑った。
輝帝国からエルデ・ラオ国へ籍を移したセスの現在の立場は、ラファエル国王の近衛騎士である。元魔将軍であったネプスジードも同じだが、彼の場合は側近というほうがより正確かもしれない。
表向き輝帝国からの引き抜き、といった
輝帝国宰相家の末っ子であるセスが妙な企みに巻き込まれぬよう、ラファエルが先手を打ったという面もあるだろう。
そういうわけでセスとアルテーシアが住んでいるのは、国王の目が一番届きやすい場所――つまり再建を終えた新王城なのだった。
恐縮する気持ちもあったが、ラファエルの境遇を知っているセスは素直にその提案を受け入れた。騎士や貴族に対し警戒心が強いアルテーシアの反応は気懸かりだったが、彼女も条件付きで同意を示してくれた。その条件というのが、王城内でシッポを自由に行動させるというものだった。
動物好きのラファエルが二つ返事で了承したので、その条件はすんなり通ったが、今思えばアルテーシアはやはり、王城という場所を警戒していたのかもしれない。成長したシッポの体長が大人の背丈を超えるなど思いもしなかったけれど、彼女は当然それを見越していただろうから。
当時はそうだったにせよ、今のアルテーシアはすっかり王城に馴染んでいる。兄である元魔王が王城に隣接した中央神殿に住んでいるのも、彼女の安心材料なのかもしれない。
「ただいま帰りました」
自室に荷物を置き、着替えて執務室へ顔を出せば、二人分の視線に射抜かれた。
執務机を挟んでラファエル国王とネプスジードは何か打ち合わせをしていたようだ。真剣な国王の表情が、途端に
「おかえり、セス。今日は疲れているだろうから、休んでいいよ」
「陛下はそうやっていつも甘やかす。セス、顔を出したのならそのまま手伝え」
にこりともせず反対意見を口にする側近に、国王の眉がつりあがる。ネプスジードが手にしていた書類を奪うように取ると、ぱしんと天板を叩いて言い返した。
「ネプスジードこそ僕を甘やかしすぎだから。この件が片付くまでは半休なんて取らないからね。どうせルーファもミカエルも午睡の時間だし、時間はたっぷりある」
「心配などせずも、陛下に代わって勝手な決断を下したりはしないというのに」
「そういうこと言ってんじゃないよ」
「だが、妻と息子の寝顔は何時間眺めたって飽きはしないだろう?」
テンポ良い応酬に口を挟む隙はなく、困ったセスは執務室を見回してから、書棚の整理をすることにした。
昨年、冬の終わり頃に産まれた第一王子は、今ようやく一歳を越えたばかり。乳母をつけず夫婦で育てると決めたラファエルが十分に時間を取れるようにと、ネプスジードは手を回して余分な仕事が回ってこないようにしているらしい。その陰で彼が寝る時間を削りつつ膨大な仕事を片付けていることを、しかし国王もしっかりわかっているのだった。
内務に関してまだ見習いであるセスは、彼らの負担を肩代わりするには力不足だ。それでも、努力を惜しまずラファエルの力になるという決意は今でも胸に強く息づいている。
「ラフさん、道中ちゃんと休憩も取りましたので、大丈夫です。何をすればいいですか?」
言い合いが落ち着いたタイミングを見計らって声を掛ければ、ラファエル国王は一瞬沈黙し、それから溜め息混じりに答えてくれた。
「無理しなくていいって言ってるのに、もう仕方ないな。それじゃ、この書類を仕分けてくれる? 三人でさっさと終わらせて、残業なしにするよ!」
どこかの社長みたいな言い方に、思わず笑みがこぼれた。傍らに立つ無愛想な側近をうかがい見れば、彼もやはり同じような表情をしているのだった。
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