三.金目の飛竜騎士


 執務室を出てそのまま王城の騎士団詰所に向かうつもりだったディスクは、廊下の向こう、階段近くに立つ人影を見て心臓が止まるほど驚いた。

 すらりと背が高い金髪の若者は飛竜騎士団長の息子、ケスティス・クリスタル。隣に置かれた椅子に座っていたのが彼の妻ロザリナだったからだ。状況への理解が追いつかず言葉を失うディスクに、ケスティスが気づいて口を開く。


「ギリディシア卿。奥方が貴公を捜していたから、待つ間、俺が付き添っていた」

「――っはァ!? ケスティス、衛士に止められなかったのかよ」

「俺が一緒なら、いいと言われたが?」

「……これだからクリスタル家は」


 確かにロザリナは最近まで宮廷に仕えていたこともあり、内務官たちと顔馴染みだ。かといって、既に退職した人物が厳重立ち入り禁止区画エリアにすんなり入れるのもどうなのか。

 クリスタル家は現帝皇ていおう姻戚いんせき関係にあるためか身分差の意識が薄く、一部の貴族たちにそこを疎まれているようなのだが、特にこの長兄は自覚が足りていない。

 とはいえ親でも兄でもないディスクが口を出す問題ではないし、妻を一人にさせず付き添っていてくれたことには感謝したいが。


「では、俺は騎士団へ戻る。ロザリナ嬢、お大事になさってください」

「ありがとう、ケスティス卿。……ディスク」


 呆気に取られている間にケスティスはさっさと行ってしまい、広い廊下の端と真ん中でディスクは妻と向き合うことになった。

 ロザリナが椅子からゆっくり立ちあがり、ドレスのすそをさばいて歩み寄ってくる。


「よ、よう、ロザリナ。ちょっとこれから王命で、出掛けてく……うがっ」


 静々と眼前まできた妻から無言の平手打ちを食らい、痛みより驚きが勝ってディスクは狼狽うろたえた。

 叩かれた頬に思わず手を当て、言葉もまとまらずに口をぱくぱくさせていると、冷たい怒りをたたえた双眸そうぼうがまっすぐディスクを射抜く。


「そうしたい気分だったから、そうさせてもらっただけよ。別段、深い意味はないわ。あなたは人をだますのが上手いけれど、私だけは騙せないってわかっているわよね」

「お、おう……。承知しております」


 見抜かれているのはわかったが、どこまで見抜いているのかまで教えてくれる気はないようだ。ディスクは自嘲的な気分で頬を緩め、腕を伸ばして妻の肩を抱こうとした――寸前で、彼女がスッと身をひいた。


「王命の内容も聞きたいところだけれど、私には黙っていくつもりだったのね? それなら無理には聞かないわ。どうぞ、いってらっしゃい」

「ロザリナ、それは」

「これ。役立ててね」


 空をつかみかけたディスクの手に布包みが押しつけられる。思わず開いてみれば、中から角張った指輪が転がり出た。特殊な魔石をめ込み、リングの口側に魔導の呪文スペルを刻んだ魔法道具――転移リープの指輪だ。

 一般流通するはずもない稀少な品に驚いて顔を上げたときには、ロザリナは階段を降ろうとしていた。慌てて、声を掛ける。


「ありがとな、ロザリナ! 必ず戻るから信じて待っていてくれ」

「……当然でしょう」


 一瞬だけ振り向いて見せてくれた、甘い笑顔。返事も待たず行ってしまった妻の背を見送り、ディスクは決意を握り込むように、無骨な指輪を収めた手のひらに力を込めた。





 『死霊の門』が顕現けんげんしたのは大陸北の果て、『嘆きの雪原』の向こうに広がる氷海ひょうかいだ。門それ自体は不気味にたたずんでいるだけだが、ザクロスフィーラが拠点を構えているのは雪原に接した『幻魔げんまの森』という針葉樹林らしい。ほぼ一年中雪に覆われた地だというのに枯れることなくそびえ立つ、黒々とした杉の森だ。

 帝都ノルディックから幻魔の森までは、馬を走らせても五日以上はかかる。折角なのでディスクは、ハスレイシスが与えてくれた聖騎士の権利を使うことにした。二人乗りが可能な飛竜騎士に現地まで送り届けてもらうのだ。


 ディスクとしては誰でも良かったのだが、飛竜騎士団ドラゴンナイツを統括する『金のたてがみ獅子しし』レーダル・クリスタルが選抜したのは、彼の息子ケスティスだった。彼の乗る金飛竜ゴールデンが団の中で最も大きく賢く、機動力にも優れているという理由らしい。

 そうして、わずか一日で現地に到着したディスクは、休む暇もなく打ち合わせに入っている。

 対策本部に残る騎士たちによれば、数日前にも傭兵部隊が壊滅させられたばかりだという。半数ほどが逃げ帰ってきたが、もう半数は絶望的だろうという話だった。


「生き延びた者たちから話は聞けたのか?」

「はい。すでに調書はまとめておりますが……あまり参考にならないかもしれません」


 ケスティスと調査員の魔導士が話しているのを聞き流しながら、ディスクは報告書に目を通す。幻魔の森全体がザクロスフィーラの手に落ちたわけではなさそうだが、衣食住に左右されない不死者を徒歩で探し回るのは困難だろう。


「ケスティスには本部ここの守りを頼むぜ。俺様が森へ入って調査を行なう」

「一人で大丈夫なのか、ギリディシア卿」

「大丈夫だ、っつーか、一人のほうが動きやすいんだよ。死霊魔術はその名の通りを扱うものだから、魔法耐性のない生者は近づかないほうがいい」


 わかった、と素直に引き退ったケスティスに、ディスクは皇太子ハスレイシスから受け取った任務状を手渡す。怪訝けげんそうに書状とディスクを見比べる竜騎士に、笑顔を向けて言った。


「一週間経っても俺様が戻って来なかったら、ケスティス、任務の全権をおまえに移譲する。調査はあきらめて、幻魔の森に火を放て。……いいな?」

「…………わかった」


 考え込むような沈黙を挟んでから、ケスティスは素直に頷いた。




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