四.不死者の傭兵(と謎の白毛玉)
黒々とした
加えて、霧か
便利なのは精霊魔法の
本来なら連れ帰るか現地に埋めて埋葬してやりたいところだが、下は根雪で今は単独行動である。悔しいが、できることは何もない。
一刻も早く目的を果たし、騎士団に森の捜索を行わせようと決意する。そのためにも、自分が遺体の仲間入りをするわけにはいかなかった。
目にした遺体はみな無傷で目立った異常もない。調査報告と合わせて考えるなら、ザクロスフィーラに魂を奪われたと考えるべきだろう。この森自体に仕掛けがあるのか、向こうがなんらかの形で出向いたのかまでは報告書から判断できなかった。
逃げ帰ってきた者たちは皆ひどく混乱し怯えていて、具体的な状況を聞き取ることができなかったらしい。であれば、いつ向こうがディスクの侵入を察知して仕掛けてきてもおかしくはないということだ。
扱う系統が同じ死霊魔術であるだけに、相手が取るであろう手段も予想がつく。できうる限りの準備と対策はしてきたが、不意を突かれるのだけは避けたかった。気を張り詰めて進んでいたディスクは、ふと視界の端に奇妙な光景を見て足を止めた。
根元から折れて倒れた大きな杉の陰、積もった雪の上に異質な黒い塊が見える。布の質感からして人だろうか。一歩そちらへ踏み出せば、小さな白いものがその上で跳ねているのが見えた。うさぎ……の動きではなく、鳥にしては妙に丸い。
靴の下でパキと小枝が折れた。そのかすかな音が聞こえたのだろう、跳ねていた白い物体が空中で不自然に動きを止め、次の瞬間にはディスクのほうへ勢いよく飛んできた。
「ぷっきゅうぅぅぃ!」
「うわーっ!?」
思わず悲鳴とともに後ずさった、途端。踵が木の根に引っ掛かって体勢を崩した。用心など吹き飛んでしまい、森へ響き渡るほどの大声をあげて仰向けに倒れたディスクの視界に、白くて丸くてフワモコした謎生物が映り込む。
ぴーとかきゅーとしか聞き取れない鳴き声をあげ、ふわふわと宙に浮いている白毛玉。倒れた拍子に食らった頭への衝撃で思い出した――という訳でもないが、ディスクはこの生き物の名前を知っていた。
「……フィーサス、だっけか?」
「ぴきゅーっ、ぷぃぃ!」
高らかに鳴き声を上げモコモコの尻尾を振り回す様子を見るに、ディスクの記憶は間違っていなかったらしい。
この謎生物を連れた傭兵と一緒に仕事をしたのは、遡って五年ほど前だったか。飼い主の男も人間ではなかったはずだ。名前は、確か――。
「デューク!?」
思い出すと同時に跳ね起きて、ディスクはうずくまるマントに急いで駆け寄った。白毛玉のフィーサスがふよふよ漂いながらディスクの後をついてくる。
近づいて見れば黒い塊はきちんと人の形をしていた。
そばにしゃがんで肩らしき部位を揺すれば、くぐもった男の声が「う……ん……」とかすかに
「おい、生きてるか?」
「あ……?」
「ぷきーっ」
謎生物が奇声を上げて、ディスクの肩を尻尾で叩いてくる。何か要求しているのはわかったが、ポンポン跳ねて鳴くだけの生物と意思疎通は困難だ。本人に聞くほうが早い。
「おまえ、デュークだよな? 確か……不死者の傭兵」
「……そちらこそ、輝帝国の宮廷魔導士に収まったと聞いたが。なぜ、ここにいる?」
「ザクロスフィーラを倒すために決まってるだろ」
端的なディスクの答えを聞き、デュークは失笑したようだった。
「今さら、……か」
「そう言ってくれるな。でかい国に見えるだろうけどな、輝帝国は魔導士の養成がそれほど進んじゃいねえんだ。とにかく、あとは俺様に任せて傭兵は帰れ。本部に戻れば治療費くらいは受け取れるぜ」
「……いや、私は雇われの部隊とは関係がない」
傍らに投げ出されていた片刃の大剣を杖代わりにして、デュークが立ち上がる。ばさと下がったマントに覆われ身体の状態はわからないが、枯れ木のような腕を見るに骸骨系の不死者なのだろう。
「雇われでないなら尚更、離脱したほうがいいって。ここでぶっ倒れてたくらいだ、何かあったんだろ?」
「別に……。部隊が壊滅して混乱した奴らが私を敵側と勘違いしただけだ」
「それは、災難だったな」
くぐもった声には苦さが
話を聞いてはもらえなかったのかもしれないが、しかしこの男、動けなくなるまで抵抗せずにいたのか。
「生き延びた奴らも本部に帰り着いたようだし、おまえも離脱したほうがいいぜ。不死者じゃ治療薬も効かないだろう?」
「……いや、行く。一人よりは二人だろう」
「さっきまで倒れてたじゃねえか」
「ふぃい〜?」
ディスクの問いに被せられたフィーサスの鳴き声も、デュークを気遣うものだったのだろう。フードの下で表情のうかがえない口元が、ぽそりと答えた。
「……この通り、
「向こうも不死者なんだろう? 負の……死の力を相殺するには、生命に由来する魔力が必要だぜ」
「私は……死の力で動いているわけではないからな」
どういうことだ、とディスクは首を傾げたが、デュークは大刀を背負い直し、フィーサスを肩に留まらせて、低くくぐもった声で言った。
「原初の炎は瘴気を浄化できる。行くぞ、宮廷魔導士。……あれは、放ってはおけない存在だ」
「そこまで言うなら、一緒に行くか」
「きゅぴーん」
返答なく黙々と歩き出したデュークと、その肩で小さな手をパタパタさせているフィーサス。奇妙な道連れを得たなと思いながら、ディスクは急いで一人と一匹の後を追いかけるのだった。
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