約束のおわりに
〈epilogue.〉それぞれの物語・前編
のちの歴史書に『
神殿で、あるいは各人の家で、信じる神へ祈りを捧げていた人々は、みな一様に白昼夢のごとき
雷と嵐を引き連れ黒雲をまとった魔獣に立ち向かうは、神々しい輝きをまとった
竜はきらめく
すべてが終わり、神竜の姿が明るい光とともに変化したとき。人々は息を呑んでその姿に目を
燃える真紅の髪と瞳の美しい女性が、炎をまとった美しい宝剣を携え人々を
いにしえよりの
我こそが
愛しき人の子らよ。
我は創世の竜にして、新世界の女神である。
我は汝らを導き、
白昼夢から
「以上。勝手ながら、多少の改変はさせてもらったよ。魔獣も明確な
「だからおまえまで断髪してんのかよ。無茶しやがって」
「無茶はしていないけど。天空神や、人々の祈りの助けもあったから、僕自身への負担はそれほどでもないよ」
エルデ・ラオ国離宮に戻ったセスは待ち構えていた魔王に呼ばれて、クォーム、アルテーシア、シッポと一緒に客間にいる。といっても、アルテーシアはかなり消耗していたのか、魔王が借りてきた毛布をかぶって
腰より長い、膝裏に届きそうだった魔王の髪も、今はうなじの辺りで綺麗に切り揃えられている。長さが不揃いなセスや斜めになっているクォームとは違い、彼ははじめからそのつもりだったようだ。
彼の説明によれば、人々の祈りが集まる神殿という
同時に、魔王にとって仇のような存在である冥海神や使役魔獣だった
「ありがとうございます、魔王」
上位竜族は人間と違い、精神の成熟によって外見が変化するらしい。アルテーシアの双子ならセスにとっても同い年のはずだが、今の彼は隣に立つクォームよりも歳上に見えた。
人と違い、寿命のない存在である上位竜族。
つい敬語になってしまうのは、種族的な敬意というより、彼の持つ大人びた雰囲気に呑まれるからだ。
「どういたしまして。……ああ、それと。女神に滅ぼされた魔獣、あれ、魔王の成れの果てでいいんじゃないかな?」
「魔王は女神に滅ぼされた、ということにするんですか」
「元々は魔王軍侵攻から始まった世界の危機だから、ちょうどいい幕引きだと思ってね」
ちらと眠る妹を目で確認してから、魔王――ルウォーツはこれからについて語る。
先日セスがアルテーシアと一緒に調査したとき話題に上った『
世界の
「魔王軍といっても、実態はご覧の通りだから。ネプスジードは王子に仕えるようだし、アロカシスもエルデに留まるつもりらしいね。ナーダムとラディオルにはまだ聞いていないけど、二人とも僕の部下というわけではないから、好きにしてもらおうと思う」
「皆がそれで納得するなら、いいんじゃないかと思います。もう、憎み合う理由はないと信じたい」
微笑みを浮かべて炎の向こうに消えていったウィルダウを思いだし、喉の奥がぎゅっと詰まった。魔王軍にとっては裏切り者、仇、憎むべき存在だったかもしれないが……彼が本当に望んでいたのは、人と竜、神と魔、手を取り合って未来を織っていくことだろうから。
心が痛んでうつむいてしまったが、魔王ルウォーツは微笑んだようだった。
「僕もそう思う。彼らに決定を強要する立場にはないけれど、僕なりに尽力するから任せてくれて大丈夫。だから君には、僕の大切な妹……ルシアを任せてもいいかな」
顔を上げれば、優しげな
「俺にもう冥海神の権能はないですが、強くなります。ルシアを守れるように、彼女がつらいときに支え、彼女の好きなものを一緒に楽しみ、どんなときも寄り添えるように。だから、任せてください」
「ありがとう。君になら、安心して任せられるよ」
月下の屋上でアルテーシアから聞いた過去、夜の食堂でネプスジードから聞いた過去が、ゆっくり脳裏を巡ってゆく。
自分には、何ができるだろう。
☆ ★ ☆
世界の
勇ましい言動と
すらりとしなやかな肢体、燃えるつり目、あざやかな真紅のストレートロング。肌の色は濃く、身にまとう衣装は砂漠の舞姫を思わせる露出度だ。デュークと並べば大人の色香が漂ってくるようで、セスをはじめ皆が目のやり場に困ったのはいうまでもない。
「砂漠の本神殿じゃ今のデュークは生活できねぇからな……。王子が
「当面と言わず、いついてやれ」
「デュークが神官長やるならそれもいいな!」
という、かなり雑な流れで、
砂漠の戦火神殿から連れ帰ってきた
長らく不在だった戦火神が帰還した状況は、ラファエルの今後を支えることだろう。
巻き添えを食らう形で
ラディオルが大泣きして抗議して治まるまで大変だったが、彼らも当面はルウォーツと活動することに決めたらしい。戦火神とは玄龍への怒りで意気投合したらしいので、仲良くやっていけるのではないだろうか。
王子の帰還と王位継承の確約により、それまで
儀式に
神殿の落成式までまだまだ時間はある。真面目な彼のことだ、それまで一生懸命に練習をするのかと思えば、自然と笑みがこぼれて仕方なかった。
☆ ★ ☆
シャルはレーチェルとルマーレ共和国に留まり、しばらく復興の手伝いをするらしい。降下した天空の地は天空連山の中腹に留まり、天龍と
呪い、もとい急激な老化に関しては、ルウォーツと天龍の間で取り決めが交わされたとか。現在
天空人たちにとって大きな変化であり、快く受け入れる者ばかりではないだろう。天龍が取り組まねばならない課題は多いが、当の神が民の前で楽しげに指揮をとっていることは、天空人たちへ良い影響を与えると願いたいところだ。
ティークは養生のため、戦いが終わってすぐにイルマと帰ってしまった。二人がどこに住んでいるのかは聞けなかったし、そもそもゆっくり話す機会もなかった。でも、セスはもう心配していない。
彼が記憶喪失と偽ってまで姿を見せ、最後の対決に加わってくれたのは、セスのためだとわかっているから。
待ち続ければ、……もしくはこちらから訪ねてゆくのでもいい。彼が生きていて、自分や兄をもう憎んでいないなら、必ず機会はあるだろう。
二人と入れ替わるように、離宮を旅の薬師が訪れた。
王子にとっては命の恩人であり、詳しく聞けばティークの命を救ってくれたのも彼だという。涙目で滞在を願うラファエルの様子に彼が特別な存在であると知り、そういう人物がいてくれたことに
彼はおそらく月の民の末裔なのだろう。自身が高齢であり、エルデ・ラオ国が人手不足なのもあって、エリファスという名の彼は滞在を受諾したようだ。普段は立ち居振る舞いに隙のない王子が少年のようにはしゃいでいたのは、印象的だった。
水禍のあと数日ほど離宮に留まっていたクォームとフィオも、旅立っていった。砂漠の戦火神殿に立ち寄り永続的な
どこへ、と聞くのはやめた。
クォームは以前、人族には世界の外側という
人間の側に手段がなくとも、クォームはフィオを連れてまた来てくれるだろう。
復興の
(後編へ続く)
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