[6-2]神をつくる召喚陣
セスが想像したのは、東屋のテーブルを挟んで王子と兄が睨み合い天空神が間に立って
戸惑って足を止めるセスの後ろで、レーチェルがこともなげに言う。
「セス様、会談場所は結界の向こうです。おそらく、近くに行けば景色が変化するかと」
なるほど、と得心し、セスはゆっくり慎重に歩を進めて東屋の階段へ爪先をかける。途端に景色がぐるりと変化し、一瞬の間にセス、リュナ、レーチェル、シャルの四人は白亜の壁が美しい宮殿内に立っていた。
視線の先に大きな円卓があり椅子が並べられていたが、席に着いている者はいない。
リュナが、くいくいとセスの袖を引く。
「お兄ちゃんと、ルウさんが」
「ルウさん……?」
誰を指しているのかすぐには結びつかず、セスはリュナが示したほうへ視線を向けた。騎士鎧を着込んだままの兄が
割って入るべきかと焦りが心に湧いたところで、隣にすっと影がさす。
「セス、大丈夫!?」
「ラフさん!」
「まさか天空神がみずから降臨するなんて思わなかった。僕としては、君の兄を信用する気になれないけどね」
こちらも騎士鎧を身につけたままのラファエルが、碧眼を鋭くしてケスティスを睨んでいる。話し声が聞こえたのか姿が視界に入ったのか、兄がこちらを向いた。魔王に何事か告げ、早足で近づいてくる。
「セス、リュナ、帰るぞ!」
「帰すものか」
「お兄ちゃん、ここは神域だから帰れないと思う」
ケスティスの言葉に気色ばむラファエルをセスが慌てて押さえ、困ったような声でリュナが答える。兄はさっきほど怒ってはいないようだが、ラファエルとの間には今も不穏な空気が漂っていた。
魔王が、双方ともに誤解していると言っていたのを思いだす。
こういう場ではいつも静かなシャルと、不思議なものでも見るように王子と兄を交互に見ているレーチェルにも、今までの経過を話しておきたいけれど――、
リュナの身に起きたことを思い返せば、今ここで全部を話すのもためらわれた。妹の意思がなかったとはいえ、エルデ・ラオ国を魔法で滅茶苦茶にしたのも事実。目撃者は多く、黒豹ギリディシア卿の反応を思えば輝帝国にも噂は伝わっているだろう。
「そう。ここは神域だから、現実世界で流れる時間とは隔絶されている。ここでの出来事が現実ではわずかな時間経過で済むように、僕が調整してあげよう。今のうちに誤解を解いておくことだね」
ゆっくりとした足取りで近づいてきた魔王が、そう口添えた。レーチェルが、はっと思いだしたようにシャルをつつく。
「シャル、ラウ様から預かってきた手紙を」
「あっ、そうだった! セスの親父さんに渡すように言われたけど、兄ちゃんならいいか」
「大切な親書をどこにしまってますの!?」
「大事な物だから身につけるんだろ」
腰のポーチを漁りはじめたシャルを見てレーチェルが青ざめたが、シャルは
目を落とし読みはじめたケスティスをじっと見て、レーチェルが声を低めて補足する。
「天空神殿の祭司長代行クラウディスが輝帝国のクリスタル家へ、エルデ・ラオ国と魔王軍が手を組んだので輝帝国が中心となり直ちに魔王を討伐するように、との手紙を書き送ったことは、本人が申しておりました。誤解の発端はその手紙かと存じますので、祭司長の娘であるわたくしから謝罪させてくださいませ。要らぬ混乱を招いてしまい、本当に申し訳ございません」
「レーチェルは悪くないだろ。ぜんぶクラウがやらかしたことじゃん」
「シャルは黙っててくださいませっ」
手紙を一通り読みきったケスティスが、二人のやり取りを見て口角を上げる。面白かったらしい。
「なるほどな。
「天龍様のお考えをわたくしが代弁することはできかねます。申し訳ありません」
「無論、理解しているよ。……セス、ラファエル王子。さっき魔王とやらから、エルデ・ラオへの魔王軍侵攻はラファエル王子の意向によるものではない、と聞いた。この事実に間違いはないか?」
思わぬ水を向けられ、ラファエルが驚いた顔のまま硬直した。セスも、兄が何を言っているかわからず、何と答えていいかわからない。
たっぷり数呼吸分は固まってから、ラファエルが
「僕が……魔王軍を? 一体、どうして、そんなことをする必要があるのさ」
「不遇から脱し、実質的な王族の権利を手にするため、だな。……貴公としては心外かもしれんが、現実を見つめ直してみるといい」
「兄さん! その言い方はないよ」
実兄の歯に衣着せぬ言い方にカチンときて、つい言い返したセスだったが、ラファエルは彼の言葉に目を
「
「え、うん……たぶん大丈夫。お兄ちゃん、どこまで知っているの?」
不安そうな妹と混乱する弟、
「誤解があるというのなら、情報の不足が原因だ。セス、リュナ、おまえたちが妖魔の森へ向かったあと、何が起き、どういう経過でこの現状があるのか。わかる範囲でいいから、洗いざらい兄さんに話してみなさい」
笑顔なのにえも言われぬ迫力があり、言い逃れはできそうにない。こくこく、と頷くリュナを横目で見ながら、セスは、もうずいぶん遠く思える旅の始まりからの記憶を一つ一つ辿りながら話すことになった。
結果的には良かったかもしれない。セスが一人で全部を話す必要はなく、シャルやレーチェル、遅れて入ってきたアルテーシアや、魔王軍の事情に通じた魔王の助けを得て、ケスティスに伝えるついでに全員との情報共有もできたからだ。
☆ ★ ☆
銀竜クォームの手助けによって
「大丈夫かよ。若くないんだろ? あとは任せてくれてもいいんだぜ」
「がはは、俺様もできるなら高みの見物を決め込みたいところだけどな、……人心をまとめるには人間の権力っつーものが必要だろう?」
目の下に
「
「……先に、熱中症で倒れるかもな」
自棄酒ならぬ自棄コーヒーに走りたくなる気持ちもわかる。今朝早く、雪原に埋もれた遺跡の調査をしていたヴィルとキィが、とんでもない結果を発掘してきたからだ。
事件の中心と思われる『死霊の門』は大陸の北端、嘆きの雪原に面した氷海にある。文字通り凍りついた海で、雪原と地続きのようなものだ。
氷海に
「朽ちた
「石板の記録が確かなら、『死霊の門』は冥界の入り口ではなく、巨大な召喚陣ということになるな。それも、神造計画……と言っていいのかはわからないが、帝国を滅ぼすという明確な指向性を持った」
キィとヴィルが持ってきた何枚かの石板にはおぞましい記録が記されており、六年前の事件や今の事件と、百年ほど前の大変災を結びつける手掛かりでもあった。
歴史上の記録というものは、時の権力者によって
この件についても、記録が正確かどうかを断じることはできなかった。それでも伝え聞いたときに、なんて残酷な……と思ったことは覚えている。
「
「わからないな。
「
大陸の北端にはその昔、少数種族が住んでいた。月虹神を信仰しており、風の民リュー・サオニーに似て国家を持たない民だった。歴史の記録から抹消された彼らは、確か『月の民』と呼ばれていたように思う。
星の巡りを読み、夢で未来をみる彼らの能力に目をつけたのは、当時の
「……あの大寒波は本当に、月虹神の怒りだったのか?」
「
「……そうだな」
彼らの結末については知られていない。記録などは見つからず、ごく
元から寒冷地だった北方は月虹神の嘆きにより常氷の地と化し、今は寒さに強い一部の獣人たちだけが暮らしている、と伝えられる。しかし、ヴィルとキィが持ち帰った石板の記録が真実ならば、月の民の少なくとも一部は雪原に隠れ住み、輝帝国を破滅させる計画を進めていたということになるだろうか。
「……ディスク、
「
「おまえの予測通り、リートル導師の計画だったのか?」
「それがわからねぇんだよ。贄にするつもりなら、扱いやすいほうがいいだろうにさ。セスに冥海神を、リュナに災厄の魔女を、
断片ばかりが
乾いてきた喉を潤そうとレモン水のグラスを手に取り、ふと思う。
不死の呪いが解けたタイミングは、おそらくフィオが破壊竜を呑み込んだときだ。彼女が創世竜――フィーサスの言葉を借りれば『新世界の女神』として覚醒したのは、冥海神の采配によるものだろう。
では、死霊の門については、どこまでが冥海神の意図によるものなのだろうか。
「……過去の所業がどうだろうと、今の輝帝国を潰させるわけにはいかねぇ。六年前のように、神官殺害が無差別殺害へと発展する可能性もあるんだ。俺様は騎士団総動員で各地の治安維持に努めるから、おまえたちは一刻も早く災いの元を断ってくれ」
「オーケー、もちろんだぜ。設置した
「おう、助かる。――そういうわけだからさ、友よ」
クォームと話していたディスクが、疲れを
「セステュとリュナを頼んだぜ、デューク。あいつらのためにも、俺様のためにも、災いを阻止し、世界を救ってくれ」
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