第五節 願いを掲げ心を束ねて
[5-1]きみと、世界を救う約束を
神々が展開する固有領域は時空を歪ませる性質のものらしく、外界と時間の流れが異なるという。
ここに引きこもれば神殿が破壊される恐れはなくなるが、地上へ向かったルーナたち三人の安否も知る手段はなくなった。今は、三人の機転と幸運を信じるよりほかない。
なにせ相手は
「あっはは、わざわざ結界領域つくって逃げ道ふさぐなんて、僕を馬鹿にしてるわけ!?」
「おまえこそ! すぐに笑ってなんかいられなくなるぜ!」
魔法の威力は意志の強さに左右される。神ごとに気質が違い、
それにしても――、
(あいつ、ラディオルに似ているな)
夜の街で炎の魔将軍を名乗る少年と
あれから多くの月日は経っていない。それでも、かたわらで踏ん張る小さな仲間を何としても守らねばという思いは、心に深く根づいている。誰かを想う気持ちが育つのに、長い年月は必要ないのかもしれない。
『ファイア、僕の半身! 僕は、あなたには負けない! いくよっ』
「はッ、
勇ましく声を上げるフィオと、鼻で笑う
なるほど、それが本質というわけか。
「フィーサス! あいつの核になっているのはやはり、」
「だな、神殿にいた
「まったくだ」
炎の魔将軍ラディオルと対決した時もそうだった。相手の炎はこちらの脅威にならないが、こちらが仕掛ける炎魔法も無効化されてしまう。ラディオルは生身だったから物理で押し切るつもりだったが、破壊竜はそうもいかない。
とはいえ悪いことばかりではなかった。戦狼は戦火神の眷属であり、今のフィーサスはさっきまでの白毛玉姿と違って本来の
デュークが一人脳内会議をしている間に、破壊竜の姿は炎狼の群れを引き連れた状態になっていた。古代の魔獣に、上半身は美しい女性で下半身が複数匹の狼というのがいたのを思いだす。あれは
大きく手を動かした少年の掛け声に合わせ、炎狼の群れが一気に突っ込んできた。同時に
「ちぃッ、やっぱりかよ」
「あははっ、ただの剣で僕の炎が斬れるわけないだろォッ!」
「
フィーサスの大剣も、デューク愛用の大刀も、ただの武器ではなく戦火神の祝福を宿す魔法剣なのだが、炎と炎では混ざり合うだけで威力にならない。苛立たしげに炎狼をあしらう戦火神の後ろでフィオを
『僕が
「フィオ、……大丈夫、なのか!?」
彼女が何をしようとしているかわからず、つい声をあげたデュークを、小さな火炎竜はまっすぐに見あげた。
『大丈夫、です』
「最高の返事だな、フィオ! よし、道を開け、デューク!」
「む、わかった」
散らされては再生する狼の群れの中で、身の丈ほどの大剣を振り回す戦火神。ピンと立った両の狼耳と勢いよく揺れる尻尾が、彼女の気分を表している。戦女神に導かれて愛剣を振るうのは、一体いつぶりだろう。
状況も先の見通しもまったく不透明なのに、動いてもいない心臓が高鳴り、あるはずもない血液が
「フィオ、今からあの狼どもを分かつ。そうしたら、飛び込め」
『はい!』
迷いのない返事を聞き届け、デュークは大刀の切っ先を群れの中心にいる少年へと差し向けた。口に乗せた詠唱で、原初の風魔力を
原初の風魔力には、すべてを切り裂くという概念が宿っているという。
今ここに使う機会を得て、血が騒ぐ錯覚を感じる。
こういうところ、やはり自分は戦火神の
「いくぞ、フィーサス! 避けろ!」
「うぁっ!? 無茶振りすんなデューク!」
もちろん線上にフィーサスがいないのは確認済みだが、巻き込み事故を防ぐための注意喚起だ。大刀を頭上に振りかぶり、まっすぐ振り下ろす。輝き
「うっ!? わあぁぁぁあぁッ!!」
「今だ、フィオ!」
『はいっ!』
真っ二つに分かれた炎狼の群れを飛び抜け、小さな火炎竜が
「デューク、馬鹿かっ! やり過ぎだってぇの!」
「……うん?」
フィーサスがなぜ怒っているのかわからないが、胸を満たす充足感は心地よかった。前方では青い輝きが消え、代わりに火柱があがる。何が起こっているのか、さほど遠いわけでもないのによく見えない。でもきっと大丈夫だろう。
全部が終わったら、よくやったと頭を撫でて褒めてあげよう、そう思った。
☆ ★ ☆
――はじまりにあったのは、
希望と願いに銀河の
(だれも争わず、だれも奪われず、だれも悲しまなくていい……世界を、つくれると思っていた)
渦巻く炎の中を突き進む。
炎神のかけらを取り込んだ破壊衝動と、銀竜が大切に抱えていた
(本当は、わかっていたのに)
人の心は同一ではない、と。同じ魂は一つとしてなく、それぞれがそれぞれの願いを抱き、未来を望み、生きようとあがく。
わかり合えない想いがぶつかれば争いは避けられず、悲しみは繰り返され、傷つけあいながら進むしかないのだと。
「……だから、はじめから、間違っていたんだ」
がむしゃらに前へ前へと進んでいたら、ふいに目の前に少年が現れた。足を止め、まっすぐ向き合う。
いつのまにかフィオの姿は少女のものになっていた。同じ顔、同じ色、同じ声。……性別だけが違っている。
「ファイアは、
「そうだよ。こんな世界、造らなきゃよかった。こんなことに魔力を使うくらいなら、
血を吐くように、ファイアが叫ぶ。悲痛な
彼が繰り返し呼ぶ
ファイアにとって親のような、兄のような、誰よりも大切な存在だった。今は亡き
科学の発展によって兵器は威力を増しゆき、より広範囲に、より多くの犠牲が生み出されるようになってゆく。やがて、人間の戦争によって再生も望めぬほどに世界が焼かれたとき――、
リュライオを
けれど、今のフィオにとってその実感は少し遠い。
だからこそ、気づくこともできて。
――ファイアが許せなかったのは、滅ぼしてしまいたかったのは、本当は。
「ずっと、
言葉にしたら、すんなりと
誰よりも大切なはずの
「……ぜんぶ焼き尽くして、
涙まじりの声が問う。自分と同じ
「クォームと一緒に世界を巡る、冒険の旅をするために、かな」
燃えるような真紅の
「なんだよそれ、ずるい。僕はずっと、ここから出られなかったのに」
「自分から、閉じこもったんじゃないの?」
「そうだけど。……だって、僕は、許されない罪を犯したから」
でも、ファイアの罪は、同じ
今できることは――すべきことは、わかっている。だから。
「一緒に行こう、僕の半身。難しいことはわからないけど、僕は
涙に濡れた顔で相対する
長い長い沈黙が、流れる。
待つ間がもどかしかっただけで、本当はわずかな時間だったかもしれない。
「……ほんとう、に?」
少年がゆらりと手をもたげ、差しだそうとして、引っ込めた。
フィオはぐっと踏み込んで彼の手をつかむ。白い狭間でためらっていた自分にクォームがしてくれたように。触れあった途端、記憶が流れこんで混ざりあうような、心がひとつになるような、不思議な感覚がした。
迷う瞳にもう一押し。
誘い文句は、心に自然と浮かんだままに。
「一緒にいこう。今度は、今度こそ――
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