第四節 虚構の理想都市
[4-1]歪められた真実
雪原と砂漠は、魔法力が混乱しているゆえの異常気候だと学者たちは見解を出している。
魔導学的に危険性の高い両地域に挟まれていても、帝都が穏やかな気候を保てるのには理由があった。輝帝国という名称は、建国の
三百年前、魔王を討った偉大なる英雄の血を継ぐ者が護りの聖輝石をこの地に奉じ、国家を興した。ゆえに輝帝国は英雄の系譜だと、王たちの歴史書に記されている。伝説的な存在だった建国
「英雄ルウォンの遺した予言書、か。
短く整えられた金の髪、威圧を与える
描かれているのは『金目の鷹』、輝帝国の
「最近ことに
双眸が鋭く怒りを映した。手にしていた書を無意識に握り込み、ケスティスは苛立ちを抑えようとしつつも揺らぐ声で、怒りを吐き落とす。
「俺の弟たちを
金鱗美しい彼の飛竜が「クルルルゥ」と喉を鳴らして
早朝、クリスタル家への密書として届いた書簡には、白の
書簡の送り主は、今や伝説の存在である種族「
エルデ・ラオ国の末王子は暴政を
セステュ・クリスタルと、リュナ・クリスタルも、同様に狙われ、
ケスティスとて、初めから手紙を
しかしその後、父レーダルが告げた真実は、ケスティスの固定観念を完全に吹き飛ばす衝撃をもたらした。
シワが目立つようになった顔に
加えて二人には憑依に対する適性がある。エルデの末王子はそこを巧みにつき、二人を
驚くべき事実はそれだけでない。輝帝国の建国
魔王を討った英雄は二百年をかけて地上の平定と各地の復興に努め、そののち自らの翼を捨てて人間となり、国家を打ち建てたのだという。はるかに遡ればクリスタル家はその傍系というのだから、ケスティスはもうどこまでを真実とみなすべきか判断できなかった。
ただ一つ確かなのは、弟と妹を魔王軍に奪われたままで
「俺がセスとリュナを連れ戻してくる」
「待て、ケスティス。向こうは魔王軍だ、
「父さんも経験あるだろうが、部下を引き連れて全員の安全に気を配るより、俺と飛竜の単騎で向かうほうがずっと危険は少ないよ。それに、一部隊で国境を越えるのは戦争を仕掛けにいくようなものだ」
宰相としての立場と父としての心配の間でレーダルは揺れたようだが、結局は息子の説得に頷いた。ケスティスが急いで準備を整え、旧エルデ・ラオ国、今は魔王軍領と呼ばれる地へ金飛竜とともに飛び立ったのは、その日の午後のことだ。
書簡の送り主である『天空の地』で何が起きたのかをケスティスは知らなかったし、当然ながらセスやリュナも知るはずがない。
そもそもの切っ掛け、事の起こりは、これより数日前へと遡る。
☆ ★ ☆
透明度の高いガラス窓の向こうに広がる青空は、雲ひとつない。少し視線を下げれば新緑色の樹々、青い屋根と白い壁の建物群、石畳を敷いて綺麗に舗装された道、ひたすらのどかな風景だ。
自然と
この街に降雨がなく、すべてが魔法によって管理された造り物の自然風景だったと聞かされても、その技術に驚くことはあれ不快に思うことはなかっただろう。
しかし現状では、この街――天空島の中心都市・ライアスを好きになれそうもない。
とはいえ、今さらといえば今さらなのだ。
レーチェルと出会ったときに彼女が口にした台詞、その後の言動、セスに向けられた熱視線。あれほどの心酔は、レーチェルがこの地で培った信仰心だ。最近ずいぶんと丸くなっていたからといって、忘れていたのはシャルの
事前準備と対応策をしておけばよかった、と考えたところで後の祭りだ。
こうなった以上、綺麗事など言っていられない。どうにかここを脱出し、レーチェルを捜して助けだし、天空神が眠る神殿まで辿りつかなくてはならない。
ルマーレ共和国で神様たちと面会したあとの流れは、びっくりするほど順調だった。議会堂は解放され、人々の石化も解け、魔王自ら、大神官と一部の評議員(シャルの義兄も含まれていた)に占有からの解放を伝えてくれた。
一緒に聞いていたものの、シャルには難しくてさっぱり理解できない内容だったが、人間側は納得したらしいのできっと大丈夫。心残りはあったが、シャルにはレーチェルと一緒に託された使命がある。
姉と義兄を説得し、
白大理石を組みあげ魔法光を灯した、神殿のエントランスみたいなポータルを一歩出た途端、目に飛び込んできた風景にシャルは感動した。今は、あの感動を返せの気分だが。
天空島の建物は外壁が白、屋根が濃い青で統一されており、道ゆく人たちもレーチェルと同じような銀髪と青い目をしていて、色白で綺麗な容姿だった。方向感覚に自信があるシャルも、一巡り程度で統一感が洗練されすぎた天空都市を覚えるのは難しいと思い、いつもの散策を控えてまっすぐ中央神殿へと向かったのだが、今は後悔している。
「やっぱり、はじめての場所なんだから一回りしておけば良かったよなぁ。そうすれば、作戦も立てやすかった……、っと、きたきた!」
たらればを言っても仕方ない。レーチェルだってまさか、婚約者が本物の神託を受け入れてくれないなど、思いもしなかっただろう。あの言い草にはシャルも少しムッとしたが、レーチェルはそれ以上に傷ついただろうに。可哀想だ。
思いだせば怒りもよみがえるが、悔しがっていても時間と精神の無駄だと自分に言い聞かせた。内鍵を開け、ゆっくり窓を開ける。ふわりと爽やかな風が踊り込み、風と一緒に翼をはためかせた生き物が飛び込んできた。
「キュキュ、クァ、キューッ」
「よしよーし! よし! 今日はリンゴやるからな」
「キュウゥン、クァー!」
鳥のようにふわふわの翼、羽毛と獣毛の中間みたいな感触の毛に覆われた身体と、長くしなやかな尾。しかし全身のシルエットは竜騎士の乗る飛竜をかなり小型にしたような、紛れもないドラゴン体型。出会ってまだ何日も経たないのに、犬も驚く懐きっぷり。
レーチェルによれば、この生き物は『
シャルのポケットに入っていたクルミの匂いを嗅ぎつけ猛烈なおねだりをしてきたので、深く考えずクルミをあげたらすっかり懐いてしまい、あまりに警戒心なさすぎて心配になるほどだった。
しかしまさかシャルもレーチェルも、この地で二人を歓迎してくれた者がこの竜だけになるなんて、思いもしなかったわけだが。
「ふんふん、……自宅軟禁かぁ。わからずや連中相手だっていっても、あんまり手荒なことはしたくないよなー」
「クキュゥ? フンフン……」
「あっ、これはダメ! 紙なんて食べたらお腹壊すだろ!?」
「キュン」
つい考えに
とはいえ、身を隠して飛ぶことまでは教えられないから、誰かにばれてしまうのは時間の問題だった。
何度かのやり取りでシャルが手にした物は、天空都市の大まかな地図、変身薬一回分、狩猟用の大型ナイフ。ぜんぶ、レーチェルが自分の持ち物から役に立ちそうな品を
引き離され、閉じ込められているとはいえ、長い年月を外界からの脅威を受けず平和に過ごしてきた天空人たちの警備体制は、穴だらけ隙だらけである。
野獣や魔獣を相手とした狩りを生業にする猟師にとって、見張りの目をかい
ただ相手は獣ではなく人だ。騒ぎを起こしたら最後、傷つけず殺さずに逃れきるのは不可能だろう。
失敗できないミッションではあるが、このまま泣き寝入りするつもりはなかった。レーチェルが受けたのは、
「やっぱり、動くなら今夜か。できれば眠り薬も欲しかったけど……何とかなるだろ」
信仰心と無縁のシャルが信仰に生きるレーチェルに寄り添うにはどうすればいいのかと、彼なりに一生懸命考えて、決めたことだった。天空神の目覚めを阻止したい理由が、天空人の側にはあるのだろう。シャルには考えも及ばない、切実な事情なのかもしれない。
この地に住む彼女の同胞が、
「俺が、絶対にその使命、果たさせてやるからな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます