[1-2]風の民リュー・サオニー
点在するオアシス都市群が
それゆえに、砂漠の先住民族や亜人種住民たちに帝国の権威は及ばない。
風の民リュー・サオニーは、双月の砂漠に暮らす遊牧民だ。
独自の言語と文化を守り抜いている誇り高き民族であり、他言語を話さない者も多いが、ルーナと呼ばれた少女が話していたのは発音の丁寧な
ゆるく癖がある真紅の髪は長く、飾り紐と一緒に編まれている。
『
てしてし、と肩を尻尾で叩かれ、我に返る。意識にまとわりつく奇妙な懐かしさを振り払い、デュークは会話の流れを思い返した。
ルーナという名の彼女は、砂漠に埋もれた炎神殿まで案内をしてくれる風の民リュー・サオニーの戦巫女で、炎魔法の使い手で、……師匠になってくれ、と?
「……いや、私は弟子を取るつもりなど」
「はい、わかってますっ。デュークさんのご迷惑にならないよう、ルーナは側で観察し自分で学びますので! もちろん、案内人も誠心誠意をもって努めさせていただきますねっ」
「へぇ、デュークって炎魔法の使い手なのかぁ。オレもオレもっ、弟子になりたい! こう見えても炎系統の魔導ならちょっとだけかじってるんだぜ」
「ツェイのは爆破薬でしょ!? あれはダメ、絶対ダメ! 神殿が吹き飛んじゃうよっ」
「んな威力出るわけないじゃん! あとその白い妙なヤツ、魔物? 精霊? オレも妙なヤツ飼ってて」
気心の知れた
「飼ってるっていうより取り憑かれてるんでしょっ」
「取り憑かれてるんじゃなく懐かれてんの!」
「――ツェイ」
話が逸れに逸れて魔草談義になりかけるのを、不機嫌そうな低い声が止めた。二人はぴたりと会話を止め、そろそろと声の主――ハーフエルフのヴィルをうかがい見る。
視線につられたデュークの視界にも、切長のつり目をますます細めて薄く微笑む黒髪の青年が映り込んだ。
「は、ハイっ」
「簡潔明瞭に、要点はわかりやすく、発言は挙手をもって、――だろ?」
「あっハイ、スミマセン」
怒ると笑うタイプか、とぼんやり思いながら、ツェイがルーナを空いている席に案内し、それからそそくさと席に戻るのを眺める。キィという名の女性が立って、追加のレモン水を取りに行った。
場が静かになったせいで、黒豹の忍び笑いが聞こえてきて
「これで人も揃ったな。その子……精霊竜とやらの話も含めて、聞かせてくれるか?」
「……ああ、わかった」
ヴィルはこの
全部を話すことはまだ、できない。しかし想定される危険を考えれば、自分の
彼ら『砂漠の
セスは、同じく調査隊に身を寄せていたエルデ・ラオ国の末王子と『妖魔の森』へ向かったのだという。
エルデの王子が同行したというのには驚いたが、彼が
状況的にはすれ違いにも見えるが、セスの目的と自分の目的は異なっている。むしろ、セスが事前に調査隊のメンバーへ情報を伝えてくれたからこそ、自分は最小限の説明で済むというわけだ。
偶然にしては出来すぎたこの流れが
ルーナは
フィオは精霊竜の子供だが、『原初の炎』に触れることで成長が可能だということ。自分は炎魔法を扱える魔法剣士でフィーサスは風の精霊みたいなもの。
フィオを成長させ、神殿遺跡の最奥部にある『伝説の武器』を手に入れれば、世界の危機に立ち向かえるだろうと月虹神から神託があったのだと。
全てが真実ではないが嘘でもない。そもそも、真相が
品定めをする目でじっと聞いていたヴィルが、物静かそうな
「ルーファはどう思う? その子は、本当に精霊竜……とやらなのかな」
「精霊竜、という存在はわたしもよく知りませんが、精霊に近い存在だとは思います。セスさんも、上位竜族の方が関わっていると言ってましたし」
「その話自体、どこまで
ヴィルもひとまずは納得したらしい。彼の漏らした呟きに、フィーサスが思いだしたように『
『
(力を取り戻せれば、ばれてもいいだろう。どうせ俺は誤魔化すのが上手くないし)
『
(果たして、原初の炎でどこまで力が戻るかは……未知数だが)
ふと視線を感じて意識を戻せば、ツェイとルーナが目を輝かせてフィーサスを注視していた。心話に慣れすぎて現実を意識外に締めだす悪い癖が出てしまったようだ。
自分のそういう所を熟知している黒豹が、ニヤニヤしながらこちらを見ているのも
大抵の人がフィーサスを見て示す反応は「可愛い」か「癒される」だ。さすが、芸術と医術を愛する月虹神が心の
しかし、ある程度の知識を有する者には、この外観が月虹神に縁あるとわかってしまうらしい。
この場で目立った反応も示さず、会話を静聴しているルーファという少女も、おそらくそういうタイプだ。大陸ではあまり見られない
「特に意見や伝達事項がなければ、早速、砂漠を渡る準備をしようと思う。デュークは、何かあるかな?」
「――ん、いや、特にない」
「それならいったん解散で、出発は日没の時刻にしようか。ツェイはキィと一緒に、水と携帯食の準備。ルーナは僕と、神殿遺跡までの経路確認。ルーファは、必要になりそうな薬を用意してくれ」
ヴィルの言葉で役割が分担され、それぞれが了承の返事を残して散ってゆく。場に残ったのはデュークとフィオ、そして黒豹だ。
デュークが何かを言う前に、黒豹が椅子から立ちあがった。
「さて、俺様も駐屯所に帰るとするか。デューク、おまえには要らん心配かもしれねぇが……神殿遺跡の最奥に眠るのは『
「……ああ、もちろんだ」
「俺様はラファエル王子が帰還するまでここの騎士団に滞在するから、困ったことがあれば頼ってこい。じゃあな」
「わかった」
散々こちらをかき回したくせに、言い置くのは大人の言なのだからずるい男だ。砂漠の熱を一身に集めそうな黒い姿が去るまで見送ってから、デュークは、ここまでずっと無言だったフィオに目を向ける。
黒豹の
「フィオ、……何か怖い夢でも見たのか?」
「…………」
俯いていた少女が
フィーサスの尻尾が肩をてし、と強く叩く。
『
「あの、デュークさん」
フィオは震える細い手で帽子を取り、胸元へ下ろして抱きしめた。ぬるく乾いた風が少女の赤い髪を揺らす。くらりと目眩が生じ、フィオの姿が一瞬ぶれて見えた。
「大丈夫か? 具合が悪いなら、ベッドを借りるか?」
大丈夫でないのは、むしろ自分のほうではないのか。もたげた疑念を肯定するかのように、少女はふるふると首を振り――呻くように細い声を吐きだす。
「デュークさん、僕、どうしたらいいかわからなくなって。本当に、神殿遺跡に行っていいのか不安で」
「記憶が、戻ったのか?」
「いえ……でも、」
すがるように囁かれた少女の言葉は、デュークが予想だにしなかったもの。
「もしかしたら僕、本当は、本当は人間を――ものすごく憎んでいるのかもしれません」
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