the Destiny Star

[00]星魔法の継承【挿絵あり】


 ほどけるように周囲の景色が変わっていき、気づくと世界が元に戻っていた。ぶり返した全身の痛みで実感する。

 すぐ目の前で妹を膝枕しているイルマ。グラディスの格好をしたままの義妹リュナが、まぶたを震わせゆっくり目を開く。


「おかえり。セス、イルマ、リュナ」


 クォームに呼びかけられ、セスは顔を上げて辺りを見回した。少し離れた場所に待機している蒼飛竜マリユスの側、腕を組んで立つラファエルの前で、アルテーシアが仔狼シッポを抱きしめている。腕の間から見えた尻尾はちぎれそうな勢いで振られていた。肩の荷が降りた気分になり、つい口元が緩んでしまう。

 イルマに支えられながら身を起こしたリュナは、まだぼうっとしているようだ。機嫌良さそうに見守るクォームと、距離を保って様子を眺めているらしいセルフィードと。


「リュナ、大丈夫? 俺がわかる?」

「うん……わかるよ。セス、……ごめんなさい」


 眉をきゅっと寄せ悲しげにうつむくリュナの頭を、イルマが優しく撫でていた。今、表層に出ている意識は妹のものだとして、グラディスはどんな状態なのだろう。不安に思いつつも、セスはできるだけ穏やかな声でリュナに話しかける。


「リュナもつらかっただろうから、今は謝らなくていいよ。これからについてはちゃんと話すとして……彼が、銀竜のクォーム。上位竜族で、記憶とか空間に関する権能を持ってるすごいやつだ」


 ん、口の中で返事してから、リュナは上目遣いにクォームを見た。少なくとも肉体は同一なのに、中身たましいが違うだけでこんなにも別人に見えるのだと、セスは改めて思い知る。自分もウィルダウに身体を奪い取られたら、そう思われるのだろうか。

 クォームが提示した三つの選択肢はリュナの望みとかみ合わない。

 話しだすのをためらっている妹に口添えしてあげようとクォームに視線を向ければ、あざやかなブルーの目がこちらを見た。


「わーってるって。リュナはグラディスに消えて欲しくないんだろ?」

「え、と……」

「何か方法あるのか? クォーム」


 口ごもるリュナの代わりに尋ねる。銀竜の少年はうんうん、と頷いて答えた。


「方法っていうかさ、本人リュナ居候グラディスも納得できて仲良くできるなら、でいいんじゃね?」


 一瞬、沈黙が通り過ぎ、セスとリュナの「え?」という声が微妙にハモる。クォームは視線をあちこちさまよわせたあと、慎重な口振りで言葉を続けた。


「何つーか、グラディスの記憶たましいを歪めていた憎悪の感情は、あの大蟒蛇うわばみがぜんぶ呑み込んだからさ。白っていうのは……そういうなんだよ。もちろん、一人の身体に二人分の魂が入ってるのは不自然だから、いずれはどうにかしなきゃだろけど、別に、今じゃなくていいだろ」

「このまま何もしなくても、大丈夫……ってこと?」


 クォームが一生懸命、苦手な説明をしてくれている。だからセスも理解しようとしたが、おうむ返しになってしまった。彼の提案が予想外すぎた、というのもある。


「大丈夫っつか、うん。もしかしたら魔王みたいに溶けあうかもしれないし、グラディスの自我が薄れて消えるかもしれない。何かの形で別の生を得る可能性もあるわけで……。何にしても、覚悟ができてから選べばいいって思うんだよ」

「少なくとも今後、母上の魂がリュナさんを飲み込んだりはしないってことかな」

「そうそう、ソレ!」


 イルマの口添えにクォームは嬉々として乗っかった。本当に説明が苦手なのだろう。思ったより拍子抜けだが、これは『大蟒蛇ヨルムンガンドが憎悪を呑み込んだから』可能になった道だろうか。

 セスは、当惑したようにイルマとクォームを見比べているリュナの肩をそっと叩いた。びく、と震えて見あげてくる妹に、優しさを意識しながら尋ねてみる。


「リュナは、それでいい?」

「うん。これでいいかはわからないけど、あたしもグラディスさんの昔をちゃんと知ってから、選びたいって思うの」

「わかった。じゃ、クォーム、今は保留にしておいて、落ち着いてリュナとしっかり話し合ってから答えを出すよ」


 セスの返答に、クォームはにいと口角を上げた。


「おぅ、気が済むまでちゃんと話すといいぜ! で、グラディスが継承して今はリュナの中にある『銀河ほし権能ちから』だけどさ。当初の予定通りイルマに移譲するのがいいと思うんだ」

「え、僕に?」

「そう、おまえに」


 驚いて紫水晶アメジストの目を見開くイルマに、クォームは説明を加える。そもそも神の権能ちからは人間の肉体に負担が大きすぎるが、上位竜族の血を濃く受け継いだ星属性の竜であるイルマになら制御可能だろう、と。

 聞いていたセスは少し不安がよぎり、つい口を挟む。


「クォーム、それってイルマが神様……星龍になるってこと?」

「そういう道もあるっていうか、そうなるとこの世界も安定すると思うけど、これも今決めなくっていいぜ。とりあえず、預かっとく、的な感じで」

「そう。それなら、引き受けようか」


 イルマ本人が了承したので、クォームは早速そのための準備に取り掛かる。

 考えてみれば、世界を救うための鍵は四つまで判明しそれなりに協力を得られたけれど、『黒の夢』の鍵だけはまだ判明していない。イルマは黒銀の竜ではあるが『夢の子』の鍵だったから、『黒の夢』ではないのだ。

 アルテーシアと再会できて、クォームと合流し、リュナを取り戻した。順調に思えるけれど、あとの三人とは合流できていないし、白龍の予言も半分以上は果たせていない。

 デュークたちと合流するなら砂漠の街まで戻る必要があるので、その辺も含めてラファエルとも話し合いたいところだが――。


「ほら、セス……ぼーっとしてんなよ。継承のを始めるぜ」

「うん? 何? 俺が?」

「おまえじゃなくってリュナがだよ!」


 隣に立つリュナが、不安そうに自分を見あげていた。心配ないよの意味を込めて肩を叩いてやれば、せた身体をまっすぐ伸ばし妹はクォームに向き直る。

 イルマが一歩進みでてリュナの手を取り、握って言った。


「大丈夫、怖いことはないから」

「……うん」


 星の竜イルマ魔女の器リュナのふたりが向かい合い、手のひらを重ねる。すぐ横に立ったクォームの姿が溶けるように変化して、銀色の直立竜になった。頭を一振りすれば銀光が散り、この場に集う者を外部と隔絶かくぜつさせてゆく。

 バサバサと羽ばたきが聞こえて、セスの頭がずしっと重くなった。大烏おおがらすに変じたセルフィードが飛んできたのだ。


「重いんだけど、セルフィードさん」

『これほどの特殊な奇跡、間近で見ておかなくては損だからな』


 妙にうきうきしているように聞こえるのは気のせいか。と思ったが、害意があるわけでもなさそうだ。最初と比べてだいぶ痛みもましになったし、追い払うまででもないだろう。

 そうこうしているうちに、継承の儀とやらは始まったようだ。歌うような銀竜の詠唱が空間を満たし、銀にきらめく魔力が広がってゆく。


銀河ほしはめぐり、運命は流転るてんする。願いを叶える星時計よ――星龍の祈りをたばね、託された権能ちからを正しきかたちへ導け。――〈継承せよ銀河の魔法Piolier-Elle-Tyistarwoild〉』


 二人がつないだ手からほとばしる銀の魔法力に、セスは目を奪われる。魔法の才がない自分にも見えるほどの魔力なら、かなり強力なのだろうと予想できた。いや、今は冥海神めいかいしん権能ちからを持っているから……魔力のような不可視の力が見えるのだろうか?

 ふ、と頭が軽くなる。なぜかこのタイミングで飛び立った大烏が、何の脈絡もなくリュナの後ろで人型に変じた。


「――え?」


 何をされたのか、不意にリュナが崩れるように膝をつく。イルマの目が驚愕きょうがくで見開かれ、クォームが茫然ぼうぜんと固まった。


「ふ、ふふふ、はははは……念願の! というわけではないのだが、またとない好機を見逃すことはできなかったよ。星龍の権能ちからは、私が頂いていく」

「何を? セルフィード、どういうこと?」


 座り込んだリュナをしゃがみ込んで助け起こしながら、イルマが困惑もあらわに問いを投げる。が、覚えのありすぎる笑い声を聞いてセスは直感していた。

 彼は――彼の中身は今、セルフィードではない。


「ウィルダウ、いつの間に!」

「ふふ、完成したのはたった今さ。君も、喜ばしいだろう? 私とおさらばすることができたんだから、ね」

「素直に喜べるわけないだろ、何を企んでるんだよ!」


 漆黒しっこくの長髪、夜空のように黒くつり気味の双眸そうぼう。黒いローブも華奢きゃしゃな長身も何一つ変わっていない。しかし、彼の表情は既にセルフィードではなかった。

 中身が変わればやはり別人に見えるのだと、こんな形で実感することになろうとは。


『ウィルダウ、てっめー! 狙ってたな!?』

「まさか。私はセスを気に入っていたし、先日も言ったように傍観者でいるつもりだったよ。――ついさっきまでは、だが」

「……よかった、グラディスさん、消えてなかった」


 える銀竜によってヒートアップしかかった場の空気が、リュナの涙声でわずかに鎮められる。どうも、グラディスの魂ごと奪ったというわけではないようだ。

 こうなってしまっては継承も何もないだろう。セスはイルマとリュナの側まで駆け寄って、イルマから引き取るように妹の肩を抱き支えてやった。

 セルフィードの中に入ったウィルダウが、静かに言葉を続ける。


「星龍の権能ちからをイルマに渡すのは、認められない。今の彼は、過去の彼と似過ぎている」

『どういうことだよ、てめー』

「動機が優しさだろうと同情だろうと、神の権能ちからを感情のままに扱うのは望ましくないということだ。それは、ことわりを踏み越え世界を歪める要因となり得るのだから――ね」

『そ、れは……』


 う、と銀竜が言葉に詰まった隙に、セルフィード姿のウィルダウが右手を高く掲げた。ばさりと風を打ち、大烏がその指先に顕現する。


「さらばだ、諸君。ふふふ、セス……私は、君が選ぶ答えを待っているよ。さあ行こうか、セルフィード」

『うう。私は裏切るつもりはなかったのだが、済まない』


 そういえば、セルフィードは元々ウィルダウの使い魔だったと聞いた。いくら冥海神めいかいしんとはいえ、使い魔の身体を乗っ取った上でもう一度使い魔の身体を形成するとか、やることが無茶苦茶すぎる。いや、それこそが星龍の権能ちから――なのか。

 何度か目にした、空間が断裂する現象。こうなってしまえば追いかけるのは無理だ。クォームも止める気は失せたのだろう。世界の狭間に滑り込むかのように消えた一柱と一羽を見送ったあと、疲れたようにため息を吐いて人型へと戻った。


「あー、ちゃんと見てればもっと早くに気づいたのに。くそー、悔しいぜ! 結局アイツの手のひらの上かよ!」

「でも……僕はちょっとほっとした、かな」


 イルマがぽつんと呟き、ふふっと笑った。銀竜の少年は眉を下げ、頭をぐしゃぐしゃとかき回してからもう一度ため息をつく。


「……ま、それもそうか。勢いで決めるのは良くないよな、くそーオレ様いっつも勢いに任せて失敗してんじゃん!」

「今は、みんなが無事に目的一つ果たせたから、いいよ。クォーム、リュナを助けてくれて本当にありがとう」


 クォームは悔やんでいるが、セスにとってはリュナの意に添う形でグラディスとの決着をつけられたのだから、成果としては十分だ。

 今はやるべきことも山積みなのだし、それぞクォームの言うように『覚悟ができたら』決着に向かう、でもいいんじゃないかと思う。


「セス、何が起きたの? 大丈夫?」

「セスさん! ご無事ですか!?」


 ラファエルと、シッポを抱いたアルテーシアが近くまで来ていたようだ。心配して様子を見にきてくれたのだろう。


「ラフさん、ルシア、……実は」


 今さら伏せる意味もない。砂漠の街へ戻り状況を立て直すのが賢明だろうと思ったセスは、さっきの不足の事態ハプニングをかいつまんで二人に説明した。

 あの大烏が魔将軍だというのは、さすがのラファエルにも予想外だったのだろう。驚いたような表情で聞いていた彼が、ふと、何か思いついたように意味深な笑みを浮かべた。


「セス。そういう事情なら砂漠都市サグエラには戻れないよ。君の妹さんを、きっと魔王軍は取り戻そうとするだろ?」

「あっ……確かに。すみません、俺、軽率でしたね」


 言われてみれば魔王軍にとっては『グラディスを奪い取られた』ような状況だ。彼女に心酔していたエルフの騎士ナーダムなら、飛竜を駆って今すぐ捜しに来ても不思議はない。

 一歩間違えれば砂漠都市を危険に晒すところだったと、セスは考えの足りなさを自省したが、ラファエルが言いたかったことは違っていたようだ。


「ううん、セス。むしろ僕にとっては千載一遇せんざいいちぐうのチャンスだよ。僕は君の妹さんを傷つけたりしないと、戦火神せんかしんにかけて誓う。その上で、魔王軍と交渉するため彼女を切り札として使いたいんだ」

「切り札? リュナにはもう……魔女らしい力はないと思いますけど」

「もちろん、戦力って意味じゃあないよ」


 ほんのりもたげた不安をラファエルは屈託ない笑みで吹き飛ばし、あおい両目を細めて言い加えた。


「僕は、僕の故国エルデ・ラオを取り戻したい。だから魔王軍に、『グラディスを返して欲しければ交渉に応じろ』って、圧を掛けてみようと思うのさ」





 [第二ノ鍵・夢の子の章〈完〉→ 第三ノ鍵・黒の夢の章〈序〉]

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 ウィルダウさんinセルフィード氏の挿絵があります。

 https://kakuyomu.jp/users/Hatori/news/16818023214331232323


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