[4-2]広がる世界と目指すべき場所
早朝、そわそわとしだした
未明の銀竜訪問は夢だっただろうかと一瞬思うも、フィーサスの正体を聞いたときのショックがまだ生々しくて、夢じゃなかったと思い直す。
キュウキュウと鼻を鳴らしながら服の
「なんだ、シッポ。肉を焼く匂いにつられたのか」
「グゥグゥ」
「今行ったところで、ご飯はもらえないと思うけど?」
「クゥン」
適当なことを言ってみたが、シッポの気持ちに寄り添えているかはわからない。反応が返ればコミュニケーションできている気がして、狼マイスターになれたと錯覚するセスだ。
石畳の廊下を叩く、硬めの足音が聞こえてきた。振り返れば、ラファエルがこちらに歩いてくるところだった。
「おはよう、セス、ちびっこ」
「おはようございます、ラフさん」
朝早いのに騎士服をきちんと着込み、今日は金髪を後ろで束ねている。ラファエルはまっすぐセスの側までくると、慣れた様子でシッポの頭を撫でて笑った。
「今から朝の散歩? 僕もマリユスの様子を見にいくから、一緒に出ようか」
「はい。ん? 散歩?」
「そういえば、君は飼い主じゃないんだっけ。犬や狼は飼い主がゴーサイン出してあげないと、我慢しちゃうからね。さ、いこ」
散歩に行きたかったのか、と首を傾げつつも、セスはラファエルについてゆく。開けっ放しの入口から外に出、裏へと回ると、シッポはじたばたと暴れてセスの腕から抜けだし、やや離れた茂みのほうへと駆けて行った。
仔狼の行動を予測できていなかったセスは慌てる。
「あ、おい! シッポ!?」
「大丈夫だよ、すぐに戻ってくるから。この辺は別に、危険な生物が出るわけでもないし」
「それなら、いいんですけど」
動物の扱いに慣れてそうな彼が言うのなら、心配はないのだろう。手持ち無沙汰になったセスは、シッポを待つ間、意味もなく服のシワを叩いて伸ばす。相手は身支度を整えているのに自分は寝起きのまま、というのはかなり恥ずかしい。
幸い、数分もたたないうちに仔狼は戻ってきて、ご機嫌な顔でセスの足に絡まってきた。抱きあげようとすれば、するっと逃げられる。どうやら自分で歩きたいようだ。
「シッポは朝から元気だな」
「朝はまだ涼しいからね。さ、マリユスにも挨拶に行こう。……セスは、ちゃんと眠れた?」
さりげなく尋ねられ、セスは思わずラファエルを見る。ほとんど歳が変わらない、けれど自分より身分の高い相手に気遣われている、というのが、なんだかこそばゆい。
「自分でもびっくりするくらい、熟睡してました。実は……ラフさんに相談したいことがあって」
「僕に? うん、歩きながら聞こうか」
あとは寄り道せずに竜舎へ向かう。借りている建物の裏庭なので、よその人間はおらず、気を張らなくてもいいのがありがたかった。どこから話したものかと考えながら、セスは昨夜クォームが伝えてくれた情報をラファエルに説明する。
神々の暴挙、思惑、白龍の神託、これからすべきことについて――など。
竜舎まで距離はないのですぐ到着し、二人は
一見すると厳しそうな雰囲気なのに面倒見がよく、身軽になんでもこなす。彼を見ていれば、後継者にと推す派が多かっただろうことは容易に想像できた。
「……なるほど、ね。歴史神学者たちの間で、魔王
「そんな説があるんですか?」
「うん。
常識と思っていたことが、他国では違っていた。そしてラファエルは、国ごとの見解の違いを理解している。
一気に世界が広がったように思えて、セスは無知な自分が恥ずかしくなった。フィーサスの正体に動揺している場合じゃなかった。
「神様が不在だと、加護とかも得られないですよね。それって、大丈夫なんですか?」
「まぁ、各地の中央神殿には分霊が
「分霊?」
「そもそも、神々の
そうだったのか、という言葉しかない。軍事国家エルデ・ラオに対する今までのイメージが、ぐらりと揺さぶられるようだった。
輝帝国が政教分離を掲げているというのはラファエルの言った通りで、国家として特定の神を崇めることはしないが、特定の神を排斥することもしない。帝都では五柱それぞれに神殿があり、誰でも自由に望む神を信仰できる。
クリスタル家は無信仰の家庭だったし、学校に通った期間が短いセスは、信仰心の深い個人と親しくなる機会もなかった。各国の歴史や神学についてもっと興味を持てばよかった、と思っても今さらだ。
「すみません、俺、何も知らなくって」
「国家に属する勢力……騎士とか貴族には、愛国心を育むため偏った教育を施すことが多いから。君が知らなくても無理はないよ。いろいろ教えてあげたいけど時間もないようだし、生きてさえいれば学びの機会はこれからだってあるさ」
「はい、……もっと頑張りたいです」
「何なら、エルデ復興の
話していると、ラファエルは頭の回転がすごく早いのだろうと思う。彼の思考について行けてないのは、寝起きのせいばかり……ではなさそうだ。
ぼけっと突っ立ったまま固まっていたら、
「え、あ、今、着替えてきます」
「ははは、あはは、……セスって
「一緒に? 朝ごはんに?」
「うん、まあ、それもだけど」
笑いすぎたのか、目尻に浮かんだ涙を拭いながら、ラファエルは答えてくれた。
「君がその『
☆ ★ ☆
朝食は昨日と同じく、彩り野菜と豆雑穀のサラダ、具沢山の煮込みスープ、串焼肉、ひよこ豆のペーストで、ほかに平焼きのパンがあった。木造りの食卓に綿製のクロスを掛けたテーブルの上、所狭しと並べられている。キィとルフィリアで用意してくれたらしい。
陶器ポットに入っているのはコーヒーで、馴染んだ香りにちょっとスパイシーな風味が混じっていた。
寝ぼけた脳にはちょうどいい刺激になりそうだ、と思いながら、席に着く。
キィは今日も料理に辛味スパイスらしきものを振りかけて、嬉しそうに食べている。味覚
他愛ないお喋りを弾ませつつ食事を進めて、ラファエルが本題を切りだしたのは、ルフィリアがナッツクッキーを出した頃合いだった。
二杯目のコーヒーと一緒にクッキーをつまみながら、ラファエルはかなり
「……ってわけで、僕はセスと一緒に妖魔の森まで行こうと思う。キィとルーファはここで待機しててくれる?」
「うそーん、ラフ君一人で首突っ込むなんてずるいわ! あたしも行きたい!」
「マリユスには四人も乗れないし、キャラバン引いて後から来るにしても、ここ引き払っちゃったら砂漠に出てる二人が困るだろ。無理、却下」
「そんなぁー……」
ラファエルの言い方はにべもないが、セス自身も同意見だ。目的地に何が待ち受けているのか不明だし、キツいと言われたからには危険を予測すべきだろう。
「すみません。恩を受けておきながら、ラフさんを巻き込むようなことになっちゃって」
「あぁ! それはいいのよ、セス君。遠慮なくラフ君に力を借りるといいわ!」
「なんでそれを君が言うの。ま、いいけど……。砂漠の二人が帰ってきても、当面はこっちを追わずに待機しておいて。もしかしたら、黒豹殿から新たな指示が来るかもしれなし」
ラファエルの指示にキィは不満げに「はぁい」と応じ、ルフィリアは心配そうな表情を向けながらもこっくり頷いた。
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