第三節 神々の想いと願い

[3-1]対立する神々


 世界には、五柱の神様が存在しているという。

 アメリアとクォームの話からすると、ルマーレの南端に面した海洋域は冥海神めいかいしんと呼ばれる『玄龍げんりゅう』の地所らしい。……と、話を聞いていたレーチェルは心の中で結論をくだす。


 天空神が『天空の地』を地所として定めたと同じく、他の神々もそれぞれ自身の地所を持っている。長らく地上と隔絶かくぜつされて暮らしていたレーチェルに、地上の神々が定めた地所についての知識はない。しかし、神殿で文献を調べれば簡単にわかるだろう。

 天空神、つまり『天龍てんりゅう』は、レーチェルたち天空人てんくうびとが仕える神様だ。敬虔な神官である父の教えにより幼少時から培われた信仰心は、天龍と魔王にまつわる真相を知ったところで簡単に揺らぐものではない。

 だがそれはそれとして、天龍が他の神と対立していることは予測できた。


 クォームの話に出てきた豊穣神ほうじょうしん翠龍すいりゅう』とは大地と森の神であり、地上に座を持つ大地母神でもある。どういう経緯で天龍と玄龍が手を組み、その二柱に翠龍が反対したのかは、人の身には知るよしもないことだ。

 残りの二柱、戦火神せんかしん月虹神げっこうしんがどちら側についたのかも、現時点では情報がない。

 わかっているのは、『魔王』と『災厄の魔女』が復活した背景に豊穣神が関わっている、という事実。万が一にも魔王軍側と人間の国家側が戦争する事態になれば、天変地異をともなう神々の戦いまでも引き起こしかねないという危惧きぐだ。


 すでに得ている情報、まだつかめていない情報、すべてを考え合わせた上でレーチェルは、天空人である自分が上位竜族クォームたちと一緒に豊穣神へまみえてもいいものなのか、判断できずにいる。





 議会堂に突入して神様を説得すると聞いたアメリアは、当然シャルを心配したし反対もした。しかし、最終的には弟の同行を認め協力を約束してくれた。ここに至るまでの経緯をほとんど説明していないにもかかわらず、だ。

 アメリアが弟を本当に信頼しているのがうかがえて、レーチェルの胸は鈍くうずく。天空の地で待つ家族――今も伏せっているだろう父と、快復を祈る母が、神託を信じて自分を地上へ送りだしてたくれたことを思いだす。


 天空の地に蔓延まんえんしたは呪いではないという。ということは、両親や天空の民が期待していただろう解決策を持ち帰ることができないかもしれない。

 家族に失望されるだろうか。婚約者には――軽蔑けいべつされるだろうか。倒れた父の代わりに神事の一切を引き受けて、多忙の中でも顔色ひとつ変えずにすべてをそつなくこなすあの人に、ふさわしくりたかったのだけど。


「……レーチェル、大丈夫か? もしかして具合悪いとか!?」

「え、なんですの?」


 少しぼうっと考え込んでしまったようだ。気づけばシャルが気遣わしげに顔を覗き込んでいた。

 我に返ると同時に昨夜の事故が脳裏によみがえり、レーチェルは慌てて顔を背ける。


「いや、その、話聞こえてないみたいだった、からっ……てか、ごめんて!」

「べ、別にもう怒ってませんわよ! じゃなくて、それは、忘れなさい! 何もなかったの!」


 勢いよくそっぽを向いてしまったので、シャルを動揺させてしまったようだ。

 怒ってない、は嘘ではなかったが、何より自分自身のショックが大きくて忘れられるはずがない。程度で言えば、天龍の結界と呪いの正体を知ったとき以上なのだから。

 シャルが今にも泣きそうな情けない顔でこっちを見てくるが、泣きたい気分なのはレーチェルのほうである。


「……話を進めてもいいか?」

「ぷーきゅーきゅー」


 思いきり空気を読まないタイミングで――むしろわざとかもしれない――デュークとフィーサスに声掛けられ、レーチェルは火照ほてった顔をうつむかせて頷いた。

 自分個人の感情のことで話の邪魔をしたくはない。

 シャルも気まずそうに座り直し、窓枠に腰掛けたクォームのほうに目を向ける。


 ここはクォームとフィオに貸されている客間で、ベッドとローテーブル、大きめのソファが置いてある。朝食後、作戦会議をするため集まったので、アメリアは同席していない。

 司会進行をするクォームはなぜか窓枠を椅子がわりにしていて、ベッドの上にフィオがおり、ソファにはデューク、シャル、レーチェルの並びで三人が座っていた。


「さてさて、ここからの流れだけど……まずは全員で協力して、議会堂前にいるキメラを倒す。街に被害が出ないようにオレとレーチェルで大きめの隔離結界を張って、デュークを中心に短時間で攻略。あいつら生物っぽく見えても呪術系合成魔獣だから、内臓的な急所じゃなくを破壊しないと、倒せないんだっけ?」

「そうだな。そもそもが、魔獣の死体を継ぎ合わせて作った物体を魔導まどうで動かしてるだけだからな」

「うぇぇ……」


 デュークの補足にシャルが顔をしかめた。天空神に仕えるレーチェルも、自然を愛し命を慈しむ教義を大切にしているだけに、ああいう歪められた存在を許すことはできない。狩人であるシャルとは少し違うが、近い感覚ではある。


 魔導は、数ある魔法系統の中でも『人間が発展させた』という点で特異な系統だ。

 死霊や怨念や死体などを操る死霊魔術ネクロノミコン。特定の相手へ呪詛じゅそを送って病にかからせたり衰弱死させる呪術。古代魔法語エンシェントルーンを組んだ呪文を唱えて魔法に似た効果を発動させる、詠唱ルーン魔術。武器や道具に魔法効果を施したり、魔薬を作り出す付与魔術エンチャント

 これらを総括して魔導と呼ぶ。


 キメラなどの合成獣や、さまざまな素材で作ったゴーレムと呼ばれる人型を稼働させるのは、付与魔術エンチャントの領域になる。

 稼働を停止させるには、稼働魔力を供している中枢部分――核を砕くか、本体ごと粉々に破壊するしかない。大抵の合成獣やゴーレムは巨大に作られており戦闘能力も高いため、本体を滅するより核の位置を見つけだして破壊するほうが楽なのだ。


「核がある部位ってすぐわかるのか?」

「キメラの場合は簡単だ。黒山羊の頭が呪術と詠唱ルーン魔法を使えるよう、核は山羊頭の両目部分に埋め込むことになっている。……だから、黒山羊の頭を切り落として破壊すればいい」


 クォームの問いにデュークが答え、右手を手刀の形にしてひょいと振り抜いた。隣でシャルが身震いしたのに気づき、レーチェルは少しほっこりした気分になる。

 彼の反応は一々いちいちわかりやすく、緊張と不安に沈む今の心を癒してくれるのだ。


「ええ。切り落としてしまえばただの肉、デュークお得意の炎魔法で綺麗さっぱり処理できますわね。といいますか、デュークが風刃の魔法で首を切断し炎魔法で焼却処理すれば、あっという間に片づきそうです。全員で対応する必要もないのでは?」

「……それも、そうだな。クォーム、どうする?」


 本来は五百年ほど前に生きていた人間だというデュークは、現代ほとんどの人間たちが失った『原初の魔法』を扱うことができる。加えて、五百年間磨き続けた剣技も相当のものらしいのだ。

 野生の獣や魔獣を相手どるならまだしも、合成獣に対し狩人が出る幕はないだろう。

 シャルは目を見開いてクォームとデュークを見比べているが、きっと「そんな簡単に?」とか思っているに違いない。


「うんー、だな、オレとレーチェルで飛び火防止の隔離結界めくらましと守護障壁バリア、デュークがキメラ処理。シャルはフィオと一緒に後方で待機しててもらおか」

「ふぇー、ボクも燃やすのは得意なのに……」

「中の様子わかんないんだから魔法力は温存しておけよ、フィオ」


 すかさず自己主張するフィオの頭をくしゃくしゃでて、クォームが笑う。

 デュークが頷き、シャルもあまり良くわかっていなさそうな顔で頷いた。レーチェルも首肯で了承の意を示し、これで第一段階の方針は決まった。


 魔王軍側が議会堂にキメラを配置したのは、市民が中に入ろうとするのを牽制けんせいするためだろう。

 たとえ誰かがキメラを倒し門扉の鍵をこじ開け、議会堂へ踏み込もうとしても、魔法の障壁があって通り抜け不可になっている、というのがクォームの見立てだった。

 そこを彼の権能ちからで無理やり穴を開け、中に入って神殿に向かうのが第二段階目となる。


「確認ですけど、クォーム様。豊穣神が中におられるのなら、侵入を気づかれてしまいますわよね? それでも問題なく交渉は可能なのでしょうか」

「オレも翠龍に会ったことないからどんな奴か知らないんだけど、魔王が話を通しておくって言ってたから、大丈夫だと思う」


 ガタッ、と隣のシャルが大きな音を立て、くぐもった悲鳴を上げた。何をやっているのだろうと思い視線を向ければ、膝のあたりを押さえて痛がっている。ローテーブルを蹴飛けとばしたのだろうか。


「それなら、良いですわ」

「いや、待って、良くないだろ!? なんで魔王に話が通ってんだよって!」


 話を進めようとしたらシャルの抗議が飛んできて、先程からの挙動不審がようやくに落ちた。きょとんとしているクォームの代わりに、レーチェルは言い添える。


「シャル、魔王は敵ではないのです。もちろん、神々だって立場は違えど人の敵ではありません。ですからクォーム様や、事情をいくらか把握はあくしているわたくしたちが、豊穣神を説得するのです」

「そ、そうなのか……?」


 昨晩から彼の表情がくるくるとよく変わるのは、信頼できる家族と同じ屋根の下にいるからだろうか。ここまでの道中は、前向きポジティブ自由マイペースで仲間思いの印象が強かっただけに、シャルの人間臭いところはレーチェルにとって新鮮だ。

 はじめの頃は、逐一ちくいち説明しないと話についても来れない知識のなさがわずらわしかったのだが、最近は楽しいと思えるようにもなっている。

 人ではないからかクォームは言葉が足りないことが多いので、シャルの疑問も当然ではある。神々について知らなければ話についていけないだろう。


「んーっと、つまり魔王も、翠龍が議会堂を封鎖していることはってー思ってるわけ! でも、魔将軍連中の手前、自分から出向いて解放ってはいかないんだよ。だからオレたちが橋渡しをしようってのが、作戦の趣旨なんだけど……言ってなかったっけ」

「聞いてない!」

「初耳ですわ」


 期せずして、シャルと台詞が被ってしまった。レーチェルからすればシャルも大概だと思うが、本人にあまり自覚はないようだ。

 クォームが眉を下げ、「あー、ごめん……」と言いながら手を合わせる。

 彼にしても、デュークにしても、もう少し意図や展望を明確化してほしいところだが、どちらも自認するだけあって説明や解説が苦手なのだろう。


 今後もそういう前提で聞いていかなくては、と、レーチェルは胸中でため息をつく。

 気が進まないが、やはり自分も神殿へ出向き、言葉の足りない男性陣のフォローをするほうが良さそう、と思ったのだった。




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