[2-4]議会堂封鎖と冥海神殿


 旧ルマーレ共和国は、魔王軍によって真っ先に制圧された国だ。

 共和国という名のとおり王がおらず、市民から選出された評議員と呼ばれる代表者が議会によって政治を行う。

 当然、王城もなく、共和国議会堂という名称の議事ぎじ堂が国政の象徴である。


 事の起こりは、二ヶ月ほど前。

 評議会議長により招集された臨時の国議会で、議長は自分の元に届いたという手紙を読みあげた。それが、魔王軍の代表者による降伏勧告だったという。


「夫も評議員の一人だったから、国議会へ参加したの。詳しくは聞かなかったけど、夫も、他の評議員たちも、誰もその手紙を本気で受け止めてた様子はなかったわね。それでも返答は送らないといけなかったから、議長は次の日にも国議会を開いたのよ」


 議会共和制は、多数の意見が力を持つ体制だ。意見が大きく割れた場合には、折衷せっちゅう案を出すため話し合いを重ねる必要がある。

 降伏勧告への返答とあっては、その場で意見をまとめることが難しかったのだろう。

 ゆえに議長は一旦、国議会を解散し、各評議員が家族や友人の意見を考慮できるように時間を設けてから、次の日に再招集したというのだ。

 そうして本決定のため開かれた国議会の場で、最終的にどんな決議がなされたのか――ルマーレ国民や評議員たちの家族に知らされることはなかった。その話し合いの最中に、共和国議会堂は魔王軍によって制圧され、封鎖されてしまったからだ。


「国議会は日中に開かれるものなの。だから、あの日もあたしたち市民は普通に仕事をしていたんだけど……急に議会堂から緊急警報アラートが鳴り響いて、魔王軍を名乗る人物が声明を出して、ルマーレ国全域に外出禁止令が出されて……。何日か後に外出禁止は夜間のみって緩和されたものの、議会堂は封鎖されたまま。議長も評議員たちも帰ってこないのよ」


 アメリアはそこまで話し終えると、いた様子でため息をついた。

 入国したときから気づいてはいたが、魔王軍によって制圧されたとき、略奪や蹂躙じゅうりんがあったわけではないらしい。共和国軍が動かないのは、評議員たちが安否不明のまま人質にとられている状態だからか。


「姉ちゃんが無事で、よかった。魔王軍に制圧されたっていうから、……もっと酷いことになってんのかなって、思ってたんだ」


 よかった、なんて口にできる状況でないとわかっていつつも、シャルの口から本音がぽろりとこぼれた。アメリアが黙って弟を見返し、それからほんのりと微笑む。


「ありがとう、シャル。でもね、議会堂が封鎖されてから数日は、生きた心地がしなかったわ。いつ、建物の周りに評議員たちの……夫の首がさらされるだろうって、怖かった。今だって怖いわよ。建物の前には怪物がいて近づけないし、エルデ・ラオは陥落したって聞いたし。せめて、無事かどうか確認できたらいいんだけど」

「そっか、そうだよね、ごめん。……旦那さんの無事を、確認する方法かぁ」


 戦勝国側が敗戦国の政治的代表者を公開処刑することは、そう珍しくもない。不安を抱える姉の心境を思えば軽率な一言だったと、シャルは胸の内で反省した。姉のために何かできないか――ぐるぐる考えてみたものの、森の中と違って街は勝手がよくわからない。

 シャルが思考に沈んで黙り込んだのを見計らったように、デュークがすっと手を挙げて発言した。


「怪物、……と言ったか。どういう形状か知っていたら教えて欲しいのと、議会堂の外に配置されているのか、それとも、中をうろついているのかも、知りたいのだが」

傭兵ようへい経験のある知り合いが、あれはキメラだと言っていました。獅子ししの姿、背から黒山羊の頭が生えた、蛇の尾を持つ魔獣で、山羊の頭は呪術を使うとか」

醜悪しゅうあくきわみですわね」


 ぽつんと呟いたレーチェルにデュークが無言で視線を送る。澄まし顔でミルクを飲んでいるレーチェルの反応からすると、デュークの言いたいことはわかっていて知らん顔をしている線が濃厚だ。

 天空神に仕える神官だけに、存在を許せないものが色々あるのだろう。自然の摂理せつりに反するとか、死霊魔術ネクロノミコンの系統だとか、おそらくそんなところだ。


「やっつけられそう? デューク」

「倒すのは難しくないが、市民が大人しく従っているからこそ、魔王軍側も強硬策を取らずにいるのだろうからな……。余所者の私たちが刺激したせいで、ルマーレが蹂躙じゅうりんされることになってはいけない」

「それもそっか……」


 それに加え、現状では評議員たちを人質にとられている状況だ。レーチェルが不機嫌そうにしつつも具体案を出さないのは、キメラ駆逐くちくすべしという使命感と、不用意な火種となってはいけないという自制心が、彼女の中でせめぎ合っているからかもしれない。

 デュークが黙り込み、アメリアが視線を落とす。

 そこで、くいくいと隣から袖を引かれた。


「ん? フィオ?」

「あの、たぶん、クォームなら……直接建物の中に行けるかなって」

「え、ホントに?」


 ここに同席していない、上位竜族の銀竜。彼の権能ちからは空間に作用するもので、相手側にまったく気づかれず潜入し、完全に気配を隠すことも可能――魔王城侵入前にそう話していたのを思いだす。

 ただ、その前提により潜入したはずの魔王城で、事が彼の想定どおりに進まなかったのも事実。今回の相手だって魔王軍なのだから、同じてつを踏むことにならないか、という不安も頭をもたげてくる。

 その不安を裏打ちするように、レーチェルが神妙な面持ちで発言した。


「クォーム様の魔法は強すぎて、痕跡こんせきを隠しきれませんのよ。相手に神級の権能保持者がいれば、すぐに気づかれてしまいます」

「え、神級?」

「魔王も、災厄の魔女も、保持する権能が神々に等しい……ということですわね。魔王軍の構成員はまだ不明な部分も多いですし、先に情報収集するのが先決かと」


 一瞬、不自然な沈黙が流れた。違和感を覚えて隣を見れば、姉がとび色の目を見開いて自分を凝視ぎょうししている。しまった、と思ったがもう遅い。


「シャル、あんた、すげー仲間って言ってたけど……何をしようとしてるの?」

「だ、大丈夫だって! 姉ちゃんに心配はかけないから!」

「すでに心配よ! どういうことなのか、洗いざらい姉ちゃんに話しなさい」

「あー、あぁー……、それは」


 シャルはもともと誤魔化したり言いくるめるのは得意ではない。加えて言えば、どこまでを秘匿ひとくすべきかも判断できていない。言葉に詰まって視線をさまよわせていると、ちょうど部屋へクォームが入ってきた。

 疲れたような表情の彼は居間を見回し、アメリアに目を留めて軽く頭を下げた。


「どうも、お世話になってます。オレはクォームといって……シャルの友人です」

「あ、はい。あたしはシャルの姉で、アメリアと言います。弟がお世話になってます」


 礼儀正しく挨拶するクォームと、慌てたふうに立ちあがり返答するアメリアを見て、デュークやレーチェルも自己紹介がまだだったと思いだしたようだ。当たり障りのない程度に名前と職業を告げ、挨拶を交わしているうちに、アメリアの追及がうやむやになったのは、はたして良かったのかどうなのか。

 頃合いを見計らっていたクォームが、本題とばかりに話を切りだす。


「知ってる範囲で教えて欲しいんですが、ルマーレで信仰されてる神って、冥海神めいかいしんですか?」

「ええ、そうみたいよ。ルマーレには本神殿……『神々の家』があるって聞いたわ」

「やっぱりかー。じゃ、本神殿の場所については明らかになってますか?」

「一応はね。でも冥海神の本神殿は海の中にあるから、大潮おおしおの夜しかいけないそうよ」


 クォームと姉は何を話しているのだろう。アルテーシアがここにいたら、きっとわかりやすく解説してくれたのだろうけど。

 アメリアに問いたげな目を向けられたが、シャルにもクォームの考えていることはわからない。何かを思案している様子の彼が口を開くのを、待つしかできないのだ。デュークとレーチェルも余計なことを言わないようにと考えているのか、口を挟む気配もない。

 沈黙が流れる中、銀竜の少年は視線をうつむけて腕を組み、しばらく何かを考えていたが、やがて顔を上げて言った。


「議会堂には、ルマーレの中央神殿が納められてる感じです?」

「ええ、たぶん。皆さんよく礼拝のため、議会堂の神殿にいくと言ってたから」

「……姉ちゃん、本神殿と中央神殿って違うの?」


 気になってしまったので、シャルは姉にこそっと聞いてみる。アメリアは遠慮がちに顔を寄せて、「本神殿は御神体かみさまが座していたと伝承される遺跡、中央神殿は国内で一番大きな神殿よ」と教えてくれた。

 わざわざ礼拝のために通うなんて、ルマーレはハスティーに比べると、信心深い市民が多いようだ。


「なるほどなー……。ってことは、中央神殿に本神殿への転移門ゲートが隠されてるのかも。だからわざわざ、議会堂を封鎖したのかもな」

転移門ゲート、ですか?」


 おうむ返しするアメリアに、クォームは青い目を向けて言い加える。


「魔王軍は一体どこから来たんだろ、って考えてて。拠点と軍事力を得るため軍事国家エルデを落としたのは理解できるけど、ルマーレ制圧が先だった理由が、よくわからない。おそらく向こうは真っ先にルマーレを押さえたい理由があったんだろうと」

「その理由が、冥海神の本神殿、ってこと?」


 クォームが言いたいことはわかってきたが、やはりシャルには想像の及ばない分野のようだ。レーチェルの信仰していた天空神が魔王の力を奪ったのなら、冥海神も過去の魔王討伐に関わっていたのだろうか。

 シャルが尋ね返せば、クォームはひとつ頷きを返したあとで、視線を宙に向け考えながら答えた。


「まだ確証はないんだけど、魔王軍あっちの意図がわかれば打つ手も考えられるからさ。とりあえず……明日までにいろいろと考えておくよ」


 みな疲れているし、今から湯を浴びて着替えたりしているうちに遅い時間になりそうだということで、話し合いの続きは明日また改めてすることになった。姉の不安を一刻も早く取り除いてあげたいが、現状、シャルにできることはないのだ。

 デュークがフィーサスを肩に乗せて立ちあがり、レーチェルも一緒に席を立つ。


「久しぶりに美味しい食事を楽しめましたわ。ご親切に感謝いたします」

「……評議員たちの安否確認については、できる限り力になると約束する」

「ぷきゅきゅー、ぷー」

「こちらこそ、シャルを連れてきてくださってありがとうございました。ゆっくり休んでくださいね」


 挨拶を交わしてデュークとレーチェルが部屋を出ていき、フィオもクォームに連れられて「おやすみー」と手を振りながら去っていく。

 皆を見送ったあと、アメリアがシャルに視線を戻して言った。


「もう遅い時間だし、シャルも疲れているでしょう……早く休みなさいな」

「洗い物やってからにするよ。だから、姉ちゃんは休んで!」

「そんなの、あたしがするわよ」

「いいからいいからー!」


 方針が決まれば、気分は上向きになるものだ。姉も疲れているだろうし、食器の片付けくらいはやってあげたい。遠慮する姉を炊事場から押しだして洗い物をはじめれば、姉がまだ家にいた頃を思いだす。

 再会の喜びがじわじわとシャルの胸を満たしてゆき、久しぶりに良い夢を見れそうな気がした。




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