[1-2]雪色の少女と光色の竜騎士
暑い。――いや、熱い。
目を
原色の青が広がる快晴の空からばらまかれた陽射しは強烈で、まとった布地を通り抜けて肌を刺す。サンダル程度では石畳を焼く真昼の熱を
道ゆく人たちは褐色の肌をした者が多く、鮮やかに染められた衣装が濃い肌に映えて美しい。この地方は帝国の支配下に入ってからまだ歴史が浅いため、元々の文化や習慣も色濃く残っているとは聞いたが――そんなことよりとにかく熱い。
暗い部屋から明るい場所へ出たからだろう、キィは大きなオレンジ色の目を
さっき寄せた入り口の
「コレ被って、いくわよ」
「わわ、これって」
「
歳上とはいえ
彼女は背が低いほうではないので、少しでも意識すると、肩のつるりとした素肌や布地越しでもわかる胸元の膨らみが見えてしまうのだ。目のやり場に困る。
かといってセスには巻き方などわからないので、自分でやるとも言えない。
そんな少年の動揺と
「うん、なかなか似合ってるんじゃない? 外れたら直してあげるから言ってね」
「ありがとうございます」
「もーぅ、他人行儀はなしなし! すぐにって言っても困っちゃうだろうけど、できれば敬語なしで話してもらいたいな」
自分も
途端に身震いが襲ってきて、セスは余計な考えを意識から振り払った。とにかく今は立て直すために何ができるか、だ。
「わかりま、……わかった。善処、します」
「なにそれ政治家みたい!」
頑張ってみたが、キィにはころころ笑われてしまった。心のハードルを乗り越えるには、まだちょっと時間が足りないようだ。
と、そこに足音が近づいてきて、セスは思わず身構える。
「おかえり、ルーファ! ラフ君は一緒じゃないの?」
「ただいまです。ラフさまはマリユスを休ませてから来るって言ってました。……行き倒れの方、無事に目覚めたんですね。よかった」
ふわふわとした印象の可愛らしい声がキィに答えた。濃く染めぬいた青い布地の隙間から、蒼天より深い色の瞳が微笑んでいる。
彼女は抱えてきた荷物を入り口の辺りに置くと、建物の日陰に移動して頭を覆っていた布を外した。ふわりと舞う絹糸のような
濃い
「はじめまして。
「助けてくれてありがとう。俺はセステュ、……セステュ・クリスタルと言います。呼びにくいと思うので、セスで」
「では、わたしのことはルーファとでも」
おっとりと礼を取るルフィリアの頭上で、小鳥がピルルリィとさえずった。
カナリアという鳥は体色と鳴き声が綺麗だという理由で、貴婦人たちの間でもよく飼われていると聞くが、セスは本物を見るのははじめてだ。彼女の
ぼうっと考えながら観察していると、キィがひょいと割って入った。
「ルーファ、セス君はやっぱり帝国の……だそうよ。ラフ君の予想通り、事情があるって」
「それなら騎士団に届けなくって正解でしたね。でも、三日も寝てたのにもう立てるなんてすごい体力です。やっぱり騎士の方ってすごい」
「体力じゃないと思うよ、ルーファ。砂漠で見つけたときに彼を覆っていた加護の
ルフィリアの後ろから歩いてきたのは、すらりと背の高い青年だった。布は被っておらず、柔らかそうな金の髪が乾いた風に
この街では珍しいかっちりした騎士服、白い肌と鋭く青い目。彼もまたこの辺りの出身ではなさそうだった。ルフィリアが振り返って「ラフさま」と呼びかける。
「こんにちは、はじめまして……、セステュ・クリスタルです」
「よろしく。僕は、とりあえず今はラフでいいよ。ところでこの子、君の狼なんだろう?」
ラフの
灰色の毛並みに覆われた仔狼が、布の中からじぃとこちらをうかがっていたからだ。
「シッポ! 良かった、無事で。本当に、助けてくれてありがとうございます」
「見つけたのはマリユス……僕の飛竜だけどね。さっきも言ったように、君は砂に埋もれてはいたけど水の加護に覆われていたから、飛竜が感知したのかも。あんな凄い奇跡、もしかして自覚なしで?」
奇跡というのは、法術または神聖魔法とも呼ばれる魔法の一系統だ。信仰の深い神官や巫女たちが祈りを捧げることによって得られる神の加護であり、セスには使えない。
「たぶんそれは俺をここへ逃してくれた人によるものだと思います。俺自身は魔法を少しも使えないので、助けてもらえて良かったです」
「そう。まあ、事情は
彼は深く追求するようなことはせず、布に包まれた仔狼をセスへと差しだした。
キィが食事をしないと言っていたので心配だったが、キラキラしたアーモンド型の目には生気が満ちており、元気そうな様子にセスは深く
しかしラフから受け取ろうと手を伸ばした、瞬間。仔狼の目が鋭くなって前足が伸びた。
「痛ッ!? 何するんだよ、シッポ!」
「ちょっと、暴れるんじゃないよ、ちびっこ! なにさ、彼は君のご主人様なんだろ?」
「ガゥガゥッ、グルルルル」
実際、前足でちょっと引っ
戸惑いながらもラフはシッポを撫でてなだめ、不審者に向けるような目でセスを見た。
「狼って目が悪いんだよね。君が普段と違う格好をして顔も半分くらい隠しているから、怖がってるのかもよ?」
「そんな……。シッポ、俺の声を忘れちゃったのか……」
命がけで助けたというのに、なんて冷たい仕打ちだ。深い悲しみを覚えつつ、セスはどうしたものかと思案する。
ラフはセスより歳上らしく、眼光の鋭さも相まって口答えは許されない雰囲気だ。彼が言うとおり
気まずい空気が流れそうになったそのとき、キィがやにわに手を伸ばしてセスの腕をつかみ、ラフに笑顔を向けて言った。
「ラフ君、荷物番交代でいいわよね! あたしセス君とご飯食べてくるから、あとよろしく」
凍りかけていた空気に、熱気が戻る。ラフもセスへの追求を中断して、仔狼を抱え直しながら答えた。
「荷物番ならマリユスがしてくれるよ、何たって
「そうなの? じゃ、四人でいこっか。……セス君、歩ける?」
「はい、大丈夫です」
悲しみと緊張感のせいで、やめようと思っていた敬語がまた戻ってきた。歳下らしいルフィリアはともかく、ラフに対等な口を利いてはいけない気がする。なぜと問われても上手く理由は言えないのだが。
張りつめた気持ちの中に少しの予感を覚えつつ、セスはキィに引っ張られるままに、熱くきらめく砂漠の都へ踏みだしたのだった。
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