二十六.作戦会議


「……魔王に会いに行くと仮定して。オルウィ、おまえの権能とやらはどの程度あてにできるものなんだ?」


 デュークに問いを向けられた銀竜の少年は、キャンバスを上から下までざっと見てから眉を下げて両手を挙げた。


「うーん。最初も言ったようにオレ様の権能ちからは分散してる状態だから、過剰な期待は禁物だぜ。魔将軍たちも邪魔してくるだろうし」

「それについてですが……炎の魔将軍の方が、わたしやレーチェルさんを手土産に交渉すれば魔王軍に受け入れてもらえるかも、って言ってました」

「ルシア!」


 またもアルテーシアがとんでもないことを言いだしたので、思わず声を上げてしまったセスだったが、彼女はセスを見てふわふわと微笑む。


「ですから、あくまで交渉のきっかけとして……です。平和裏に魔王城へ入るため、無駄な争いは避けたいですよね。どうでしょうか、デュークさん、オルウィさん」

「でも、炎の魔将軍ラディオルはルシアやレーチェルを殺そうとしてたんだよ?」

「わたくしでしたら、問題ありませんわ。物理にしても魔法にしても遮断できる守護障壁くらい張れますし、それに……魔王本人は敵ではないのでしょう?」


 勇ましい少女二人の意見に何と答えていいかわからず、セスはデュークに目を向ける。

 手をあごに添えあれこれ考えていたらしいデュークは、やがて考えがまとまったのか、全員を見回して口を開いた。


「それなら私とセス、ルシアとレーチェルで、交渉に臨もうか。オルウィには、万が一のときに彼女たちを保護して欲しい。シャルはエルデの街が今どうなっているか、様子を探ってくれないか。……フィオはどうする?」

「オーケー。フィオはオレと一緒でいいかな、コイツもちっこいけど一応竜になれるし」

「短い時間ならサイズアップもできます!」


 頼もしいのか不安なのか判断の難しいことを言って、フィオは得意げに胸をそらせた。

 オルウィが「あー、おぅ」とか言いながら頭をなでているので、こちらも過剰な期待は禁物だな、と考える。


 結局、魔王が殺されないよう立ち回りつつ戦争を回避するには、魔王本人との連携がどうしても必要になってくる。それぞれの事情や目的は、敵対関係を解消したあとの話だ。

 レーチェルもそうだが、セス自身もおそらく魔王軍に『裏切り者のウィルダウ』として認識されているだろう。魔王が会ってくれるかはわからない。それでも、魔王にアルテーシアが慕う兄の人格が残っているのだとしたら、交渉の余地はある……と思うのだ。


 理屈はさて置くとしても、アルテーシアを兄に会わせてやりたい気持ちがある。

 それに、今に至るまで情報が皆無なリュナの安否を探れるのだとしたら、行かないという選択肢はない。


「うん、わかった。俺もその方針でいい……と思う。シャルは?」

「俺もいいけど、魔王の居城ってエルデの主城だろ? そこまでどうやって行くわけ?」


 シャルが、非常に現実的な疑問を挙げた。

 陥落以前から、ハスティー王国とエルデ・ラオは外交状況がよろしくなかった。シャルが通行を許可してもらえなかった背景には、国境付近の緊張状態も関係していたのだろう。

 魔王軍の侵攻、占拠によってエルデ側の体制が変化した今、国境が封鎖されていることは想像にかたくない。


「徒歩では、無理ですよね。デュークさんは何かあてがあるのですか?」


 首を傾げて尋ねるアルテーシアに、デュークは楽しげな笑みを口もとにいて言った。


「オルウィとフィオに竜型になってもらい、乗せられて空からっていうのはどうだ?」

「おぉ? 楽しそうじゃん!」

「いや、無理だから!」


 即、身を乗りだすオルウィに、セスは全力でストップをかける。思いだしただけで昨夜の恐怖が胃の辺りにこみ上げてくるようだ。

 あんな不安定な体勢でここから長距離飛行なんて、考えただけで気が遠くなる。


「デューク、地上人の身体機能は長期間の滞空に不向きです。真面目な案を述べてくださいませ」

「ぷきゅきゅー」


 双眸そうぼうを細めてやり取りを眺めていたレーチェルが、氷のように冷めた声で意見する。フィーサスにも尻尾でテシテシ叩かれたデュークは、相好そうごうを崩して言い直した。


「……冗談だ。確かに、全行程を飛んで向かったのでは何日かかるか知れないしな。……レーチェル、天空人てんくうびとの作った転移門ゲートは、地上と天空をつなぐタイプのものしかないのか?」

「ないことは、ないですが……。魔将軍側は天空人について知っているのですよね? でしたら、通って出た場所が敵方のど真ん中、という事態もあり得ますわよ」

「うわ、それ怖っ! なー、オルウィって神様より強いんだろ? ちゃちゃっと移動できる魔法とか使えないわけ?」


 神様より強い。言葉にすれば、その凄さは規格外だ。

 シャルの発言に全員がオルウィを注視し、銀竜の少年は目を見開いたあと、にいと笑って得意げに言った。


「あー、あるぜ? 準備にちょっと掛かるけど、半日もあれば……たぶんいける。ただし、一方通行だけどな!」

「……退路は別ルート、か。それも……心配だな」

「オレ様は異界竜よそものだからさー、魔法は使いすぎるとこの世界を枯らしてしまうんだよ。ま、うまくルウォーツと仲良くなれれば、帰りみちくらい開いてくれるんじゃね?」

「ああ、……なるほど、そういう理屈なのか」

 

 デュークに笑顔を向けて楽しげに語るオルウィは、やっぱりごく普通の少年にしか見えない。だからといって、巨大で神々しい存在に意味のわからない言語で話しかけられても困るわけだが。

 レーチェルやアルテーシアは彼が上位竜族であることをすっかり受け入れたようだし、半信半疑な感覚は政治色の強い家庭で育ったゆえのさがかもしれない、と思う。

 彼が魔王の居城へ道を開く魔法を使ったら、その凄さを今より実感できるだろうか。


「それしかないのでしたら、わたしは賛成です。ただ、兄の状況によっては、一緒に逃げるのもありでしょうか」

「……そうだな。当人が望むなら、というのは考えておこう」

「では、決まりですわね。デューク、わたくしはオルウィ様のお手伝いをいたしますので、あなたは敵地へ乗り込む準備を今日のうちに整えていただけます?」


 ちょっと強引なレーチェルのまとめに、オルウィが目をぱちぱちさせている。手伝いというより、彼女は上位竜族の扱う魔法に興味をひかれたのかもしれない。

 デュークが苦笑を浮かべつつ頷き、木炭筆チャコールペンをケースにしまってから言った。


「……では、オルウィとフィオの補佐サポートはレーチェルに任せよう。セスはルシアを護衛しつつ、出発の準備を。シャルは……私と一緒に動くか?」

「俺は一人で大丈夫! だいたい、デュークとじゃ行きたい店とか違うじゃん」

「……それも、そうか」


 それぞれの目的が判明したところで、シャルやデュークの行動は今までと変わらない。セスが知らなかっただけで、二人は今までも自由行動の合間に、聞き込みや調べ物に走っていたのだろう。

 これからは二人の目的にかないそうな情報があったら、覚えておいて伝えよう……セスはそうひそかに決意した。


「……では、こんなところだろうか。時間は有限だ、謝礼金をわけるからそれぞれの良いように使ってくれ」


 話し合いを締めくくり、デュークはキャンバスをしまってから革袋の中身をテーブル上に開けて、金貨の配分をはじめた。オルウィがその様子を眺めながらぽそっと呟く。


「オレとフィオの分は必要ねーぜ。あと……これからは、オレの名前をって呼んでもらおうかな」

「……そうなの? ボクも、そう呼んだほうがいい?」


 不思議なことを言いだしたオルウィ、もといクォームにフィオが尋ねる。彼は少し悩むように眉を寄せていたが、頷いて言った。


「そうだな、そうしよか。『銀の風オルウィーズ』じゃなく『銀の夢クォーム』って名乗ることにより、残りの鍵を引き寄せる。確実性はないけど、いくらかでも運命ラッキー力は高めておかないと」

「わかった。これからはクォームって呼ぶよ。でも、名前が違うだけで何か変わるのか?」


 セスの問いに、オルウィ改めクォームは頷く。


「上位竜族がつける名前には魔法的な意味が付されてるんだよ。たとえば英雄ルウォン、……その名は、世界の柱を肩代わりさせるために可能性が高い。正確な意味はつけた奴しか知らないけど、『永久時計のくさび石』みたいな感じじゃないかな。魔王ルウォーツの名を英雄ルウォンの名で置き換えて、後世に誤認させるための」

「なるほど……。似ているとは思っていましたが、それを意図した方は上位竜族の言語にも通じていた、ということですね」

「はぁ、そういうものなのか。俺にはやっぱり全然わかんないんだけど」


 深く納得するアルテーシアの反応を見るに、ただの改竄かいざん以上の意味がそこにはあるのだろう。

 話題を振ったもののやはり理解が追いつかず首を傾げているセスに、銀竜のクォームは目を向け、子供みたいに笑った。


「ま、いーんだよ深く考えなくっても! 『人間』がオレ様の『名前を発音する』ことに、意味があるってだけ覚えててくれればさ!」

「セスさん。魔法的な意味のこめられた名前を発音することは、魔法を唱えるのと似た効果があるらしいですよ」

「あ、なるほど……」


 やっぱり、アルテーシアの説明はわかりやすい。ようやく納得したセスを確認して、デュークが「それでは」と声をかける。


「今から夜まで、自由行動にしよう。……オル、うーんと、クォーム。よろしく頼む」

「おーぅ、任せとけっ。んじゃまた夜に、同じ宿で顔合わせようぜ!」


 ぎこちなく名を呼ぶデュークに満面の笑みを返し、クォームが言った。

 時刻はまだ遅い朝。夕方まで十分に時間はあるものの、徒歩だとそれなりに移動時間が掛かるだろうから、早めに用事を済ませたほうがよさそうだ。


 魔王軍の主城へ乗り込むための準備……といっても何が必要か皆目見当もつかない。

 それでも、アルテーシアと二人きりで行動できるという状況に、やはり心が浮き立ってしまうセスなのだった。


 


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