二十五.世界を救うための鍵【挿絵あり】


 銀竜のオルウィは、世界を救う約束の竜ヴォイスドラゴンと名乗っていた。

 魔王が討たれたため世界が不安定になったのだとしたら、魔王が復活した今、彼を守れば世界の安定は保たれる……というわけでもないのか。


「世界を救うのに、その五つの鍵……が必要なんですか?」


 不安より好奇心が勝ったのか、あるいは兄に関わる話だと考えたからなのか。アルテーシアが聞き返す。

 オルウィはちらっとデュークを見て意向を確認すると、椅子を引き寄せてテーブルに身を乗りだした。


「さっき、世界を維持するには管理者が必要だって話をしたけど、今は『この世界』の管理者……神々って、いがみ合ってる状態なんだよ。国だって、高官や将軍が王のいうこと聞かず好き勝手やってたら、滅ぶだろ? だから、神々をまとめ直すのに必要な存在――それが、五つの鍵なのさ」


 デュークが木炭筆チャコールペンをとり、キャンバスの空き箇所に『神々を調和させる――五つの鍵』と書き込んだ。それを視認しオルウィは続ける。


「実はもう、五つのうち二つはわかってる。一つは約束を伴う予言の導き手『銀の夢』、つまりオレ様。も一つは世界を支える永久時計『時の夢』、つまり魔王ルウォーツ。のわからないあと三つは、『人の夢』、『黒の夢』、『夢の子』だな」

「……その『夢』って、上位竜族のこと?」

「特定の個人を指してんだろーだけど、上位竜族とは限んないぜ。『人の夢』は、人と竜の絆を結び直す者、『黒の夢』は人に知識を与え道をしめす者、らしいから。『夢の子』は希望のきざはしだっけかな」

「らしい……って、オルウィはどこでそれを聞いたんだ?」


 アルテーシアが口を挟まないということは、オルウィが話しているのは古代叙事詩レジェンドサーガや伝承ではないのだろう。

 気になって質問を重ねたセスに、オルウィは眉を下げて目を閉じテーブルに頬杖をつく。


「オレ様、誰かの記憶を預かる、みたいな権能ちから持っててさ。原初の炎竜クリエイタードラゴンの記憶を託されてんだよ。……ただ、全部じゃない。日記帳の頁がばらけて散らばってる感じだから、適宜てきぎ必要な情報を拾いあげるの難しくってさ」

「なるほど……やっぱり全然わからないけど……」

「だよなー! あぁーもう、わかりやすい説明って難しいぜ……」


 ますます眉を下げてため息を吐きだすオルウィ。改めて、彼の目に映っているのは違う世界観、感覚なのだと実感させられた。

 謎の魔導士が言った『銀の夢が導き、至るべき終結を示す』という言葉の意味は、こういうことだったんだろう。


「オルウィ。……俺は、君が言ってることの半分も理解できてない気がするけど、人間の視点で一緒に考えることはできると思う。オルウィもまだ『この世界』の感覚とか考え方が、つかめてないんだろ? だったら俺たち、力になれるんじゃないかな」


 ぱちりと瞬きして、オルウィが大きく目を開きセスを見た。真正面から見てしまえばやはり彼はとんでもなく綺麗な顔で、見つめられていると落ち着かない気分になってくる。

 勢いで言ってみたとはいえ、沈黙で返されると妙に気恥ずかしいのだけれど。


「そういうことじゃない、……のかな?」

「いや、違う違う! おまえさ、面白い奴だと思って!」


 不安になって尋ねてみれば、返ってきたのは楽しげな声。オルウィは形の良い唇をにぃーっとつりあげ、パシパシ、とテーブルと叩いた。


「オレ様がを提供する、おまえたちが謎解きをする、いーじゃん! それで行こうぜ! なぁ、どうよデューク」

「……私は、異論はないが……。ひとまず、なすべき『目的』を相互確認しておこうか。その中から優先順位を決めよう」


 やっぱりどこまでも教師ムーヴのデュークは、キャンバスの中央に『目的』と記した。その下に番号を並べて、それぞれが話していた目的を書いていく。


 セスは、リュナを取り戻す。

 アルテーシアは、魔王に会って兄としての意向を確かめる。

 レーチェルは、天空の地を救う。

 オルウィは、五つの鍵を探す。

 フィオは、戦争を回避する。


 そこまで書いて、デュークの蒼穹そうきゅうの目がシャルを見る。

 膝の上でうたた寝しているシッポをなでていたシャルが、視線を感じたのか顔を上げ、自分自身を指差して首を傾げた。


「うん? 俺?」

「……そういえば、シャル。おまえの目的を聞いたことがなかったな」

「えー、最初に言ったじゃん! 悪いことは許せないんだよー、俺」

「……今までの話でわかっただろう。善悪なんて、蓋を開けてみればひっくり返っている場合もあるんだ。ましてこれからは危険も増大する。……おまえだって、目的があるから旅をしているんじゃないのか?」


 真剣な声音で畳み掛けられ、シャルはハシバミ色の目を瞬かせ唇を噛んでうつむいた。思えばセスも、シャルについては猟犬を連れた猟師という以上の背景を知らない。

 改めて考えればシャルには何の利益もないのに、一緒に行こうと言ってくれたのだ。友達だと言ってもらえて嬉しかった。その心地よさに甘えて、彼の事情を突っ込んで聞こうとしていなかったことに気づく。


 沈黙の中心にいることが耐えられなくなったのか、シャルは顔を上げて視線をさまよわせながら、小さく呟いた。


「いいんだって。俺の事情コトより、えーっと……世界を救うんだっけ? そっちのほうが重要で優先だし、さ!?」

「誤魔化すな」


 う、と言葉を飲み込み、シャルは困ったような表情で再び視線を落とす。

 それでもじっと答えを待つデュークに、ついに観念したのだろう。ハァと小さくため息をついて、話しだした。


「魔王軍がエルデ……だっけ、落とす前、大陸南端の小国を攻め落とした話は知ってる? そこ、……俺の姉ちゃんが住んでた国でさ。安否が知れないっていうか、国がどうなったかも全然わかんなかったから、そこ向かうついでに情報集めしてたわけ! でも、これから魔王軍に乗り込むっぽいし、なら直接聞けるかなって」

「な、なんでそんな大事な話もっと早く言わなかったんだよ!」


 思わず、椅子を倒す勢いでセスは立ちあがる。シャルの膝で寝ていた仔狼がビクッと跳ね起き、二匹の犬が二人の間に回り込んで低くうなりだした。

 目を丸くしてセスを見たシャルは、困ったようにへらっと笑う。


「だって……姉ちゃんの国に向かうにはエルデ通過しなきゃないんだけど、こういう情勢だとハスティーとエルデの国境、俺みたいなただの猟師じゃ通してもらえないんだよ。それなら妖魔の森経由で行くか、ってところでセスに会って。セスの力になりたいって俺が思ったんだから、いいんだって」

「良くないだろ! 俺いつもシャルに助けられてばかりでさ、シャルだって……大変な事情抱えてたんじゃないか……!」


 妖魔の森で狼の群れから助けてくれて、道案内をしてくれて、財布を失くしたときは世話をしてくれた。辛いときには慰めて力づけてくれて……それなのに、自分は何も返せていないと気がつき、セスは愕然がくぜんとなる。

 デュークが無言で、『シャルは、安否不明の姉を捜す』と書き加えた。

 ご主人様に喧嘩を売っていると思ったのか警戒を強める犬たちを、シャルはなでてなだめつつ、にいっと笑って見返してくる。


「俺の足で妖魔の森からエルデ抜けて海沿いに回って……だと、どれだけ掛かると思ってんだよっ。それに魔王の事情やも、俺一人じゃ知るチャンスなかったし。だからセスやルシアと一緒に行くのがさ、俺にとっても最短コースだと思う!」

「シャルさん……ありがとうございます」


 震える声を抑えるようにしてアルテーシアが言った。セスも目の奥がじわりと熱くなってくるのを感じる。

 とか言っているし、シャルもオルウィの話は理解できていないのだろう。それでも、これから先も一緒に行くと、そう言ってくれているのだ。

 それほどの信頼と友情を、今まで誰かに与えたりもらったりしたことがあっただろうか。


「ありがとう、シャル」

「だから気にすんなって! 何かあれば、ちゃんと言うから」

「……わかった。それならこれからはシャルの姉が住んでいた国、旧ルマーレ共和国についても念頭においておこう。……以上、それぞれの目的はこんなところか」

異議ありダウト! デューク、俺に吐かせといて自分は秘密ってズルいですぅー!」


 さらりと流して先へ進めようとするデュークにすかさず、シャルが異議を申し立てる。

 想定はしていたのだろう、デュークは無言でキャンバスに『デュークは、不死の呪いを究明する』と書き加えた。覗き込んでいたシャルが目を丸くする。


「え、デュークのソレって呪いなのかよ」

「……本当はもう少し複雑な事情なんだが、まあ、呪いみたいなものだろう」

「デュークさんの過去についてはわたしも気になってました。このタイミングですし、吐いてしまいませんか?」


 アルテーシアまでが食いついたので、デュークは深いため息をつき木炭筆チャコールペンでテーブルをコツコツ叩いた。


「……私は、掛けられた側だから詳しくは知らん。ただ魔王や天龍の話と、この体質のろいは通じる要素がありそうだからな……、探っているうちに究明できるんじゃないか?」

「詳しくわかんなくっても、こういう事件があって、みたいなのは?」

「悪いやつを退治したら死に際の反撃で呪いをかけられた、ってところだ。……とはいっても魔王討伐ではないし、古い話すぎて文献もないのでな。だから、後回しでいい」


 シャルの質問も雑だがデュークの答えもだいぶ雑だ。それだけ言って、キャンバス上を書き直しつつ情報を整理している。

 思えば、彼の口から昔の話が語られるのははじめてかもしれない。シャルのほうに視線を向ければ同じことを考えていたのか、してやったりみたいな笑顔が返ってきた。


 五百年間ずっと究明できなかった呪いなら、今すぐ何とかできるものでもないだろう。

 けれど今、地上には魔王が復活していて上位竜族のオルウィもいる。もしかしたらデュークの目的だって果たせるかもしれない。

 いつかは彼の助けにもなれたらとひっそり願いつつ、セスは改めて、丁寧に書き込まれたキャンバスの文字に目を向けた。それぞれの目的は同じではないけれど、果たすために共通しているものもある。今、自分たちには何ができるだろうか。


 それぞれが思考と感情の整理をするような静寂が、しばしその場を支配する。

 やがて口火を切ったのは、やはりデュークだった。



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 シャルと猟犬たち、挿絵があります。

 https://kakuyomu.jp/users/Hatori/news/16817330663834263254



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