二十五.世界を救うための鍵【挿絵あり】
銀竜のオルウィは、世界を救う
魔王が討たれたため世界が不安定になったのだとしたら、魔王が復活した今、彼を守れば世界の安定は保たれる……というわけでもないのか。
「世界を救うのに、その五つの鍵……が必要なんですか?」
不安より好奇心が勝ったのか、あるいは兄に関わる話だと考えたからなのか。アルテーシアが聞き返す。
オルウィはちらっとデュークを見て意向を確認すると、椅子を引き寄せてテーブルに身を乗りだした。
「さっき、世界を維持するには管理者が必要だって話をしたけど、今は『
デュークが
「実はもう、五つのうち二つは
「……その『夢』って、上位竜族のこと?」
「特定の個人を指してんだろーだけど、上位竜族とは限んないぜ。『人の夢』は、人と竜の絆を結び直す者、『黒の夢』は人に知識を与え道をしめす者、らしいから。『夢の子』は希望の
「らしい……って、オルウィはどこでそれを聞いたんだ?」
アルテーシアが口を挟まないということは、オルウィが話しているのは
気になって質問を重ねたセスに、オルウィは眉を下げて目を閉じテーブルに頬杖をつく。
「オレ様、誰かの記憶を預かる、みたいな
「なるほど……やっぱり全然わからないけど……」
「だよなー! あぁーもう、わかりやすい説明って難しいぜ……」
ますます眉を下げてため息を吐きだすオルウィ。改めて、彼の目に映っているのは違う世界観、感覚なのだと実感させられた。
謎の魔導士が言った『銀の夢が導き、至るべき終結を示す』という言葉の意味は、こういうことだったんだろう。
「オルウィ。……俺は、君が言ってることの半分も理解できてない気がするけど、人間の視点で一緒に考えることはできると思う。オルウィもまだ『この世界』の感覚とか考え方が、つかめてないんだろ? だったら俺たち、力になれるんじゃないかな」
ぱちりと瞬きして、オルウィが大きく目を開きセスを見た。真正面から見てしまえばやはり彼はとんでもなく綺麗な顔で、見つめられていると落ち着かない気分になってくる。
勢いで言ってみたとはいえ、沈黙で返されると妙に気恥ずかしいのだけれど。
「そういうことじゃない、……のかな?」
「いや、違う違う! おまえさ、面白い奴だと思って!」
不安になって尋ねてみれば、返ってきたのは楽しげな声。オルウィは形の良い唇をにぃーっとつりあげ、パシパシ、とテーブルと叩いた。
「オレ様が原初の記憶を提供する、おまえたちが謎解きをする、いーじゃん! それで行こうぜ! なぁ、どうよデューク」
「……私は、異論はないが……。ひとまず、なすべき『目的』を相互確認しておこうか。その中から優先順位を決めよう」
やっぱりどこまでも教師
セスは、リュナを取り戻す。
アルテーシアは、魔王に会って兄としての意向を確かめる。
レーチェルは、天空の地を救う。
オルウィは、五つの鍵を探す。
フィオは、戦争を回避する。
そこまで書いて、デュークの
膝の上でうたた寝しているシッポをなでていたシャルが、視線を感じたのか顔を上げ、自分自身を指差して首を傾げた。
「うん? 俺?」
「……そういえば、シャル。おまえの目的を聞いたことがなかったな」
「えー、最初に言ったじゃん! 悪いことは許せないんだよー、俺」
「……今までの話でわかっただろう。善悪なんて、蓋を開けてみればひっくり返っている場合もあるんだ。ましてこれからは危険も増大する。……おまえだって、目的があるから旅をしているんじゃないのか?」
真剣な声音で畳み掛けられ、シャルはハシバミ色の目を瞬かせ唇を噛んでうつむいた。思えばセスも、シャルについては猟犬を連れた猟師という以上の背景を知らない。
改めて考えればシャルには何の利益もないのに、一緒に行こうと言ってくれたのだ。友達だと言ってもらえて嬉しかった。その心地よさに甘えて、彼の事情を突っ込んで聞こうとしていなかったことに気づく。
沈黙の中心にいることが耐えられなくなったのか、シャルは顔を上げて視線をさまよわせながら、小さく呟いた。
「いいんだって。俺の
「誤魔化すな」
う、と言葉を飲み込み、シャルは困ったような表情で再び視線を落とす。
それでもじっと答えを待つデュークに、ついに観念したのだろう。ハァと小さくため息をついて、話しだした。
「魔王軍がエルデ……だっけ、落とす前、大陸南端の小国を攻め落とした話は知ってる? そこ、……俺の姉ちゃんが住んでた国でさ。安否が知れないっていうか、国がどうなったかも全然わかんなかったから、そこ向かうついでに情報集めしてたわけ! でも、これから魔王軍に乗り込むっぽいし、なら直接聞けるかなって」
「な、なんでそんな大事な話もっと早く言わなかったんだよ!」
思わず、椅子を倒す勢いでセスは立ちあがる。シャルの膝で寝ていた仔狼がビクッと跳ね起き、二匹の犬が二人の間に回り込んで低く
目を丸くしてセスを見たシャルは、困ったようにへらっと笑う。
「だって……姉ちゃんの国に向かうにはエルデ通過しなきゃないんだけど、こういう情勢だとハスティーとエルデの国境、俺みたいなただの猟師じゃ通してもらえないんだよ。それなら妖魔の森経由で行くか、ってところでセスに会って。セスの力になりたいって俺が思ったんだから、いいんだって」
「良くないだろ! 俺いつもシャルに助けられてばかりでさ、シャルだって……大変な事情抱えてたんじゃないか……!」
妖魔の森で狼の群れから助けてくれて、道案内をしてくれて、財布を失くしたときは世話をしてくれた。辛いときには慰めて力づけてくれて……それなのに、自分は何も返せていないと気がつき、セスは
デュークが無言で、『シャルは、安否不明の姉を捜す』と書き加えた。
ご主人様に喧嘩を売っていると思ったのか警戒を強める犬たちを、シャルはなでてなだめつつ、にいっと笑って見返してくる。
「俺の足で妖魔の森からエルデ抜けて海沿いに回って……だと、どれだけ掛かると思ってんだよっ。それに魔王の事情やなんとかドラゴンも、俺一人じゃ知るチャンスなかったし。だからセスやルシアと一緒に行くのがさ、俺にとっても最短コースだと思う!」
「シャルさん……ありがとうございます」
震える声を抑えるようにしてアルテーシアが言った。セスも目の奥がじわりと熱くなってくるのを感じる。
なんとかドラゴンとか言っているし、シャルもオルウィの話は理解できていないのだろう。それでも、これから先も一緒に行くと、そう言ってくれているのだ。
それほどの信頼と友情を、今まで誰かに与えたりもらったりしたことがあっただろうか。
「ありがとう、シャル」
「だから気にすんなって! 何かあれば、ちゃんと言うから」
「……わかった。それならこれからはシャルの姉が住んでいた国、旧ルマーレ共和国についても念頭においておこう。……以上、それぞれの目的はこんなところか」
「
さらりと流して先へ進めようとするデュークにすかさず、シャルが異議を申し立てる。
想定はしていたのだろう、デュークは無言でキャンバスに『デュークは、不死の呪いを究明する』と書き加えた。覗き込んでいたシャルが目を丸くする。
「え、デュークのソレって呪いなのかよ」
「……本当はもう少し複雑な事情なんだが、まあ、呪いみたいなものだろう」
「デュークさんの過去についてはわたしも気になってました。このタイミングですし、吐いてしまいませんか?」
アルテーシアまでが食いついたので、デュークは深いため息をつき
「……私は、掛けられた側だから詳しくは知らん。ただ魔王や天龍の話と、この
「詳しくわかんなくっても、こういう事件があって、みたいなのは?」
「悪いやつを退治したら死に際の反撃で呪いをかけられた、ってところだ。……とはいっても魔王討伐ではないし、古い話すぎて文献もないのでな。だから、後回しでいい」
シャルの質問も雑だがデュークの答えもだいぶ雑だ。それだけ言って、キャンバス上を書き直しつつ情報を整理している。
思えば、彼の口から昔の話が語られるのははじめてかもしれない。シャルのほうに視線を向ければ同じことを考えていたのか、してやったりみたいな笑顔が返ってきた。
五百年間ずっと究明できなかった呪いなら、今すぐ何とかできるものでもないだろう。
けれど今、地上には魔王が復活していて上位竜族のオルウィもいる。もしかしたらデュークの目的だって果たせるかもしれない。
いつかは彼の助けにもなれたらとひっそり願いつつ、セスは改めて、丁寧に書き込まれたキャンバスの文字に目を向けた。それぞれの目的は同じではないけれど、果たすために共通しているものもある。今、自分たちには何ができるだろうか。
それぞれが思考と感情の整理をするような静寂が、しばしその場を支配する。
やがて口火を切ったのは、やはりデュークだった。
----------
シャルと猟犬たち、挿絵があります。
https://kakuyomu.jp/users/Hatori/news/16817330663834263254
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます