二十三.だれが魔王を討ったか


「……朗報だ。昨夜の火炎竜撃退の謝礼金を、町のほうで出してくれたぞ」


 食事のため借りた個室に全員が集まると、デュークは開口一番にそう告げた。彼が見せた革袋のふくらみ具合からすると、かなりの額のようだ。


「これで、路銀の問題は片づきましたわね」

「……そうだな。昨夜の騒ぎで盗賊たちも幾人か捕縛できたそうだし、しばらくは大人しくなるだろう」


 やっぱりデュークとレーチェルの距離が近くなっている気がする。セスは不思議に思って眺めていたが、そこに料理が運ばれてきたのでまずは食事に取り掛かることにした。


「わぁ、美味しそう!」

「おまえ食べるのかよ、フィオ」

「……だめ?」


 テーブルの端っこで、オルウィとフィオがせつなげなやり取りをしている。確かフィオは精霊竜だと言っていたから、たぶん食べなくていい系なのだろう。

 でも、同じ……かどうか不明だけど精霊もどきらしいフィーサスは、今日もデュークにコーンスープを食べさせてもらっているのだ。そりゃ食べたくもなる。


「いいんじゃない、オルウィ。食べて悪い影響があるなら別だけど」

「んー、まあ、そういうことはないけどさ」

「フィオちゃん、こちらにどうぞ。食べてみたいものがあれば、とってあげますよ?」

「ホント! わぁーい!」


 セスの口添えにアルテーシアが乗っかる形でフィオを招く。赤毛の少女は嬉しそうに席に収まり、テーブルの上に並んだいろいろな料理を楽しげに選びはじめた。

 ここの宿は大皿料理を各自で取り分ける方式で、レーチェルは今日も戸惑った様子をみせつつ、遠慮がちに自分の皿を盛りつけている。シャルは犬たちと仔狼に専用の肉を与えながら、自分も好きなものを取って食べているようだ。

 そうしてわいわいと食事が進み、テーブルの料理もあらかた片づいた頃合いに。デュークが「さて」とひと声かけて注視を促した。


「ここで一度、現状の確認と今後の方針を話し合おうと思う。先に言っておく、……話を聞かなかったり、話の途中で横槍を入れたり、喧嘩を始めたりするのは禁止だ。いいな?」


 はい、とそれぞれが答える。普段から物静かなデュークは今も淡々と語っているが、今日は加えて、有無を言わせぬという圧のようなものがあった。

 いつもごめんなさい、と内心で謝りつつも、それすら横槍になるだろうから黙っていようと決意するセスだ。おそらくこの場の誰もがそう思っているに違いない。

 全員が黙ったのを確認すると、デュークは少し逡巡しゅんじゅんする様子で蒼穹そうきゅうの目を伏せ、しばらくしてから口を開いた。


「……まず、現時点で判明した魔王軍についての情報を、整理しよう。……フィーサス」

「ぷきゅ」


 白毛玉がふよふよと浮遊して、デュークの荷物から紙袋を取りだし運んでくる。中に畳まれて入っていたのは絵画用のキャンバス生地で、広げると小型のテーブルクロスほどの大きさだ。

 フィーサスは、デュークがテーブルを片づけ生地を広げている間に再び荷物のところへ飛んで、今度は金属製のケースを持ってきた。受け取ったデュークはそこから黒い小さな棒状の物を取りだす。画家が使う木炭画筆チャコールペンっぽい。


 白い生地の一角に『魔王軍』と書き込む。その下に箇条書きで『地のナーダム』『炎のラディオル』と書き加えてゆく。


「妖魔の森でリュナをさらったのは、ナーダムだろう。奴はエルフで魔法に長けていて、飛竜を連れていた。昨晩ここを襲ったのは、ラディオル。何らかの目的で盗賊たちに同行していたようだが、あれだけ派手に暴れたのではもう盗賊の元には戻れないだろうな」


 少し間を空けて、同じように『ルウォーツ』『グラディス』と書き込む。


「ラディオルが口にした名前が、ルウォーツとグラディス。……話の流れからして、ルウォーツはルシアの兄だろう。グラディスについては性別含めまだ何も情報がないが……おそらく魔王軍の首領的な存在だと思われる」


 下塗り処理の施されたキャンバス生地は丈夫で、摩擦まさつや水にも強い。

 木炭で書いた文字はあらく読みにくさがあるが、濡らした布やゴムで消すこともできる。書いたり消したりして情報を整理するのにはちょうどいい。

 神妙な顔で頷くアルテーシアを確認するように見、デュークは言葉を続けた。


「ラディオルはナーダムを呼び捨てにしていたが、ルウォーツとグラディスには『様』をつけて呼んでいた。だから、二人は魔将軍ではない……、おそらくどちらかが魔王だろう。現状では、グラディスが魔王だと考えるのが妥当だとうか」


 確かラディオルは、グラディスに怒られる、められる、教えてもらえる、などと話していた。つまり主導権を握っているのはグラディスだろう。

 どうだろ、と自分の内側に問いかけてみるも、今日は声も何も聞こえてこなかった。代わりに椅子の上で胡座あぐらをかいて座っていたオルウィが、うーんとうなってから挙手する。


 なるほど、発言したいときはああすればいいのか、とセスは感心した。

 なんだか学校みたいだ。


「……なんだ、オルウィ」

「あのさ、名前の意味からすれば……ってこれはいいや。オレ様まだ魔王に会えてねーから予想だけど、たぶん戦争仕掛けようと画策かくさくしてんのは、魔王じゃなくて人間だぜ」

「……どういうことだ?」


 名前の意味が気になったが、今はセスに発言権はない。デュークに聞き返され、オルウィは椅子の上で背筋を伸ばす。


「魔王には人間と争う理由がないから、だよ。権力、領土、名声……戦勝で得られるそういうモノってさ、オレらには無意味なモノだからさ。ただ、魔王あのこ権能ちからは本物だから、まつりあげるには都合がいいんだろなー」

「え、上位竜族? あのこ? オルウィは、魔王の正体知ってるの?」

「セス、……口を挟むな」


 低い声で威嚇いかくされて、思わず「はいっ」と返事をしてしまう。今日のデュークは厳しい先生路線キャラで行くようだ。

 デュークがキャンバスに『魔王』と書き込み、そこから線を引いて『上位竜族』と記す。


「オルウィ、ここに付け加えられる情報があれば教えてくれないか?」

「おーよ。……っつっても、最初にも言ったとおり、オレ様は謎解きとか策略とか得意じゃねーから。魔王にも会ったことは……いや、あるか? でもあのあと討たれてるし」


 ぶつぶつと一人で呟きながらオルウィが考え込んでしまうと、アルテーシアの隣にいたフィオがそっと手を挙げた。フィオ、とデュークが発言を促す。


「あの……ボクも聞いただけで会ったことないですけど、ルウはなんだそうです」

「おわっ、フィオ! それはまだ……って、あーもう、いざって時には全部記憶消去すりゃいいか! いいよな!」

「あっ、オルウィごめんなさい!」


 何やら物騒な台詞が飛びだした。わちゃわちゃ騒いでいる二人に、今度はデュークも何も言わなかった。怪訝けげんそうな表情で様子をうかがっている。

 オルウィは深くため息をついてから、長い前髪をかきあげてかき回しうなった。


「……で生きている人族になんて概念がいねんは不要なんだよ。理解を超えた知識なんて気味悪いだけだし、興味を持たれたって困るからさ。でも、まあ、中途半端に聞いたままじゃ余計気持ち悪いだろから、一応は話してやるぜ」

「ああ、頼む」


 デュークに請われ、オルウィは眉を下げて椅子にきちんと座り直した。


「神話の通り、世界を造ったのは原初の炎竜クリエイタードラゴン。それは本当だ。でも、ただ造っただけでは『世界』を維持できない。国家だってそうだろ? だから、管理者する者や世界を支える柱……そういう存在が必要なんだよ。それが、あんたらが言う『神々』だなー」


 アルテーシアがいつもの手帳を出し、メモを取りはじめた。デュークは頭の中で情報を取捨選択しているのだろう、黙って話に耳を傾けている。

 オルウィの話は壮大で、理解が追いついているとは言いがたい。それでも、一言も聞き逃さずにいようとセスは思う。リュナやアルテーシアの兄を救うためのヒントが、彼の話の中から見つかるかもしれないからだ。


「オレ様は元々『この世界』の住人じゃねーからさ。異界と行き来が可能な『界渡かいわたり』の権能ちからを持つ、特殊な竜族なんだよ。オレの本当の名前はクォームKuwoumで、本来もうちょっと複雑な意味を持つ。同じように、ルウォーツLieuartzって名前には『永久時計』って意味があるんだ」

「……でも、おかしいです。兄はわたしと一緒に、人間である母から産まれました。そんなこと、あり得るんでしょうか」


 挙手もなくアルテーシアが尋ねたが、デュークはもう止めなかった。彼女の心境をおもんばかったのだろう。

 オルウィ、いや、この流れだとクォームと呼んだほうがいいのか……とにかく銀竜の彼はアルテーシアに向き直り、頷いて答える。


「人間同士から竜族が、あるいは竜族同士から人間が、産まれることはあるさ。オレたちが取り替え子チェンジリングって呼んでる、メカニズムが不可解な現象だ。これはもう魂レベルの奇跡だから、血筋とかそういうのは関係ないんだよ」

「……では、兄は、本当に?」


 震える声で確認をとるアルテーシアに首肯しゅこうを返し、オルウィは言いにくそうに続ける。


「実際に会ってない以上、断定的なことは言えねーけど。……世界がためには、『時間ときの竜』の存在が不可欠なんだ。でも、。その権能ちからは誰かの手に渡り、しばらく世界を仮稼働させてたけど、そろそろ限界が来たんだろ。だから魔王はふたたびからだを得たし、権能ちからを奪った誰かのほうは今それを失いつつある――ってワケ」


 しん、と落ちる沈黙。セスの頭の中で、時の竜、魔王、世界、……そんな単語が何かの記号のように、ぐるぐる回る。もしオルウィの話が真実なら、アルテーシアの兄であったディヴァスという人格は、今どこにあるというのだろうか。

 キィ、と椅子を押し下げて、ふいにレーチェルが立ちあがった。皆の視線が向く中、彼女は唇をわななかせ、蒼ざめた顔で震える声を押しだす。


「そういうこと、でしたの。やはり魔王復活と天龍様の衰弱は、無関係ではないのですね」

「……ああ。そういうことか」


 デュークが、深く納得したように呟く。そして『魔王』の下にまっすぐな線を引き、矢印の先端を魔王に向けて、反対側に『天龍』『英雄ルウォン』『ウィルダウ』と書き込んだ。

 レーチェルが沈鬱ちんうつな表情で座り直し、虚ろな瞳でそれを眺めている。


「……憶測だが。魔王の権能ちからを奪ったのは、天龍――レーチェルたち『天空人てんくうびと』が仕える天空神だ。当時、彼らの先鋒に立ったのが、英雄ルウォンとウィルダウ。その意図や経緯まではわからないが、魔王復活によって天龍は力を失い、天空の地は『天龍の加護』を失いかけている。……そういうことだな、レーチェル」


 天龍の巫女、と呼ばれていた少女は、本当にその通りだったのだ。驚きに言葉を失うセスの向かい側で彼女はしばらく沈黙していたが、やがてこくりと頷いた。

 両手を胸の前に組み合わせ、せつなげにため息を落として、レーチェルはおごそかな告白のように話しだす。


「実はわたくし昨夜デュークと話しまして、セステュ様と皆さまを天空の地へ招くつもりだったのです。神の祝福を宿した聖武器を得れば、魔王軍と戦う力になるでしょうし、封印石の能力を最大限に利用すれば、セステュ様の魂に害が及ばぬようウィルダウ様の力を引きだすことも可能かと……ですが」


 細く開いた双眸そうぼうに、涙の膜が張ってゆく。


「わたくしは何も知りませんでした。上位竜族に魔王の名をしておとしめ、権能ちからを奪ったのは、天龍様……わたくしたちの守護神だったのですね。であれば、天空をむしばむ呪いを解くすべはきっと……ありませんのでしょう」




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