二十一.銀竜と原初の火種
金属みたいな輝きを放つ銀髪にはゆるい癖がかかっていて、とんでもなく長かった。
前髪は腰ベルトに届きそうだし、後ろ髪はもっと長くて膝裏へ届くほど。それを首の後ろで一つに束ね、背側へ流している。
印象的な猫目はあざやかなブルーで、びっくりするほど綺麗な顔をしていた。短弓を手にしており、服装はシンプルな狩人スタイルに革製のロングブーツ。
耳は人間と同じで、翼や尻尾があるわけではなく、中性的で綺麗めな人間の少年――にしか見えない。
どの辺が竜なんだろうと考えながら観察していたので、つい返答を忘れていた。そうしている間に気分が落ち着いたらしいアルテーシアが、腕の中で身動ぎする。
腕の力をゆるめると少女はそろそろと腕を抜けだし、緊張している表情で銀色の少年を見あげて尋ねた。
「あの、もしかして、
「……ルシア、そういうところはおまえの悪い癖だ」
すかさずデュークに苦言を
「すみません……。あの、助けてくださってありがとうございました。セスさんがあのまま呑みこまれていたら、わたし……」
「おーぅ、いいってことさ。あれくらいオレ様には朝飯前、って言いたいけど、正直ギリ間に合ったって感じだったぜ。……おまえにとり
流し目のような視線をよこされ、なぜか心臓がどきりと跳ねる。性別のつかない色気に当てられた――のではなく、なぜかその瞳にすべてを見透かされた気がしたからだ。
もしかしたら、この感覚はウィルダウのものなのかもしれない。
「……まったくだ、セスも無茶をする。覚醒を急ぐなとあれほど……というほどは言っていないか。とにかく、無事でよかった」
「ぷきゅー、ぷーぷー! ふぃぃい!?」
一安心したら怒りもこみ上げてきたのか、デュークの苦言がセスにも向いた。
フィーサスも言いたいことがあるようで、彼の肩の上でポンポンと跳ねながら甲高く鳴いている。ごめん、と言おうとしたのに、その愛らしさについセスは吹きだしてしまった。
デュークの眉間のしわがぎゅっと深くなる。
「……真面目に聞け」
「ご、ごめん、なんかフィーサス可愛くて。もうこんな無茶はしないよ。ありがとう、デューク、フィーサス、ルシア。そして、改めましてオルウィさん、俺はセステュ・クリスタルと言います。
改めて名乗るセスに
「さっきルシアも言っていたが、……
その端的な問いかけに、オルウィは少し考えたようだった。腕を組み、眉を下げて、困ったような表情で口を開く。
「それが、さー……。オレ様は確かに予言の
そこで言葉を切り、彼は背後を振り返って軽く手を振った。何事、と注目するセスたちの目の前で、崩れかけた建物の陰から小柄な姿がひょこりと顔を出す。
大きな帽子を被った幼い少女、に見えるその人物は、オルウィの合図を確かめてうなずくと、小走りで側にやってきた。その姿にアルテーシアが息を飲み、セスも思わず全身を緊張させてしまう。
「コイツは、フィオ。そんなに警戒すんなって! 姿は同じでも、アイツとは別人だぜ」
「あの、はじめまして。ボクのことは……今は
性別不明の甘やかな声も。あざやかに燃える赤い両眼も。帽子の下からこぼれる真紅の髪も。別人と思えないほど、少女はさっきの火炎竜少年に
セスやアルテーシアの胸に警戒がよぎるのも無理ないとはいえ、当人が言うようにふたりが別人だと言うのはわかる。ラディオルと呼ばれた少年とフィオと名乗った少女は、まとう雰囲気がまるで別だからだ。
「……どういうことだ?」
デュークの問いにオルウィは、腕を組んで目を閉じて、考えるように首を傾ける。しばしそうして思い悩んだあと、重いため息が彼の口から吐きだされた。
「やっぱさ、オレがしくったんだろなー。実はさ、フィオは、
「その予言を書いたのは、昔のボクらしいんです。でも、ボク全然それを覚えてなくって、なにを読んでも意味がわからなくって」
「よーく考えれば、アイツの記憶はオレが引き受けたんだから、そりゃ当然……で。なのにオレってば
「だからボクたち、世界をめぐりながら記憶集めをしていたんです」
交互に話された事情にわかりにくい言葉はなかった。なのに、さっぱり意味がわからない。精霊竜を造ったとか、
何と答えたものか思いつかず、セスはアルテーシアと顔を見合わせた。デュークは顎に手を添えしばし黙考していたが、やがて顔をあげオルウィに聞き返す。
「……つまりおまえたちは、人間のような姿をしているが人間ではない、と。オルウィは約束の竜、フィオは精霊竜、という種族なのか?」
「んー、
ああなるほど、とセスは納得したが、隣のアルテーシアは息を飲んだようだった。
「上位竜族って、世界を造ったと言われる、あの。本当に存在していたんですか……!」
「……だからルシア、そういうところだぞ」
「あっ、すみません!」
すかさずデュークから突っ込みが入り、アルテーシアは両手で口を覆う。何のことか良くわかっていないセスはそんな彼女にそっと顔を寄せ、ささやき声で尋ねてみた。
「ルシア、上位竜族って、竜人とは違うの?」
一般的に、魔法は生まれ持った素質によって扱える系統が決まる。神話によれば世界を造ったのは強大な炎の竜だとされており、世界に満ちる魔法エネルギーはその
普段からデュークが使いまくるため感覚が
そもそも『原初の魔法』は人の身には強すぎる力とされ、身体のほうが威力に耐えきれず短命になるのだという。生まれながらに魔法の素質に恵まれた者は神話にちなんで『竜人』と呼ばれることがあるが、本質的には人間だ。
アルテーシアはこくりと頷き、上目づかいでセスへ視線を向ける。
「はい。竜人は『原初の魔法を扱える人間』のことですが、上位竜族はそうではありません。永遠の寿命を持ち、無限の魔法力を持つ、神々より上位の世界を造った存在とされています」
「世界を、造った……?」
スケールが大きすぎて理解が難しいけれど、つまり神話上の存在だということだろうか。
セスはもう一度、目の前の二人をしげしげと観察する。綺麗な顔立ちをしていて髪色が作りものめいていること意外に、人間と大きく違う部分は見つけられなかった。
「本当に……?」
疑うつもりではないが、なんだか信じられなくて、セスはついそう口にしてしまう。途端にオルウィが、細い眉と青い猫目をきゅーっとつり上げて腰に手を当てた。
「なんだよ、嘘じゃないぜ」
「いや……でも、だってさ」
世界を造ったとか。
自分と年齢が変わらなくて口調も雑な、この少年が。
神話的な存在って、もっと神秘的で尊さがあって高貴さを感じさせる喋り方をするものじゃないんだろうか――たとえばレーチェルのように。
「ふぅん、……じゃーさ。オレ様の
言うなり、オルウィの身体が銀の光を放った。え、と聞き返す隙もなく、長身
予想外すぎて絶句するしかない。隣のフィオが慌てたように両手をバタバタさせて叫ぶ。
「ちょっと、オルウィっ! だれかに見られちゃうよ!?」
「ここなら魔王の拠点と離れてんだし、構わねーって! いっくぜー!」
行くって、どこへ。ちょっと待って。――そんな言葉が脳内で高速回転するが、何ひとつ口から出てこない。
竜の姿になったオルウィが首をひと振りすれば、セスの身体が何の予告もなくふわりと浮きあがる。その真下へ銀の身体を滑り込ませ、オルウィはキラキラ輝く皮膜の翼を広げた。
ばさりと耳を打つ、翼の音。
胃のあたりにきゅうと圧がかかり、セスは直感的に危険を感じて竜の首部分にしがみつく。直後、銀の竜は翼を広げたまま急上昇した。
「う、わぁぁあぁぁー――!?」
「セスさん!」
せいぜい大きめの馬くらいの竜なのに重くないのか、銀竜はセスを背に乗せて悠々と夜空を
耳の横でごうごうと風がうなる。眼下に見る景色は夜闇に沈んでいたが、それでもかなりの高度だとわかるほど、小さい。風圧で髪があおられ引っ張られているみたいだ。
さっきの火炎竜ほど巨大なら安定感があって恐怖も薄らいだかもしれない。だが騎馬サイズでは今にも滑り落ちてしまいそうで、怖い、怖すぎる。
「ちょ、……オルウィ、ごめんっ……! 謝るから、降ろして……!」
「へへん、思い知ったか! これに
「わかったっ、わかったからっ」
さらに二周ほど回ってから、銀竜は翼を弓形にして降下態勢に入ってくれた。
建物の向こうからシャルとレーチェル、いく人かの町人が走ってくるのが、空から見えたから、もうすぐ到着するだろう。
なんて説明しようか……と半分現実逃避で考えるも、思考がまとまるはずなかった。
地面に降りて竜の背から滑り落ちた途端に気力も体力も尽き果て、座り込む。蒼ざめた顔のアルテーシアが駆け寄ってきた。
「大丈夫ですかっ、セスさん!」
「お、落ちるかと思った……」
「なんだよー、
けろりと言うオルウィを、アルテーシアはきっと睨んで言い返す。
「
「……ルシアの言う通りだ。それと、これはもう言い飽きた気がするが……私がそう思っているだけかもしれない、が。……おまえたち、いい加減にな。人の話はちゃんと聞け。話の腰を、折るな」
うんざりしたようなデュークの苦言が、夜風に吹き散らかされていく。その風に乗って、犬たちの吠え声が遠くからだんだん近づいてくるのが聞こえた。フィオが帽子を深く被りなおし、物陰へと駆けて姿を隠す。
悪夢のような混乱からようやく現実に帰ってこれたんだと、セスの中に実感が湧いてきた瞬間だった。
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先回(本編二十話、幕間二)までのキャラ解説ページを作りました。
気になる方はご覧ください。
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