十六.英雄の盟友


 ゆるやかながらも荷馬車は順調に進み、やがて目的の町へたどり着いた。

 町内と周辺地域の治安管理をしているのは自警団だということなので、事情を説明して荷馬車と持ち主を引き渡す。

 あとは彼らのほうで、医者の手配や今後の援助をしてくれるだろう。


「アイツらに襲われた人、他にもいるんだってさ。腹立つよなー!」

「……以前はそんなことなかったんだが、近隣に盗賊団でも住み着いたか」


 シャルとデュークは自警団詰所で聞いた噂を話していて、アルテーシアはレーチェルを気にしているようだ。彼女は馬車の持ち主へのお礼とお見舞いに、と金貨数枚を渡したあと、しれっとセスたちの輪に加わって、今も澄まし顔でセスの隣にいる。

 同年代くらいの女子が加わったことを喜ぶだろうと思ったアルテーシアが、レーチェルに近づこうとしないのがセスは気になった。


「被害が続いているならハスティーで調査するだろうけど、今は戦争の危険もあるからどうかな。ここの町の自警団で対処できる規模ならいいんだけど」

「重症者はいても死者は出てないそうなので、国が動くのには被害が弱いかもしれません。……平時ならともかく、今は」


 セスの振りにすぐ返してくれるところ、馬車に酔って具合が悪くなったというのでもないようだし。

 内心で首を傾げつつ、ここからの方針を決めようとセスがデュークを振り返ったとき。レーチェルがこれ見よがしのため息をついて、セスの腕に自分の腕を絡めてきた。


「そんなことより、セステュ様。貴方には覚醒の儀式が必要ですの。……急ぎ、帝国領へと向かいましょう?」

「え? 覚醒の儀式って何?」

「貴方のうちに眠るウィルダウ様の魂を目覚めさせる、儀式のことですわ」


 言われたことをすぐには理解できず、セスは言葉に詰まってレーチェルを見返す。

 デュークが小さく舌打ちし、シャルがきょとんと聞き返した。


「誰だよ、それ」

「貴方のようにわずかな魔力すら持たない者に説明したところで、理解できるとは思えませんが――」

「は? ケンカ売ってんのか」

「わたくしは現実を述べているだけですわ。んっと……そうですね、わかりやすく言いますと、セステュ様はその身に『英雄の盟友たる魔法使いの魂』をとどめておられるのです」


 ほんのり嫌味を込めつつもレーチェルの説明はよどみなく告げられ、その内容に驚いたのか、シャルは言い返すのも忘れて目を丸くする。

 セスとしては、我が事ながら「ちょっと待って」という気分だ。


「レーチェル、なんで君にそんなことがわかるんだよ」

「根拠については車の中で話しましたわ。セステュ様だって、心当たりがおありでしょう?」

「いや、そうだけど……って、いうか、心当たりって何だよ」


 自分の中に得体の知れない誰かがいる。それは、間違いない。

 けれど、祖父からも、家族からも、今まで学んだ歴史からだって、英雄の盟友とかいう人物について聞いたことはなかった。


「レーチェルさん、でしたか。貴方はどの伝承を根拠として、英雄ルウォンに盟友がいたと仰るんですか?」


 アルテーシアが硬い表情のまま、尋ね返す。彼女の父は伝承者バルドだと言っていたから、レーチェルが言わんとしていることを理解できているのかもしれない。

 紺碧こんぺき双眸そうぼうを少し細め、レーチェルは冷めた声音を返した。


「どの、……って。貴女は吟遊詩人でありながら、魔王討伐の英雄譚サーガをご存知ないのですか。『天よりきたりし黄金のいかづち、地に光を投じ、聖なるつるぎに火種をともす。降りたちし銀の風、燃ゆる剣の舞い、凍れるくさびを打ち砕き、新たな世をもたらす』というものですわ」


 アルテーシアは眉を寄せて考え込んでしまったが、聞かされた文節に覚えのある言葉を見つけてしまい、セスの胸は騒ぎたった。

 それはシャルも同じのようで、大きく開いた目をパチクリさせたあと、声をあげる。


「銀の風!? それってセしゅぶふッ」

「おまえはいつも声がでかい。……セス、アルテーシア、レーチェルも、場所を変えるぞ。ここは、目だちすぎる」


 シャルの口をふさいで押さえ込んだデュークが珍しく早口で言った。ジタバタするシャルを見て二匹の犬が吠えだし、都合よく会話をかき消してくれている。

 もちろんセスに異論はない。アルテーシアも黙って同意し、レーチェルは少し不満そうだったが、それでも素直に頷いたので、五人と四匹は商店街のほうへ移動することにしたのだった。





 休憩所も兼ねた食堂に入って会食用の個室を借り、簡単な軽食を頼む。

 思わぬ寄り道になったため、野宿を視野に入れつつ出発するか、今夜はここで一泊するかも考えなくてはいけない。レーチェルのことだって、同行するにせよ断るにせよ、まだそういう話もできていないのだ。

 揚げた肉や焼いた魚、果物の盛り合わせなんかを適当に頼み、果汁のジュースとお茶も出してもらう。犬たちと仔狼には味のついていない肉を入れてもらって、それぞれつまみながら話すことにする。


「それで……改めて聞かせて欲しいんだけど。レーチェルは、どこから来て、どこへいく予定だったの?」


 ひと通り自己紹介を終えたあとで、緊張をにじませセスが尋ねれば、レーチェルは紅茶で喉を潤してから口を開いた。


「わたくしは、天空連山てんくうれんざんふもとにある神聖領域の神殿に仕える神官なのです。神託により、魔王を討つための鍵を探す使命を受け、エルデ・ラオへと向かっておりました」

「天空連山の神聖領域……? 帝国の支配下にはない、ということか?」


 デュークもセスと同じ部分に引っ掛かりを覚えたようだ。

 天空連山とは、輝帝国の北方にそびえる険しい山岳地帯の名称だ。麓には針葉樹林が広がっているが、寒さの厳しい地域に加えて岩盤主体の高地でもあるため、人が住んでいるという話は聞いたことがない。

 地図上では帝国領内だが、もし仮に人の住む地域があったとしても、把握できていない以上、帝国の領民とはいえないだろう。

 レーチェルはデュークの問いには曖昧あいまいに微笑み返し、話を続けた。


「神託によれば、魔王を滅ぼすには『銀の風』による加護が必要です。エルデ・ラオ陥落の報を受け、輝帝国とハスティー王国は魔王軍の迎撃準備をしているようですが、人の手に魔王は強大すぎる邪悪。ゆえに、加護と導きが必要です」

「それ、その、銀の風! レーチェルは何のことか知ってんのか?」

「もちろん、知っておりますわ」


 話題に食いついたもののシャルは怪訝けげんそうな表情だし、アルテーシアは今も硬い表情で話を聞いている。

 レーチェルは二人の反応を見て憂鬱ゆううつそうに眉をひそめたが、気を取り直すようにセスへと目を向け、言った。


「伝承において、黄金のいかづちはわたくしたちが仕える天の神、聖なる剣は英雄ルウォン、火種が魔法の力であり、それを地上にもたらした銀の風が英雄の盟友ウィルダウ様なのです。天空の神が与えた魔法の力によりくさびであらわされる魔王は砕かれ、世界は新たな時代を迎えたのですわ」

「……それは、その神聖領域とやらに伝わっている伝承なのか?」


 セスがレーチェルの並べた解釈を理解しようと頑張っている間に、デュークが口を開いて彼女に質問した。

 アルテーシアがいつもの手帳を開き、何かを書きつけているのが少し気になる。


「え、……もしかしてじょ、いえ、帝国領では、この伝承が伝わっていないのですか?」

「伝わっていないな。それも、五百年前から」

「なんですって? もう……これだから、地上人は」


 最後のほうは独り言のようで聞き取れなかったが、彼女は怒っているようだ。シャルが眉を下げて椅子を引き、下の三匹に肉を与えはじめる。

 居心地の悪い沈黙を破ったのは、アルテーシアの発言だった。


「レーチェルさん、あなたはセスさん……というか、セスさんの内にある盟友の方を『銀の風』と解釈しておられるのですね」

「解釈? ええ、吟遊詩人の言い方に合わせるならば。聞いたところによりますと、輝帝国には今、英雄ルウォンの名を継いだ『皇太子ルウォン』がいらっしゃるとか。魔王討伐軍にウィルダウ様が加われば、対魔王戦線の士気もあがるというものでしょう?」


 輝帝国の皇太子が歴史の英雄から名をいただいたというのは有名な話だ。現在二十一歳の彼なら、対魔王戦役の旗印として若すぎるということもないだろうけど。

 しかし……以前アルテーシアに聞いた古代叙事詩レジェンドサーガから、そんな血生臭い印象を受けはしなかったように思う。


 はたして吟遊詩人の少女は、レーチェルの説明を聞いて少し考えたようだった。手帳を閉じ、すぅと息を吸って、柔らかくうたうような声音が古代叙事詩レジェンドサーガそらんじる。


「『黄金さす大地に銀の夢がくだりしとき、はじまりの火種は叡智えいちをとりもどす。いにしえよりの約束は満ち、星はふたたびその力を大地にしらしめる』。わたしの知る世界再生の物語です。予言の一種とも考えられているこの物語は、レーチェルさんのところに伝わっていませんか?」

「それは……予言ではありませんわ。それこそが魔王討伐をんだ歌であり、わかりやすく解釈したのがわたくしの述べた文節です。なるほど、こちらでは古い歌詞のまま……伝わっていたということですのね」


 無言のまま、アルテーシアの眉がくっとつりあがる。どうやら、二人の解釈はまったく食い違っているようだ。

 シャルはすでに席を離れてシッポと遊んでいるし、どちらの伝承も知らないセスでは、こんなとき何を言うべきかがわからない。

 険悪に張りつめた空気を察したのか、フィーサスの口にスライスリンゴを詰め込んでいたデュークがふいに顔を上げ、発言した。


「どちらにしても、儀式とやらを急がないことだ。私が知っているウィルダウは、おまえが想像しているような高潔な人物ではない……十分な制御ができない状態で目覚めさせるのは、危険だ」

「え、デュークはウィルダウって人を知ってるの?」

「……まあな」


 驚くセスと、険しい目で睨むレーチェルを見返し、デュークは薄く笑んで答える。


「本当は、神殿かどこかで裏付けを取ってから話したかったんだが……仕方ないか。ウィルダウは、闇の魔将軍でありながら魔王を裏切り、人の側についた魔導士だ。英雄の盟友という二つ名も、まあ、間違いではないな」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る