幕間4 漆黒
黒騎士ーゲルダットはかつてグレイヴ王国に籍を置いていた。
純白の騎士ウルドと双璧をなす漆黒の騎士として騎士団では知らぬ者はいなかった。
皆を守る力が欲しいと鍛錬を重ねるウルドのそれとは異なり、ゲルダットの瞳には常にどこか暗い炎が揺れていた。それを隠すように日々訓練が終わった後も1人暗がりで修練していることも少なくなかった。
ウルドは時折何となくそれが気がかりで危うさを感じ、2人で特訓をしたり城下町での食事に誘ったりしていた。
ゲルダットは何時も無愛想で寡黙だが、ウルドに誘われると仕方なくといった様子でいつも連れ回された。
ある日ウルドは酒の席で何の気なしに尋ねてみた。
「なぁ、お前って何考えてるのか分からないけどよ、実際なんのためにそこまで研鑽するんだ?」
「ふん。貴様に話すまでもない。ただ見返したかっただけだ」
「誰をさ」
「なんでもない、話しすぎたな……ふっ……貴様はいつもずけずけとこちらに土足で踏み込むな。いっそ潔いわ」
その話はそこで流れ、あとは取りとめのない話、あの兵士はなかなか見込みがありそうだ、とか太刀筋がどうのとか、重心がどうのとか兵士としての意見をお互いに話していた。
(本当に、なぜかこいつといると調子が狂うな……)
◇◇◇
ゲルダットの父親は一家の昔からの上院議員を継いでいた。母親は貴族で政略結婚に使われただけだった。父は仕事でストレスを溜め込んでは酒を飲み母に当たっては暴言や暴力を働き、挙句の果てにはゲルダット本人にも手を上げるようになった。それでも母は我が子を庇おうと自分が犠牲になるようにしてくれた。
そのうちゲルダットは幼ながらに父のいる時間は部屋に逃げ込むのを覚え出す。下の階で大きな物音や父の怒号が聞こえるが、それも耳を塞いで布団にくるまれば逃げられる。
そうやってゲルダットが13歳を超えた頃だろうか。母が自死した。最初にそれを見つけたのはゲルダットだった。
父は日頃から夜遅くにならないと帰ってこない。
いつもは起こされる時間になっても母が来ないのでこれ幸いと二度寝をしてふと気付いた時には陽が陰って来るところだった。
それに流石に訝しげに思い自室から台所へと向かおうとしたところだった。母は階段の上から手すりにカーテンを結って首をつっていた。いつも守ってくれていた母の面影は微塵も無く、目は見開かれ舌は飛び出して涎が滴り落ち、顔は青白さと紫が混じったような色をし、下半身は糞尿で塗れて流れ落ち独特の臭いを放っていた。
ゲルダットは幼ながらに母を助けねばと首に懸かる布を解こうとしたが、思った以上にしっかり結ばれていることと、母自身の重みでそれも叶わなかった。むしろその状態で動かしたために汚物が下の階に余計に飛び散っただけだった。涙が溢れ出て止まらなかった。手が震えて、足に力が入らなくて、後ずさりながら部屋にこもって布団を頭まで被ってガタガタと震えながら荒くなる呼吸を抑えることで精一杯だった。
そうしている内にふと枕の下に何か紙の切れ端のようなものがあることに偶然気がついた。ひと目でわかった。母の筆跡だと。
ゲルダットへ。私は耐えることが出来なくなったので先にいきます。もうあの人の暴悪に耐えるだけの心が残っていません。なによりお前の存在が1番許せない。守られるだけで何も知らない瞳でこちらを見てくるのに耐えられない。私がどれだけ苦労してるのかも分からず、ただ部屋に逃げるだけで済むお前が憎い。私が死んだ後どうなるかなんて知らない。お前と同じようにただ逃げるためだけに死にます。でも、だから、私の分まで苦労して生きろ。
そう綴られていた。
行を追うごとに強まる筆圧に、込められた意志の強さに否が応でも感じさせられる。母の本心をその時初めて知り、自分が勝手に抱いていた優しくて守ってくれる愛しい母の幻想が碎ける音が聞こえた。
その後父が帰って来て悲鳴を上げるのが伺えた。その頃にはもうゲルダットの顔に涙はなかった。ただ虚無感で何かが麻痺したのか、なんの感情も生まれなかった。
程なくして父が部屋に来るが、何を言っているのか分からない。何やら怒っているようだが自分の脳には届かない。
やがて諦めたようにして部屋を出た父はそのまま家を出て、何人かの部下を引連れて戻ってくる音がした。
少しばかり気になって扉の隙間から覗くと、父は一言片付けろ、と言って1階の自室に戻り、後は部下達が汚物を扱うように母親だったものを転がして袋に包んで持っていった。
あとに残ったのは誰かの重みで少しひしゃげた様な階段の手すりだけだった。
それから父の鬱憤の矛先はゲルダットに向かうことになる。誰に頼ることも出来ず、幼い頃からそうしていたようになすがままに、無感情に責め苛まられる。
ただひとつ変わったのは父のいない時間を縫って独学で身体を鍛え出したことだった。これは父からの体罰に耐えるために必要だと思ったからだ。
だが16を迎えた頃、転機が訪れた。
街で買い出しをしていた時、偶然掲示板に衛兵募集の張り紙が貼られていることに気がついた。気になったのはその下の文にこう続けられていたことだ。宿舎有り、訓練生は泊まり込みで励む事に限る。
ゲルダットは直ぐに申し込み手続きを行い、次の日の昼間には面接と体力測定を終えた。
結果は、適正と判断された。
それからは家から解放されたため、ひたすら修行にのめり込める日々だった。
常に今よりも強くならねば。いつか必ず父親を見返して手出しができない程の力を得なければ。いつか母親が放り投げた責任を跳ね飛ばす程の強さを手に入れなければ。その想いがゲルダットを突き動かし続けた。
そんな中でも同じ年に入隊して何度も無駄に話しかけてくる者がいた。何が楽しいのか分からないがいつも溌剌としてこちらを巻き込んでくる。
いつの間にか彼といるのが普通になってきていた。仲間内でもゲルダットと対等に話せるのはウルドだけだ、などと言われていた。
やがてウルドは純白の軍神と、ゲルダットは漆黒の悪魔と呼ばれるようになり、どちらも一騎当千のその力は隊からも信頼されていた。
そして6年後、若くして軍神は正規の王国上級騎士に、悪魔はその静かで冷酷な太刀筋から王家直属の暗殺部隊の上級兵士になった。
それから2人はあまり多くの接点はないながらも、偶に顔を合わせる時に挨拶と、時間が合った際は食事に行くなどしていた。
そんなゲルダットの人生を再び大きく変えたのはまたもや父の仕業だった。
父は家族にも、民にも話さずに秘密裏に禁術や人体実験に手を出している上院に属しており、その院自体が暴かれて親族諸共に王都から追放を言い渡されたのだ。
それはゲルダットも例外ではなく、父と共に王都を離れた。だが目論見通り、父にはもう、強くなり過ぎたゲルダットを抑制など出来ようもなかった。
それを機に父との縁を切り、依頼を受けてはそれを淡々とこなす傭兵業を始めて日銭を稼いだ。
ゲルダットのその力量は裏社会でも徐々に頭角を現し、遂には同じく王都から追放された者の集団からの傭兵依頼が来たのだ。
傭兵が、その依頼者と理由に踏み込むことは禁忌だ。だが少しばかりの親近感と情をもって受領した。しかし待ち受けていたのは謎の儀式の準備と胡散臭い男、そしてどこからが連れてこられたいくつかの麻袋に詰められた人のようなものだった。
ゲルダットは直ぐに察した。あぁ、こいつは張本人の側か、と。
しかし1度受けた依頼を途中破棄することは傭兵の経歴に傷がつく。
だからそうやっていつもするように、自分の意思を殺してただ淡々と、いつ来るかわからない敵に意識を集中させた。
2度目の世界は貴女と共に。〜転生したら目の前で美少女が飛び降りようとしてました〜 yo-gu @yo-gu
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