17 孤軍奪還ー共闘
焦りと不安、自責の念と全力の走行で美咲はこの世界に来て初めて汗が額をぬらし、気味悪く脇へ伝うのを感じた。
(はぁはぁ……くっそ……私が調子に乗って油断してたからだ……2人から少しでも目を離した私のせいだ)
程なくして外れにある鬱蒼と茂った森林が目に入る。美咲は最大限集中しつつも全速力でその中を駆け抜ける。
常人なら葉が、枝がその身体を傷付けようとも、幹にぶつかって打撲するようなものでも美咲には関係なかった。
しかし例えそれらの耐性が無くとも無我夢中で突進していた。
そうして全方位を集中して探っていた美咲の探知に何人もの気配が引っかかった。
そこは森の中でも倒木や積もった枯葉で足場と視界が悪く、その先にも大きな岩があるだけの場所だった。
しかしこの先の気配を知る美咲にはこれがただの岩ではないことが解る。おそらく特殊な術式などで認識阻害または擬態をしているのだろう。
「っく……はぁ、はぁ……ミュール……お願い……無事でいて」
細心の注意を払ってその端に手を添える。思っていた岩の場所をすり抜けたので思わず少し前のめりになったところで何かに手が触れた。
(びっくりした……これ岩じゃなくて幻か……本命はこの金属っぽい何かか。扉なんだろうけど身体を拘束する術式とか付けられてたりしたら面倒だな)
「よし、面倒臭い。時間もないしぶっ壊そう」
そう直ぐに結論づけた美咲は軽く右足を後ろへ引き、大きく右腕を引き絞り、前方の障害物へ全力で力を解放した。
ーーガゴンッ
大きな衝撃とともに思い何かが倒れて吹き飛ぶ音が響いた。
(どうせ今ので気付かれたでしょ、なら関係ない。全力で突破してミュール達の所に行くだけだ)
アジトの中は曲がりくねったり枝分かれしている路がいくつもあった。だが美咲の思った通りその中では奥にいた気配がこちら側へ集まってきているのがわかった。だからこそ、美咲にしか出来ない芸当でその気配の方を選んで最短ルートで目的地に到着した。
そこには森の中にあったとは思えないほど広い空間が広がっており、駆け出た美咲を前後左右は元より、段差になった上層部分から目指できる範囲でも何十人もの敵が待ち構えていた。文字通り全方位から迎撃される形になった。
そんなもの美咲だって解っている。だがここを越えなければ彼女に辿り着けないことも解っている。
(さて、ここが正念場だね)
「……ふぅ……っ!」
駆け出す美咲、兵が一斉に数多の武器を持って寄ってくる。ヒーローもののように1人ずつ戦ってくれやしない。集団が全力で潰そうと襲いかかってくる。
前方の敵に、視界の端に、背後に、上空からの弓矢の1本1本に全神経を集中させる。
手合わせして直ぐに、ザラールで戦った男よりは劣るもののその1人1人が手練であると理解した。
(これは……ちょっとやばいかも……大人数の戦闘なんてやったことないから感覚だけでどうにか躱しつつ目の前の敵を少数に絞って戦ってるけど……)
「……っ!」
前方の敵をミュールの短剣を振り下ろして切り倒した瞬間を狙って右前からその敵を足蹴にして剣による斬撃が飛んでくる。
当然の如く右肩を前に向けて腕を振り下ろしている美咲はそちらが無防備になり対応が遅れた。
咄嗟に今ここで利き腕を失う訳にはいかないと左手で庇いそちらの手は捨てたものとして、勝機を見出した背後の敵からの刺突を右手の短剣で受け流した。
さらに左後ろからバックラーで押し倒そうと迫る的に左腕で殴りつけて対応したところで気が付いた。
(ん?……左手がある……確かに切り付けられた所に深めの傷はあるけど繋がってはいる……またなんか
しかしそれで何かが急激に変わる訳では無い。むしろここまで耐えた美咲に敵が本気でかかるべきだと判断しさらに攻撃が激しくなる。身体中傷だらけだがそんなことを考えている余裕が無い。
戦闘慣れしていない美咲は徐々に個々の対応にズレが生じ始める。そのズレは少しずつ重なり大きな隙になる。
仲間の攻撃の隙を縫って放たれた弓矢を後方へ飛び退いて避け、左からの刺突をそのまま左手で掴み、右からの棍棒を短剣で防ぎ、振り抜かれる大剣を頭を屈めて躱す。だがその次の大盾の吹き飛ばしに対応できなかった。衝撃は無いが力ずくで大きく身体ごと吹き飛ばされた。
この一連の流れで入口付近まで大きく後退させられた美咲は焦る。
(こんなのどうすりゃいいんだよッ!この騒ぎに気付いて敵が急いでミュールになにかするかもしれない……どうにか突破口をーー)
「っ…まずい」
美咲の後方に敵がいないことから弓兵の攻撃が一斉に放たれる。仮に身体が痺れるような毒が塗布されてないとも限らない。この状況下ではその1本ずつが美咲の死を意味する。
「……くそッ」
(私はこんな所で負けちゃいけない、死んじゃいけない、あの子の元に行かなきゃいけない。
たとえそう決心しても、覚悟を決めても、全意識を集中しようとも、今の美咲にその幾多の矢を全て防ぎきるなんて芸当到底できない。
美咲本人だってそんなことは知っている。それでもやらなきゃならない。この場においてミュール達を救えるのは自分しかいないのだから。
(出来る出来ないじゃない。やるんだ自分)
その矢に全集中していた美咲に次の驚きの光景に目を疑った。
目の前の矢が全てその軌道を変えてあらぬ方向に突き刺さったのだ。
白と黒を基調とした服を風にたなびかせて背後から何者かが現れる。
「お前がミサキですか。なんのためにミュール様を追うのかは分かりませんが助けようという気概は感じます。
この数相手にこれだけ凌ぎ切ったのを見ると確かに腕はあるようですね。及第点です。背中は預けます」
「いや、あんた誰……っとそんな暇無いか……任せてッ」
上空からの弓撃はジゼットが風魔法で防ぎ、その背後を狙う敵は美咲が全て防ぐ。
そうして疲弊している兵から徐々に倒れていきやがてその数は片手で数えられるだけになり、それもいなくなった。
「……ふむ」
「待って、まだくるよ」
広場の先の暗がりからゆっくりと歩み出る者がいる。
傍目に見ても強者だと解る出立ちで漆黒の甲冑を全身に纏い、2本の大剣を軽々と両手に持って構えている。
ジゼットは先手を打って風魔法で黒騎士に風切りを放つがその鎧に当たると同時にそれは掻き消えた。
「……はぁ……面倒な」
「え、あんたの魔法みたいなのも効かないってこと?」
「恐らく」
「でもやるしかないよね」
2人は近づいてくる黒騎士に構える。
「私が出たということは既に貴様らの闘う意味などない。もう
ーーーーーーーッ
直後黒騎士の背後で劈くような声にならない女性の叫び声が響く。だがそれが美咲には解ってしまう。
「っ!お前らスゥさんに何をしたッ!」
「貴様が知ったとて意味など無いだろう。それに貴様の愛しの王女様もいずれ同じ運命にあるだけだ。スゥとやらはその実験に過ぎんのだろう」
「何したかって聞いてんだよッ!」
「待ちなさい!」
ジゼットの制止も振り切り美咲は駆け出す。そのまま凄まじい勢いで突進し、防御など構いもせず猛激を加えていく。
しかし、その全てを億劫そうに振られる大剣によって防がれる。
やがて煩わしげに大剣が横に薙ぐ。美咲は短剣でそれを受け止めるが力の差が著しく受け流しきれず、その隙にもう一方の大剣が美咲を一刀すべく振り下ろされる。
キィンという甲高い風切り音を鳴らしながら両手に風を纏ったジゼットがそれを防ぐ。
一旦攻撃が止んだその隙に2人は1度黒騎士から距離を取る。
「待てと言ったはずですが」
「私の仲間が、ミュールが危険なのに待てる訳が無いでしょうがッ」
「焦ったとて勝てる相手ではありません」
「そんなの今ので分かったよ……だからってどうするのさ!」
「安心なさい。それならーー」
「ーー我が主が討ち滅ぼすでしょう」
美咲の後方で純白の甲冑を鳴らしながら長身の男性が現れる。
(いつから居た?……なんで気づけなかった……?敵か?今挟まれたらそれこそ、もう……)
「ジゼット、お前が何故ここに居るかは後で問う。それとそこなお前、ジゼットが背中を任すということは信用足りうる者なのだろう。ならば後は任せろ。先へ行け。そいつは私が相手をしなければならない奴だ」
突如として現れた白い騎士に美咲が戸惑う間もなくジゼットが答える。
「承知致しました」
「えっ、いやいやあのおじさんだれなのよ」
「我が主が行けと言ったのです。速やかに従いなさい」
半ば強引にジゼットに後押しされ黒騎士を迂回するように駆け出す2人。
「そう簡単にさせるか」
黒騎士が素早い動きで追い付いて大剣を振るう。が、それよりも早く2人の前に躍り出たウルドが大盾で防ぎ、もう片方の両刃剣で反撃に出ていた。黒騎士はそれをもう片方の大剣で受け流す。
「「……」」
2人は1度距離を取った。
「どこに行ったかと思えば、お前はこんな所で何をしている」
「貴様に何が分かる。ここで切り捨てて見せようぞ」
白と黒の残像が揺れ動き、広場には鋭い剣戟音が鳴り響く。
人知れず火蓋を切った因縁の戦いだが、暫く決着のつくことは無かった。
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