幕間3 長と追走

兵士に志願して初級訓練を受けてから10年ほど経ち、既にウルドは兵士長になる前から他の兵士より抜きん出て武力に優れていた。

兵士との戦闘訓練では無敗を誇る程の才能を持ち合わせており、王都近辺に出現した魔物の討伐依頼では一騎当千、獅子奮迅の戦いをして仲間内ではその出で立ちから純白の軍神などと呼ばれていた程だ。


故にウルドが初級兵士から上級兵士へと、更には兵士長に上り詰めるのは必然であった。


その鍛え上げられた筋力で左手に大盾、右手に両刃剣を携え攻防共に優れた戦力を誇っていたウルドだが、その力に驕ることなく常に鍛錬を欠かさなかった。

その為、日を追うごとに名声と注目は増していき、当時の女王ミネアの母の目にも明らかに止まることになった。


この国の在り方からしても強い者が女王の婿になるのが通例であり、その例に漏れずウルドもミネアの夫となった。

ただし2人はただ、国のために婚約したわけではなかった。

ウルドはミネアの聡明な頭脳や判断力、民を思う気持ちに。

ミネアはウルドの人を守るために鍛えた類まれなる力と技術、それをふるう者としての責任感や本義を失わない意志の強さに。

互いに惚れ込んで結ばれたのだ。


それぞれが信頼し、尊敬し合うその有り様は国自体にも影響しているのかもしれない。

あの方達なら安心出来る、我々を正しく導いて良い国にしてくれるだろうと、民の誰もが思っているのだ。


そんな2人は3人の子宝に恵まれることになる。長女のセシルは母の血を濃く受け継ぎ賢く冷静で、次女のミュールは感受性豊かでありつつ父のように大志と向上心をその胸に秘めていた。三女のエリスはまだ花開いてはいないが、活発さと常々その聡さの片鱗を見せていた。

そんな3人の王女は互いに尊重し合ってその個性の葉を伸ばして成長していく。

だが、ミネアとウルドにとって想像だにしないことが起こる。長女のセシルが病で亡くなったのだ。


このことは親である2人を強く動揺させた。しかし、それでも国の長たる2人はそれらの感情を抑え込み施政に当たらなければならなかった。だからそんな悲哀と忙殺に追われたミネアがミュールについ漏らしてしまった一言がどれだけ彼女を追い詰めたのかにも気が付けなかった。

セシルなら出来たのにこんなことも出来ないのかと、そう言ってしまった。1度零れ出た言葉はすくいあげることは出来ない。


そうやってミュールは1人暗鬱な決意を固めるに至たり、そこでとある奇跡的な出会いをするのだ。


そんなことなど梅雨知らず、ウルドとミネアはミュールが強引に攫われたと判断し、もう二度と愛娘を失うまいと奔走するのであった。


ウルドは王都の優秀な馬に乗じた指折りの騎馬隊を十数名引き連れてキナラ村に到着した。村はちょっとした騒ぎになり、慌てて村長と思わしき老人が駆け寄ってきた。


「これはこれはウルド王様!もしやご息女をお探しでは」


開口一番にそう言う妙に察しの良い老人に疑問を抱きウルドは尋ねる。


「何故それを知っている?」


すると老人が答えた。


「いえ、先日も同じ要件でこの村を訪れた方がいらっしゃったもので……」


それを聞いて自分以外にも王女が攫われたことを知る何者かの存在を怪しみ、直ぐに向かわねばと感じた。


「なんだと……してその者はどこへ向かった?」


「ザラールの街でございます」


「あい分かった。礼を言う。では皆の者!往くぞ!」


騎馬隊は4日程かけてザラールへ着いた。そこでも騒ぎになったのだが、それに乗じて現れたある男から王女の場所を聞いた。

その腕を見て何かを察したウルドはその場で討ち取るかと考えたが、協力的なその様子にひとまずは鞘に収めて見送った。


伝え聞いた場所へ向かう道中ウルドは気がかりなことがあった。

そこへ向かう足跡があることには気がついたのだが、一方は一歩一歩の歩幅が異様に広い。もう片方はその跡が掻き消えるように風でぼやけているようだ。


なにやら不穏な気配を感じ取り、部下を慮り、騎馬隊より抜きん出て速い愛馬をいななかせて一人偵察へ向かった。


その場所は森の奥にあり、入口は隠されていたらしいが今は無惨にも明らかになっている。

ウルドは愛馬をそこから離して降り、どこか騒がしい中の様子に兵士としての勘で駆けつけるべきだと判断したのだった。


◇◇◇


ジゼットは文字通り風のような速さで目的のキナラ村へ到着した。草と土の匂いに少し辺りを見渡す。


(豊かな土壌と上物の家畜や作物、そして何より生き生きとした人々……良い村ですね)


ジゼットには直ぐそれが解った。風が喜びと嬉々とした村の香りを届けてくれる。


だがそうしていつまでもほうけている場合ではない。彼女にはやるべき事があるのだから。


日中の村では皆が陽の光を浴びながら、それに等しい程眩しくやりがいを感じるような顔で真剣に作業をしていた。

そんな人達に声をかけるのも憚られたので、家の前で椅子を揺らしながら街を暖かく見守る老婆を見つけたジゼットは驚かせないようゆっくりと近付いて穏やかに尋ねた。


「もし。そこのご婦人。少々尋ねたい事があるのですが宜しいでしょうか」


「あら、珍しい。何処かの貴族様の侍女さんかしら。どうかされましたか?」


「この村の人の出入りに詳しい方を探しております。尋ね人がおりまして」


「あぁ、そうなのね。それなら当主代理なら分かるかもしれません。今頃なら奥の屋敷の修繕をしてると思いますよ」


ジゼットはずり落ちそうな彼女の膝掛けを直しながらお礼を口にした。


「情報感謝致します。それでは」


「あらあら、ふふっ……こちらこそありがとうね」


老婆の言う通り大通りを歩いて行くとその先にそこそこ大きな屋敷が見えてきた。

門前には見張りの男性がおり、尋ね人がいることを伝えると村長代理に掛け合って通してくれた。


屋敷の中では数人が修繕に励んでおり、その中に1人の老人の姿があった。

ジゼットに気付くとこちらへ歩みよって声を掛けてきた。


「ふむ、貴女が人探しをしていると言っている方ですな。わしで良ければ力になりましょう」


穏やかな顔で優しくそう言う老人へ、断られないことに安心しつつ尋ねた。


「覚えてらしたらで構わないのですが……ここ数日のうち、ここグレイヴ王国の王女様がこの村に尋ねて来はしませんでしたか?」


「なんと!王女様が……?うーむ……わしは王女様の顔なんて拝んだことすらなくてじゃな……済まないが力になれそうにないのう」


よっぽどのことがない限り外に出ない一介の村人には、女王夫妻は知れど、その息女の顔まで知ることは無いのは仕方がなかった。

ジゼットもその様子を感じて質問を変えた。


「では、金髪の少女を連れて2人程でこの村を訪れた者はいますか?

商人でも旅人でも構いません。何か情報がありましたら教えていただけると有難いです」


老人は少し考えるとはっとした様子で言った。


「それでしたら、もしかするとミサキ様達ではないですか?あの方達はわしらのこの村の救世主様での。よく覚えていますとも。その中に確か金髪の女子おなごがいたと思うが……」


ジゼットにはミサキ・・・という名は初めて耳にしたがそんなことはどうでもいい。問題なのはもうひとつの情報の方だ。


「もしかすると妾の尋ね人はその方々かもしれません。差し支えなければどの方角へ向かわれたか教えて頂いても構いませんか」


「うーむ……あの方向だとザラールの街だと思うが……ただ、なにぶんどこへ向かわれるのか、わしも殊更尋ねはしなかったので不確かなんじゃ……申し訳ないのう」


「いえ。貴重な情報感謝致します。それでは失礼します」


「おぉ、旅のお方よ、もう行かれるのですか?あの街へはそこそこ距離があるでの、少しばかりこの村に滞在されては?」


「いえ。大丈夫・・・です。お気遣い感謝致します。その気持ちだけ受け取らせて頂きます。では」


ジゼットはそう言って踵を返して、丁度直ってない空いた窓から風を切って駆け出した。

後に残ったのは突風とそれによろける老人だけだった。


「……いやはや、最近の若者は不思議な人が多いのぉ……」


◇◇◇


(なるほど。ミサキとやらがミュール様を攫ってあの村まで辿り着いた可能性が高そうですね……

しかし数日であの村まで来れるとなると、この先のザラールの街へも比較的早く着いていそうだ。少し急ぎますか)


魔力の回復もあり、休みつつも3日ほどでザラールへ着いた。

そこで少し街を歩きつつも風読みで様子を探ると、消え入りそうな命の気配を感じた為、その路地の裏へと慎重に歩みを進めた。

するとそこには深手を負った男が1人倒れており、何故か満足気な顔をしているのは気がかりだが問題はそこではなかった。


(……ん?あぁ、なるほど・・・・)


男の腕を見ると刺青が彫られており、それだけでジゼットは察した。


(しかしこの者がここで倒れている道理が分かりません。ミサキとやらがあれ・・の仲間なら……考えうる限りだと報酬目当ての同士討ちか……)


考えても埒が明かないので仕方なく男を街の救護院まで運んで尋問でもして情報を吐かせようと考えた。


翌日男は目を覚ますと当然の如く横にいる知らない無愛想な女性に酷く驚いた様子だった。


「んな!?なんだあんたは!それにここは……」


当たりを見回して救護院だと察した男はジゼットに訝しげに見つつも感謝を告げた。


「いえ。偶然見つけただけなので。して、ミュール様をどこへ攫いましたか?」


「……っ!?何を言ってるのか」


無言で腕を指さすジゼット。


「はぁ……あんた知ってる側か……でも残念だったな。もう王女さんはアジトだろうよ。でも幸運でもあるかもな」


男は一息置いて、


「王女さんにはバケモンみたいな護衛がいるだろ?もうあいつが追いかけて行ったよ」


苦笑いしながらそう言う男の言葉にジゼットは疑問を抱いた。


「今なんと?ミュール様は攫われたため護衛など付いていませんが」


「んなわけないだろ、あいつは王女が連れ去られたのを知って全力で俺を倒して助けに行ったぞ」


「はて……ふむ。もしやその方は背の高くすらりとした黒髪の女性ではありませんでしたか?」


キナラ村で老人から聞いた特徴をそのまま尋ねる。


「おぉ、そうそう。よく知ってるじゃねぇか。そいつだよ。ボコボコに負けてアジトの場所を吐いたらすぐ飛んでったぜ」


ジゼットは話が複雑になっていくのを感じた。


「理解しました。ではアジトの場所を教えていただけますか?」


「はっ、そう簡単にーー」


気付いた時にはもう遅い。ジゼットの腕が静かで鋭い風切り音を纏って男の喉元に添えられていた。


「ーーっ……おいおい、俺はつくづく運がないなぁ……魔法使いか……あいあい。分かったよ。それに俺はもうあそこから手を引くつもりさ。

なんだかなぁ。あの嬢ちゃんに感化されたのかもな」


そこからは潔く場所を吐いた男は継いでジゼットに注意を促した。


「一応忠告しとくがあの嬢ちゃんは本気で王女さんを救おうとしてる。

それを邪魔するとあんたでもただじゃ済まないかもしれないぜ。出来るんなら多分共闘した方がいいぞ」


「ふむ。善処します」


ジゼットはそう言うとすぐに救護院を出てアジトへ一直線に駆け出した。


(ミュール様は無事なのかどうか、ミサキとやらは何を考えているのか、どれほどの強さなのか。すべて奴らの根城に行けば分かりますね)

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