16 襲撃、思案。そして…

大通りを先程とは逆に歩き、行きに見ておおよそ目星をつけていた服屋へと3人は歩みを進める。


美咲だって女の子だがファッションには無頓着だった。前の世界ではトレーナーやTシャツにジーンズが主な服装だったくらいだ。


それに比べミュールやスゥは普段抑圧されていた分、ずらりと並ぶ様々な服たちに興味津々だった。


「ミサキミサキっ!これなんて可愛いのではないですか?」


「ミサキさん!この上衣ミュールさんに着てもらったら普段と違って格好良くなると思いませんか!?」


「それでしたらこれなんてどうでしょう!ミサキは背が高くてすらっとしてるので似合いそうです!」


2人して大はしゃぎで美咲が言葉を挟む余裕もない。


「あはは……そうだねー」


そんなこんなで適当に返事をしつつ相手をしていたら、あれよあれよという間に試着をさせられる流れになってしまった。


「すみません、試着室を借りたいんですが」


スゥの声に店員がすぐに答える


「申し訳ございません、ただいま1名様のみご試着可能ですので先頭のお客様のみご案内して宜しいですか?」


「あら、それなら仕方ありませんね。それにわたくしはこれを着たミサキが見たいので先に入って頂いて構いませんわ」


「私もミサキさんの後でいいですよ!私だって渡したその服を着たミサキさんが見てみたいですし」


やいのやいのと迫られて美咲は試着室に押し込まれてしまった。


(なにこれ!?こんなピンクでフリルとかヒラヒラなの着られないよっ……うぅ……でもミュールが選んでくれたものだし……というかスゥさんもちゃっかり清楚っぽいレースのワンピース渡してきてるし……2人はこんな服の私が見たいのか……恥ずかしいよっ!)


今までに見た事もないほど顔を赤らめた美咲は仕方なくミュールの持ってきた服を着て試着室から顔を覗かせた。


しかしそこには誰もいなかった。

ミュールもスゥも……そしてあの店員も。


(っ……しまった!自分のことで頭いっぱいで外に気を配れてなかった……集中ッ!)


「……うそ……でしょ……」


2人の位置は把握出来る。だがその距離はこの一瞬で移動できるものではなかった。瞬時に美咲は理解した。


(これが2人の言っていた魔法……何度も気配が飛んでる……これは転移魔法か!)


「まずい!どんどん転移してるッ」


美咲は直ぐに駆け出した。

だがその速さには追いつけそうもないことが理解出来てしまう。

いくら美咲の瞬速とて、一定範囲内を何度も転移できる相手には分が悪い。

さらに焦った美咲は店から出て路地に入った瞬間探知に引っかかって頭上からこちらへ向かってくる何者かを寸でのところで避けた。


「っつ……誰ッ!」


「よっ。ヤハトの兄ちゃん達に聞いたぜ。金を渡したら直ぐに答えたよ。あんたが王女さんの護衛だろ?

ならここから先を通す訳には行かないぜ?」


男は手に持った短剣を弄びながら通路を塞ぐ。


「邪魔なんだけど。退いてくれない?」


美咲は今にも切れそうな堪忍袋の緒を制してそう問いかける。


「だから行かせるわけにはいかないんだっていってんでしょ?」


(ッチ……こいつ立ってるだけなのに隙がない……こちらから仕掛けたら多分負けるッ)


それでも美咲はここを突破してミュール達を助けに行かねばならなかった。


「……こんの……っらぁ!」


待っても時間だけが過ぎていくだろうことは明確だ。従って美咲はこの男に優っていると思われる速さと腕力で特攻をしかけるしかなかった。

しかし次の瞬間、美咲のその表情には驚きが浮かんだ。

男が拳の軌道を読んで体を傾けて短剣で反撃に出ているのが見えた。


(まずい!……っ……そういえば!)


咄嗟の判断で美咲はもう片方の手で短剣を抜き放ち無理やりそれにぶつけて相殺させた。


◇◇◇


ーー【カウンター】により

【剣術(小)】を取得ーー


◇◇◇


「ほぉ……流石王女の護衛なだけはあるねぇ……正直今ので殺ったと思ったんだがなぁ」


そう言いながらも男は追撃を加えに疾駆してくる。


「……っくぅ!」


(あれ……確かに一撃目は咄嗟にぶつけた。でも今はこの剣を扱えてる・・・・っ)


なおも猛攻を加えてくる男からの剣撃にほぼ全て受け流し切った美咲はさらに思案する。


(ゼオルの時もそうだ……確か咄嗟に槍を取って反撃したらこうなった。今回も反撃されたのを無理やりカウンター仕返したんだ……理解わかった……この力は相手にカウンターすることで、持っている武器が扱えるようになるものだッ!)


「マジかよ!嬢ちゃんそこらの衛兵より強いんじゃないのか?聞いてた情報と違うんだがなぁ……困るよそういうの」


それでもまだ男の方が上だ。

美咲は徐々にその猛攻に対処しきれなくなる。


ーーキンッ


(……!?……まずいっ……)


技量の差を力技で押し切っていた美咲は無理がたたって短剣を跳ね飛ばされた。


「ふっ」


男が今まで戦ってきた中で培った勘で直ぐに勝機を見出して向かってくる。


ーーザンッ


「っし、こんなとこ……ぐッ!?」


だから、今まで戦った人とは違う方法でその場を凌いだ美咲に驚愕した。

そして咄嗟に庇いきれずその拳を身体に受けた。


◇◇◇


ーー【自己犠牲】により

【裂傷耐性(小)】→【切傷耐性(中)】へ更新

【カウンター】により

【格闘術(小)】を取得ーー


◇◇◇


「……っく……ぅ゛……いったいなー。はぁ、はぁ……ねぇ……勝ったと思った?」


美咲が自らの命を優先してわざと犠牲にした腕を拾い上げて肩に着けると瞬く間に傷が塞がっていく。


殴られた反動で壁に背をつけた男は苦笑した。


「っつー、こっちが言いたいよ……こりゃほんとに聞いてないって……何よその力はッ」


体勢を立て直した男が駆けてくる。

依然として丸腰の美咲はおもむろに拳を構えて息を整える。


ー【格闘術(小)】ー


「ふっ……っと……よっ……ここッ!」


ーーブォン


「あっぶないなぁ……嬢ちゃん丸腰でもそんだけ動けるのかよ……最初は舐められてたってわけか……やってくれるねー」


美咲はまた自分の中でなにかの歯車が噛み合ったのを感じた。意図してわざと近づいた足元の短剣を隙を縫ってすぐさま拾って考える。


(さっきわざと腕を犠牲にしてからテレビで見てたボクサーみたいに動ける気がする……この感じ、今までも何度か味わってる。

でもそれはミュールを庇ったからだって結論付けてた。じゃあ今はなんで……?

これまでのことも考慮に入れて総合するんだ……っ!……あぁ……理解わかった……これはミュールを庇った時に発動するんじゃない!多分自分を犠牲にして何かをした時に起こるんだッ!)


「ふっ!」


人気のない路地裏に地を擦る足音が響く。


(さっきは剣の扱いまでは解ったけど身体の動かし方までは解らなかった。

でも今は相手の動きと自分がやるべき行動が手に取るように解る)


「……はっ……やぁっ!」


ーーダッ


男は大きく前進した美咲を迎え撃つ様に短剣を振り下ろす。しかし美咲は最小限の動きでそれを躱し、左の拳で腹部を殴打し、浮き上がりかけた男の身体をすぐさま右手に持った短剣で肩から斜め下へ切り抜いた。


「ッくは……う゛っ……あ」


男はそのまま膝をついて倒れ込んだ。

まだ意識はあるが、いずれそれも美咲によって絶たれるだろうと思った。


だがどれだけ待ってもその時は来なかった。


霞む意識で疑問に思い、辛うじて身体を捻って仰向けになりそれを見上げて尋ねる。


「あんだよ、さっさと俺を殺さないのか?」


「うん。殺さない」


呆気なくそう言う美咲に男が目を丸くした。


「はぁ!?……ゲホッ……とんだ変わりもんが居たもんだ……俺はお前を殺そうとしたんだぜ?なら負けた俺は大人しく殺られるべきだろうよ……」


「うるさいなぁ……どうせその傷じゃ暫く動けないんでしょ。私は急いでるの。出しゃばらないで」


彼は最後に男としての強がりを見せた。


「あんた俺を殺さなかったことを後悔するぜ……」


「私は今、後悔しないためにあんたを殺さないの。先のことは先の私が考えるからいいんだよ。

これに懲りたらもうそういう仕事から足洗って兵士でもしたら?それじゃあね」


そう言ってすぐにでも走り去ろうとする美咲を男が呼び止めた。


「おい、ちょっと待ちな……はぁ……アジトがどっかも分からんだろ?……ほれ、ここだよ。信じるかどうかは嬢ちゃん次第だけどな」


「ん。あんがと」


美咲はそう言うと凄まじい速さで屋根を伝いながら街を出て地図に記された場所へと向かっていった。


取り残されたのは壁に残る戦闘の跡と、死に損ないの男一人だけだ。


(あんなバケモンがアジトに入ったらタダじゃすまねぇだろうなぁ……そしたら俺も晴れて職無し宿無し1文無しってか……ははっ、笑えるぜ)


男は口の中からカプセル状の毒薬を吐き出した。


「はぁ……いってぇなぁ……でもーー」


(まだこの世界も捨てたもんじゃねぇな……)


「ーー久しぶりに楽しかったわ」


そうしてどこか諦めているが満足げな様子で意識を手放した。


その後、駆けつけたジゼットが風読みで偶然見つけ、救護院で手当を受けて目を覚ますのはまだ先のことである。

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