3 悪意と彼女と少女
15話 賑わいと誘惑
無事に街に着いた3人はその賑わいに驚き、胸を踊らせた。
入口にはザラール、と街の名前が彫られた大きなアーチが建っており、多数の商人も行き交っていたので美咲達もそれに乗じて中に入ることが出来た。
久方ぶりの大衆と様々な店が立ち並ぶ様子に興奮気味にミュールが言う。
「ミサキっ、わたくしこの様なところで自由に動いて見て回れるのは初めてですわ!」
スゥもその表情に喜びを隠せずに続ける。
「私もあんまり経験ないです。ちょっと……いえ、かなりワクワクしますね!」
そんな2人の様子に少し嬉しくなりつつも美咲も少し笑みを浮かべて言った。
「2人とも楽しそうだねぇ……前の私はここよりもっと人がいるところにも行ったことあるけど、確かにこの世界での賑わいは何だか別のワクワクがあるね」
取り敢えず3人は馬車が停められる
美咲は馬車での長旅の疲れを癒す為にと、今にも外に出たくてうずうずしている2人に声を掛ける。
「ねぇねぇ、2人とも。せっかくだし大分王都から離れてて暫くは追っ手も来られないからさ、この街で気分転換しようよ!」
美咲のその言葉に待ってましたとばかりに2人は頷く。
「あははっ、反応早いなぁ……うーん……とは言えお店もいっぱいあるみたいだしなぁ。2人はどこから見たい?」
ミュールが目をきらめかせて答える。
「わたくしは普段に民の方々が食べている物が知りたいですわ!」
継いでスゥも自分の欲求を慎ましやかに述べる。
「私は皆さんに合わせますけど……強いて言うなら服が見たいです……修道女は定められた修道服しか着られなかったので、この際に違った服を着てみたいなぁ……なんて」
即返答する2人に気圧されつつも、役割に縛られていた2人がこうして自分のやりたいことを口に出せることが嬉しくて美咲も興奮気味に返す。
「おうおう、実は2人とも街に入った時から色々見てたの知ってるからねー?
いやぁ楽しみになってきた!砂埃と草原とは一旦おさらばして楽しもう!」
「「はい!」」
そうして3人はまだ見ぬ世界への期待に胸をふくらませて、心做しか足取りも軽く宿の外へ足を踏み出したのだった。
◇◇◇
「みひゃき……これほいひいれふ」
王女としての作法なんてかなぐり捨ててミュールが初めての食べ歩きに心踊らせている。
「あははっ……ミュール頬張りすぎっ」
「みひゃきしゃん!これはなんといふものでひょう!」
「ぷっ……ふふふ……スゥさん口にタレが付いてるよー」
大通りには露天商が立ち並び、パンを焼く香りに、何やら醤油のこげた様なそれや、肉を焼く香ばしい匂いがなんとも胃袋を揺する。なんだか食欲が燃えるように湧いてくるのに身を任せた3人は止まらなかった。
そうして大通りを一通り喰らい尽くした3人は街の中央にある広場で休憩していた。
美咲は道中で護身用にとミュールが短剣を選んでくれたのでそれを愛おしげに撫でながら言う。
「ふぅ……もう食べられないー」
「わたくしもですわ……調子に乗って食べすぎました……でも美味しいものが沢山ありました!まだまだこんなに素晴らしいものが世界には溢れてるのですね」
「そうですね!それに私まだまだ食べられる気がします!」
「えぇ……スゥさん結構大食漢だね……」
ひとまず休憩しながらなんでもない話に花を咲かせているとスゥが気になることを零した。
「そう言えば、この様な大きな街だと図書館があるかもしれませんね。書物を読むだけで私の魔法を強くできたりしないかなぁ」
それを聞いたミュールが閃いた、という風に美咲へ言葉をかける。
「もしかしたら美咲のその妙な力についての書物があるかもしれませんわ。一度行ってはみませんか?」
「お、ミュール流石!賢くて可愛いなんて流石私の最高のお姫様だね」
美咲は何の気なしにミュールの頭を撫でながらそう言った。
「……っ……むぅ……またそうやって茶化して……」
顔を赤らめながら膨れるミュールの頬をつんつんとしながら怒られる美咲。
(あー、また二人の世界が……)
スゥはまた置いてけぼりだ。
そんなやり取りを少し続けて美咲は宣言した。
「うむ!ミュール分も補給したしその図書館を探そうか!」
「「はぁ……そうです(わ)ね……」」
2人はそれぞれどこか疲れた様子だが対照的に美咲は満足げな顔をしているように見えた。
少し街を歩きつつ人に尋ねると、すぐに図書館は見つかった。そこは街の中でもかなり存在感を放つ大きな建造物で、正面口の上には書物を模したエンブレムが施されていた。
「よし、それじゃあスゥさんは魔法関係で、ミュールがその手の伝承や御伽噺、私が上の方にある難しそうな本から何個か適当に選んでくる。それで1時間後にこの大机に集合でいい?」
「「はい!」」
そうして各自が自分の得意分野の本棚へ向かう。
(ふーん、字は読めるんだ。そこらへん都合よくなってるなぁ……っと、本を探さなきゃだね)
そうしてうろうろと棚を眺めている美咲に偶然一冊の本が目に入った。
「んー?なんだろ……ふむ、なになにーー」
そこに書かれていたのは昔のグレイヴ王国のことだった。
かつて王国は二院制だったが、片方が闇取引や禁術に手を出していたことが明らかになり王都を追放されたというものだった。
(どこの国にも汚職とかそういうのがあるもんだなぁ……そこは私の世界と変わらない。人間の汚くて欲深いところは同じだね……)
美咲はそれ以外は特に収穫もなく、制限時間を迎えて3人は集合した。
「んー、ごめん私のところはそれっぽいのは見つからなかったよ」
「私も魔法使いは数が少ないってことと、それが強力な程遺伝する確率が高いことくらいしか分かりませんでした……すみません……」
「いやいや謝らなくていいんだよ。それだけでも結構いい情報なんじゃないかな。魔法使いは遺伝するのか……ふむふむ……それで、ミュールはどう?」
「それが……」
とミュールは何とも言えない顔で一冊の本を差し出してきた。
それは絵本であり、物語としては魔物達が溢れる混沌の時代に、光とともに突如現れた勇者が敵を倒しつつ成長してやがて親玉を倒してお姫様を助ける。と言った勧善懲悪ものだった。
気になるのはその勇者の初めの衣服が美咲と似たようなデザインなことと、突如として強力な力を持って現れた点だ。
裏返してみると筆者の欄にはユナ・イウルと書かれていた。
「2人はこの人知ってる?」
スゥは首を振ったがミュールは記憶を探っている様子だ。そして口を開いた。
「イウル、という名に聞き覚えがあります。恐らく隣国のギムル共和国の権力者のどなたかだったと思うのですが……」
「凄い!やっぱりミュールは凄いよ!名前からそこまで分かるんなら次の目的地は決まりかな?」
「えっ……ミサキ、本当にこんな曖昧な情報で行先を決めてもいいのですか?」
ミュールは自分の記憶をなかなか信じられずに不安そうに尋ねる。
しかし美咲は胸を張って答えた。
「いーのいーの。だって何も無く闇雲に人助けの旅をするより、その方がついでに私のこの力の事が分かるかもしれないんだもん。願ったり叶ったりだよ!」
「そうですね。どの時代にも、ど場所にも困ってる人はいると思います。だから取り敢えずそのギムル共和国に行ってみてもいいんじゃないでしょうか」
スゥも続いてそう答えたところで図書館の探索を終えて、一行の最後の目当てである服屋に向かうのだった。
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