排卵運動会

逢坂 縁

排卵運動会

彼がニ週間以上引き伸ばしてやっと私の中学時代に書いた小説を読んだ。対して枚数があるわけでもないのに。


「読みたくないの?それなら読まなくて良いよ。読みたいって言うから渡したんだけど。」


「いや、そういうわけじゃないんだけど、文章読んだり書いたりするのって心の準備が必要なんだ、僕には。それに、僕はミニマリストだし、デジタルの世界を生きているから紙には抵抗があって。」


彼は理系でデジタル派。IT関連の仕事をしている。私は根っからの文系でアナログ派。中高時代は紙に小説を書いていた。

性格も正反対の彼とは時々喧嘩をするが、その日程は月にこの日だと必ず設定されている。


あーだこーだ言いつつも読み進める彼だが、終始眉間にしわを作り、首を時折傾げる。頭の上にはクエスチョンマークがいくつも並べられていて、化粧をしている私が横目でそれを見てため息を一つ。

読み終わった後の第一声など、すでに私には興味がなかった。

それにしても、だ。無言を貫き通すとは。

ニ週間以上引き伸ばして喧嘩の種にもなったこの小説に対して、待っていた私に対して、失礼ではないか、と苛立ちを覚えた。


でもここで彼の怒りを買うような発言をしてはならない。

出口の見えない暗がりで、やっと見つけた小さな希望の光をふっと一瞬で消してしまうような過ちは犯したくなかった。

堪えきれず、私から口を開いた。


「意味わかんなかった?」


「…いや、そうじゃないんだけど、やっぱり紙って、苦手だな。僕は現実を生きたいタイプだから、架空の世界の良さもよくわからないし。君がやりたいなら、やれば良いんじゃないかな。」


はぁ。またため息が一つ。

相手の機嫌を損ねる事はわかっていた。

わかっていたのに、それを止める事は出来ない。

だから喧嘩の日程は決まっているんだ。


なぜなら。

毎月やって来る排卵日。

ただ卵が排出されるだけというのに、なぜこうも苦しめられるのか。


ズダダダンダダダンダン!という小太鼓のような音を立て、バチで右左の下腹部を打たれる。

まるでピストルの合図の如く、卵が排出され始め、排卵運動会の幕開けである。

まず第一走者の下腹部痛からバトンを受け取ったのは、眠気の波。

コーヒーぶっこみ、立ち上がるも立ちくらみで視界はまわる。まわる。まわってまわって、

テーブルに手をついた。

ついたところで第三走者の、止まらない苛立ちにバトンタッチ。

何を聞いてもイライラする。空が青いのもポストが赤いのもとにかく苛立つのだ。

こうなってしまうと何をやってもうまくいかなくなる。

うむ、やはりこけた。こけた所で猛烈な吐き気が襲って来る。

第四走者、吐き気のお出ましだ。

こけたついでに吐いてしまえば楽になるだろうに、そうもうまく吐けるわけではないのがこいつの厄介な所だ。

気持ち悪いのに吐けぬまま、よろよろと足を進めていくと急に雨が降り出した。

いや、しょっぱい。これは雨ではない。第五走者の涙だ。

降り止む事なく、びしょ濡れになる。びしょ濡れになった所で、くしゃみを一つ。

ぶるっと身震いをして、第六走者の寒気になんとかバトンを渡すことができた。

雨だと思った涙が次第に粘り気を帯びた白い液体に変わって来る。

のびーるのびーる、どんどんのびーる。どこまでのび続けるのか。

この、のびる液体の正体それはご存知、おりものである。

排卵日には、やたらとながーくのびてしまうこいつがアンカーだ。

のびにのびてそのままのび続けて、ついに。

ゴール!ゴール!ゴール!ゴール

これにて、無事に排卵運動会が終了した。


お疲れ様。

一週間後の生理前運動会まで、とにかくやりたい事やって楽しく過ごすが良いさ。

生理前運動会は、更に激しい戦いになる事は、

間違えないのだからね。


喧嘩はまた、一週間後に設定された。

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