第三話 初勤務

都市取りを目論むぶっ飛び女に誘われ農奴達は波止場とは別の方角の街外れにある巨大な屋敷へと案内された。

入ってすぐに村にあった集会所程度の広間がある。なざ人が住むだけの施設にこれほどの空間が必要なのだろうか?そこにはなぜか笛を吹く男の彫刻があり、ソレを囲うように曲がる階段が二つ二階へと続いている。一度に何人が通るのかは知らないがはたして二つも必要な機会などあるのだろうか。二階は広間を見下ろす為か両端に人二人通れる程度の廊下があった。この広間の中だけでもそこかしこにドアがあるが一体全体何故こんなにも部屋があるのかとんと検討が付かない。全く持って意味が分からない場所だ。


「広場にいた時もさ、数だけは揃ってるとは思ってたんだけどさ。部屋の中だとこう……むさ苦しいな」


「全くだ、仮にも権力者の屋敷だってぇのにどこ見たってしけた男の顔しかねぇからな。寒くねぇのは有難いがこうも狭いとストーブであったかいのか隣の男の熱で温まってのか分かんなくてブルっちまうぜ」


違い無いと階段で四人肩を寄せる(寄せざるを得ないが正しいが……)と全ての農奴が入ったのか、ここに連れてきた張本人が声を張り上げた。


「お前ら、広場で言った通りあたしが街の頭、領主になれば仕事などいくらでも見繕いましょう。ただあたし一人ではどうしてもあの似非すけこま、……兄さんの首を、……立場を譲って頂く事は叶いません。ですから助力を願いたいのです」


もうそこまで恨んでるならスパっと言えば良いだろうに。思いっきり出てる本音とそれを裏付けるかのような侮蔑の表情が本気だという事を宣伝するのに一役買っているとは言え果たしてこれに付いて行って良いのかと疑ってしまう。

まあ他に選択肢ないから付いて行くしかないんだけどさ、それにしたって気持ちのいいやつ追う方が良いに決まってるよな。


「助力というのは他でもありません、あたしはお前らに作戦の労働力と武力、この二つを担って欲しいのです。というのも……」


だめだ話がつまらなさ過ぎて付いていけない。俺の意識は暗雲の中へと消えた。




「ではお前、労働力よろしく」


「……ハイ?」


肩を叩かれ虚空へと飛んでいた俺の意識が地上に堕とされる。

俺の反応は予想通りだったのか、さっきまで演説を行っていた女が見下した顔で溜息をついた。


「……どこまで聞いてた?」


「本丸に侵入出来たのは先陣を切った助力云々までで、それ以降は二階級特進だ」


散って言った言の葉の為、冥福を祈る。次があるのならもっと面白おかしく俺に近づいてほしい。

少女の口から溜息が先ほどの物よりも深く、深く吐き出された。


「あのね、お前がバカだってのはよく分かるんだけどさ。お前だって仕事が欲しくて来たんでしょ、やられる事少ないのはこっちも承知してるからせめてこっちの話聞いてもらわないとどうにも出来ないんだけど」


一字一句全てが正しい。眠りに着くにしてももう少し聞く努力をするべきだった。

なんだかこの街に来てから自分の落ち度というかダメな所をひしひしと感じる。


「全くだ、面目ない」


「それは元からでしょう……。まぁいいや、お前にはさっきも言った通りあたしの作戦の労働力をやってもらうよ」


何だろう初手で煽ったせいでスゲー俺に対するあたりがキツイ気がする。


「で、具体的に何を」


「排気筒掃除」


天国のおっかさん、横にいるであろう酒浸りおやっさん。あなた方の息子は仕事を見つけ汗を垂らしております。なんと給料は朝晩二回の食事の現物支給、そして寝床。階段でねると次の日首が痛い、ストーブの近くはやはり熾烈極まる争奪戦になる、何より父さんだけだと思っていた酷いいびきは父さん固有の物ではなく、全ての親父の生態である等々新しい発見をする毎日です。

それと俺の朝は早いらしい。少なくとも起きた時に見渡す限り広がるおっさんで出来たカーペットが変形するのは俺が食堂で物を食べて暫くした後だ。

本物のカーペットが姿を表す位の時に俺は商売道具の掃除器具一式を持って屋敷を後にする。

街に侵入する時に持ってきた蒸気武器のハルバードは警戒を持たれないよう街の機関部に匿って貰っているから今は手元にない。

……唯一の財産を失った俺はまごう事なき文無しだ。辛い。


仕事として移動都市の門という門を叩いて中の排気筒を掃除するのだが、なんでも今は現領主の命令で都市の地表にいる蒸気技師と掃除屋が全て都市の中心に位置する彼の屋敷に集合させあれているらしく物凄く疑われる。辛い。

そんな状況でかってに業務を行うせいで現領主お抱えコサック連中にも追いまわされている。辛い。

他のおっさんはそもそも家に入れて貰えないらしく俺以外の労働担当が武力担当に鞍替えしてしまった。その分のノルマが俺に来た。出来るかこんなもん、辛い。


一階から純繰りに掃除をすると最後には屋上の煙突掃除が待ち構えている。コイツが難敵で他の階での掃除と違い排気筒の穴に上から手を突っ込まないと掃除が出来ない為、誤って生身の手で帚を持つと蒸気で腕を焼いてしまう。おっさん連中が辞めた本当の利用はこっちなのではないだろうか?ぐちぐちと排気筒に文句を零しながら掃除をすると漸く一つの建物の掃除が終わる。

これを後なんど繰り返すのだろうか。掃除したばかりの煙突にもたれ掛かり街を一望する。

変な場所だ。街の建物は中心に位置する領主の屋敷が最もデカく、他よりも文字通り頭一つ大きい。その周りには屋敷よりも小さいがそれを囲む建物よりはデカい建物があり、さながら山のように外にいけば行くほど屋上の標高は低くなっている。

その為街を見ると自然と中心にある屋敷に目が向く。

あそこから見える景色はどんな物だろうか。下からしか見ることが出来ないのに、そこからの景色を見る日など来るはずもないのに思いを馳せてしまう。

だが碌な物は見えないだろう。だってあの屋敷も排気筒から流れる灰が作る黒雲を貫く事は出来ていないのだから。

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煙昇る所 ジャージー・デビル @dormin

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