第二話 アナが嵐の女王

時を止めたのではと錯覚する程の静寂をもたらした少女。

彼女とその恰好はとても不可解だ。この寒空の下で肩まで出している。俺達と違って真っ当な服を着ているのにだ。そしてこの顔まで灰で覆われそうな汚らしい環境で寄りにもよって白い服を着ていて何故か煤一つ付いていないのが遠目からもわかった。

全くもってワケが分からない存在だ。波止場にいる男達の視線を一身に集める彼女は目の前の暴漢どもの群れよりも重要なのか手袋も付けずに剥き出しにされた指先目をやり、うげ~っとしやすりか何かで爪の手入れを始めた。

暫く爪を擦っていると漸く自分が注目されている事に気が付いたのか、ボケっと突っ立ている我々と目があい。

中指を突きつけた。


「指が見てぇわけじゃねぇよ!!」


しかも手入れしていたの人差し指だから同じ指ですらない。

なんなんだコイツ。


「魔法使いだ」


「は?」


突如濁流のように押し寄せた乱雑すぎる状況に困惑していると隣でコサックの口に銃口を入れていたラヴィルが俺の疑問に回答を示す。


「原理は知らんが魔法使いは自分の体から火だのなんだのば出せる。オスマンとの戦争で何回か投入されているのを見たばってん、奴らは何をしだすかいっちょんわからん。目をつけられる前に逃げよう」


経験者が語るならばと近くにいるコサックが気を失ったのを確認し、その場を後にしようと後ろを見たその時、フワっと一瞬あたりが明るくなったかと思うと自分達の前に黒焦げの何かが足元に落ちてきた。


人の頭のようだ。


震えながら振り返ると少女が煙が纏わりつく自分の手の平を眺め、ため息をついていた。

彼女は軽やかな足取りで近場の農奴に近づき、下から腕を振り上げると複数の小さな炎柱が農奴の腹を貫いた。まだ足りなかったのかくるりと後方を向くとようやく逃げられるようになった農奴たちに向けまた下から撫でるような仕草をし、ネズミ程の火の玉をいくつか放った。火の玉は吸い込まれるように一人の農奴に近づき、当たる直前に人間ほどの大きさに弾けるとそのまま農奴を飲み込んだ。そして最後に近くのコサックから武器を受け取り農奴をひとり撃ち殺した。

彼女は何やら指折り数え、合点が言ったのか手を叩きコサックを集め。


「次は無いよ、暴れないでね」



少女の形をした嵐がコサックと共にその場を去ると、危機に瀕しその場を後にした農奴達が入れ替わるようにもう一度波止場に集合した。めいめいが自分の怪我の具合や仲間の安否を確認すると誰が始めるでもなく今後どのように仕事を探すのか、そして何より安全はどう確保するのか、会議が始まった。


「最初に確認するが……仕事見つけた奴いるか」 


「いや」


「住む場所は?」


「これもねぇ」


「全くバカしかいねぇなこの場所は!!」


全くもってその通りだから誰も何も言えない。けど喋っているこいつも同じ状況だから回答を示せるわけでもないので何が事態が好転したわけでもなかった。


「……とりあえず何ができんだ俺ら。俺は鉱山で炭鉱夫をやってたお前は」


「炭鉱夫」


「こっからあそこまでみんなそうだぜ」


「使える奴が一人もいねぇ!!」


鉱山どころか土一つ無い街で炭鉱夫などなんの役に立つだろうか?浮き彫りになる問題に自然と頭を抱えてしまう。


「じゃこの街に今必要なものはなんだ?それになればいい」


「それは考えなくても分かるな、俺たちを消せる何かが今この街に必要なものだ」


「確かにそれもそうだな、俺たちが消えれば万々歳だ。……誰かこのアホをつまみ出せ!!」


議論は白熱したが一向に答えは出ない。いや誰しも答えはわかっていたがそれ言う勇気、それを認める勇気を持っていなかった。


ここに来るまで多くの物を失ったもしくは何も持っていなかった。そんな奴ばっかりだから今ここで何かを得なければ死ぬしかない。だからどうしても自分が生き残る何かが欲しい。

着実に固まりつつある絶望に一人また一人と項垂れ、波止場にはいつしか男たちのすすり泣く声が響いていた。


「何してんの?ここにいても灰が降って来るだけよ 」


誰だコイツ、どっから来た。声のする方に顔を向けるとそこにいたのはさっき暴れ回った少女とはまた違う別の少女だった。

彼女は前のとは違い青い防寒着に身を包み、頭のてっぺんには黄色い皮の帽子を、手先には赤い手袋をそして手には灰をよける為の傘を持ち、顔以外の素肌を丸っと隠している。

防寒着自体も使う機会が無いのか新品同然のキチっとした物だ。寒さに慣れていないのかしきりに肩を震わせ、やたらとへくちとくしゃみをするのを見る限り恐らく外に出る機会自体が無いのだろう。

見るからに俺達農奴とは階級が違う、上級のお嬢様って感じの格好だ。

広場に緊張が走った。コイツもさっきみたいのに暴れ回るのか。初めて訪れた古巣の外の常識が自分達の考える最悪女はヤバイの物なのか、確認しようにももしソレが当たったのならまた誰か死ぬではないのかという恐怖が危ない好奇心をせき止めてた。


「お前ら、仕事が無いっていうのはほんとかしら?」


舐め腐っているのか、言葉使いに慣れていないのか、出てくる言葉の端々に出てくる低俗俺達に近いな言い方。そして敵意では無い好奇心を覗かせるふわふわとした雰囲気。この二つが良い具合に作用したのか少女に敵意を向ける男は一人もいなかった。

何を言うんだ、もしかして仕事をくれるのか、いやもしや宿かなんかを紹介してくれるのでは。膨れ上がった期待が彼女に目を向けろと男達に命令し、より一層少女に視線が集まる。

もし男達が目玉から槍か何かを出せるのならきっと彼女は全身を貫かれているだろう。それぐらい注目とそして男達の期待を受けていた。


そして彼女は


「あたしも無いから同胞ね♪」


その期待を満身の力を込めて踏み砕いた。


「仕事無いならなんで来たんだよ!!」


「おちょっくてんのか!!」


「そうだそうだ無駄にカラフルな恰好しやがって!!蛍光灯かお前はよぉ!!」


最後のは別に良いだろう。

だが希望だと思った少女が自分達どん詰まりのバカと同じだと分かるとなんとも言えない虚しさを覚えてしまう。なんなら最初から来ない方が良かったと思う程だ。


「で、お嬢ちゃんは何しにここに来たんだ。正直言って俺達に関わった所で得る物なんてありゃしないだろ」


エフィームが最もな質問をした。実際この場にいる連中なんて俺を含めて使い道の無いごく潰し達だ。今更仕事を覚えようとしたところでプライドだの何だのが邪魔して真面目にやらないかもしれない。そして全員の前職は炭鉱夫。炭鉱どころか土すら無いこの街で間違い無く必要とされていない仕事だ。

使い道のない場所だけを取るガラクタ。それが今の俺達だ、いやガラクタはとかせば別の機械に変えられるかもしれない分マシかもしれない。


「ええ、炭鉱夫なんてこの街で使い道一切無いわ。けど別にそれだけがお前らってわけでは無いでしょう。一度自分の過去を忘れてみたら?故郷を後にしたのだから過去もそこに置いて来れば良いでしょう」


「良いアドバイスだ、ばってん過去は消せはせん。刻んだ皺はずっとそこに残るし無くした物も消えたままだ。ここの住人を殺した事実がある以上まともな事では仕事なんぞ見つからんやろ。そこはどうする」


今度はラヴィルが口を開いた。彼は俺達の村に来た上でこの街に来た人間だ、仕事が無い事が一番応えているのは彼だろう。だからかなんだかトゲのある言い方だが、俺達が思った事を代弁してくれた。


「ええ、過去は変わらないわ。お前らはどう言い訳しようと街に攻撃し、住民を殺し、その上で仕事を寄越せと言う厚顔無恥の畜生だというレッテルは張られたままだし、きっとこの先住民に受け入れらる事も無いでしょう」


「そこまで言われたか」


「俺は言われてねぇ」


「俺もだ、一番切れてんのこの嬢ちゃんじゃねぇのか?」


慰めに来たのか、励ましに来たのか、罵りに来たのか、一切要領を得ない彼女に対する苛立ちが沸々と湧いてくる。


「で、お前は何がしたいんだ。さっきから俺らがどん詰まりのアホだって分かり切った事を言うしたり顔で言ってるだけでなんにも助けになってないじゃないか。あんまりイライラさせる事言ってると剥いて街の外にほうりだすぞ」


あまり忍耐力がある方ではじゃない。自分でも理解しているし直した方がこの先生きやすいだろうと思っているがどうしてもこいつに腹が立った。

役に立っていない所よりも同じ位の年で俺より上等な生活してそうなのが頭に来て無駄な工程が挟まっている。

言われた少女も何か感じ取ったのか俺の顔をじっと睨むとニッと笑い何も無かったかのように振る舞った。


「街の住民の意見なんて無視すれば良いのよ、それだけの力を手に入れれば問題なんてポンッよ」


確かにそれが出来るのなら一番だ。恰好からして上の立場だろうしもしかしてこの街の領主に掛け合いでもしてくれるのだろうか。漸くこの少女のやりたい事が見え始めなんだか思ったより悪い奴でも無いかもと考えると次の一言でおったまげた。


「あたしをこの街の頭にすれば良いのよ」


……やっぱこの街の女ってヤバイは。

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