第一話

使えない物は使えるようにするのが当たり前だ。

壊れた道具は燃料を使って作り直すし、機関の一部が壊れた時も新しいの取り替えてどうにか持たせる。

けど直らない物もある、そういう時は残念だが捨てるしか無い。そしては僕はその”捨てる物”になってしまった。

捨てる場所もないここではそういう物は隅っこでホコリを被ってそのままだ。

きっと自分もそうなるだろう。せわしなく音をがなり立てるエンジン、ごくまれに漏れるせいで未だに慣れない悪臭をまき散らすオイル、そして手元に残った工作器具。

もはや飽きる事にすら飽きた日常も何処か変わって見えた。

もう終わりが近いかと目を閉じると聞きなれたはずの駆動音に今まで気付かなかった音が混じっているかと思ったがやはりというか別に変わった音はしなかった。


「あ~このサウナ暑くていいなぁ~、来る前に取った肉もそこらで焼けるし優良物件って感じだ」


うん?今なんか凄く間抜けな事を抜かす誰かの声がした気がする。気が触れたかとも思ったが多分違う。だってまずサウナが何か分からないし肉っていうのも聞いたことがない。

明らかに僕以外の誰かの言葉だ。

知らない事は気になってしまうのが人の性。

ぼくは声のなる方に這って進むと、そこには全身に血を垂らし片腕が機械になっている子供から抜け出したかとどうかというぐらいの赤髪の少年がいた。なぜかは知らないが自分と違い全身を布で覆っていおらず、両腕の肘から先が剥き出していて、それとは反対に下半身の方は体のシルエットに沿った造形の布を履いていて肌が見えるのは顔と両腕だけだ。

何をしているのかと思うと彼は自身の持っている先っぽが三つの変な出っ張りに分かれた謎の鉄棒の先っちょに何やら人一人がすっぱり入るほどほどの大きさの布らしき物を剥き出しの機関部に押し付けていた。


「ターニャ、ここサウナはじゃねぇ動力部だ。あと肉をそこらで焼くなミラも食べるんだぞ」


するとその少年の隣にいた体が大きく、髭を顎から垂らした堀の深い強面の男が聞いたこともないほど低い声で諫めた。その男も恰好は先程の子供と同じような感じだったが、その腰には見た事がないボトルがまるでそこにあるべきと思わせるようにぶら下がっている。見た目はいかつい、言葉は間抜け、……なんともしまらない光景だ。


「まぁまぁそう言わずともいいでしょう、細かく切ってから焼けばきっと汚れなども出ませんよ。第一あの大地で育った生物の肉などまともな物とも限りませんしどこで焼こうが変わりないかもしれませんしね」


次に口を開いたのは頭一つ他よりデカくそのくせ口を開くまでそこにいた事を悟らせない細いノッポだった。優しい声ではあるが何処かずれた事を発する男が諫めるが余り説得力は感じられなかったのか、二番目にしゃべった男の唸り声が周囲の機動音と共に木霊する。


「そりゃそうね気にしたってしょうが無か、毒も食わんね。食わんのならあるしこオイによこせや」


最後にしゃべり出したのは他の男とは違いなんだか無駄な物が沢山ついた服に袖を通している顔の半分が石で出来た男だ。その男が厭らしく笑いながら他二人と同意するふりをしながら自分の取り分を増やそうとあれやこれやと手を回そうとするが、余り成果を得られなかったのかズーンと気落ちするのが目に見えた。

多勢に無勢、諫める事に失敗した男の落胆の声と何やらジュウジュウと誰かが焼かれている音が響く。もしや先程の布らしき物の向こう側には誰かがいるのか?止めねばならない。後続の若者がケガをしているのなら安全に配慮した方法を教え一日でも長く生き残れるようにしなければ、この機関部にいるなかでの古株である己が唯一出来る最後の仕事だ。


「やいてめぇらその焼かれている間抜けはまだ死に時じゃぁなぇ!他人の利用価値も分からん間抜けかてめぇら」


伝手も作戦もなく命がけの上京作戦を決行した我々農奴五人、すなわち家無し五体不満足小僧の自分ターレス、機械嫌い不器用熊面男のエフィーム、嫁なし人望無し愛情無しの三無しクリメント、どっから来たカオナシ退役軍人のラヴィル。以上四名プラスエフィームの娘兼みんなのアイドル、ちびっ子ミラ事ザミラの五人は暖と寝床を確保する為に移動都市の、地表よりも上に在る地下部分機関部に集結していた。

するとどうだ何やら口の悪い声が突然割って入って切った。それを聞いたら打ち合わせたわけでも無いのに全員の口から同じ事が出てきた。言葉、出てくる口、全てが違えど意味は同じだ、どこだお前は誰だお前は。そして表れた、ボロ雑巾。

奴は口と同じく足も悪いのか蒸気の熱を帯びた床を這って歩き俺達に近づいて来た。


「なんだお前ぇらそのなりは、そんな肌出してりゃ蒸気と熱で皮膚を焼くぜ!ケガする前に服を着な!!」


失礼な布切れだ。

俺達に服を着ろだと、ヤロウふざけやがって。確かに俺達の服は面積が足りず肌も出ている。だがこれは蒸気道具を使うが為に暑すぎる環境に適応する為に袖を切った物だ、決して冬場に焼いたストーブの燃料が足りずに継ぎ足す為に切ったわけでは無い。違うったら違うのだ。

それをボロ雑巾被ったチビがナマ言いやがって。そっちが言いたい事言うんならこっちも言いたい事言わしてもらう。


「着るものがないから皮焼いて着れるようにしてるのわからないのか。でもいいタイミングだ、ミラちゃんこれを着なよ」


そういうとミラちゃんがいそいそと体を覆い快適さを表すためか二パーと太陽のような笑顔を見せた。やはり可愛い子は何をやっても可愛いな。杜撰な処理で未だ血が垂れている熊の皮を着せてもミラちゃんの可愛さに曇りは無い。太陽は東から登り西へと沈むに並び可愛い子は何をさせても可愛いというこの世の理を改めて噛みしめ悦に浸る。


「それとあんたこっち来て肉食いなよ、旨いぞこれ」


功労者には労いを、円滑かつ効率的な関係を築く第一歩だ。領主はそれをしなかったから俺達は出て行った、同じ轍を踏むつもりは無い。それと現地の人間なら何かしらの情報も持っているはずだ。酒で口の周りを良くして滑らせられればこっちのもんだ。

使わしてもらうぜ、お前の利用価値をよ。 


「肉のつまみに酒でもどうだ?これしか飲んだ事無ぇから良し悪しは分からないが酔えはするぜ」


そんな思惑を知ってか知らずか肉を勧める俺や酒を勧めるエフィームを筆頭に向かい入れられた。ボロ雑巾は懐から何年も使って来たと思わせる古びたコップを取り出し、酒を一口飲むとベーと吐き出した。


「待遇が悪いのは理解していましたが、まさか酒すらもよそに比べて悪いとは。やはり我々の故郷はへぼですな」


「別にお前らん所が特別不味い酒ば出しとるワケじゃなか、どこも農奴に出す酒はつまらん物ばかりさ。……お前酒自体飲んだ事無かっちゃっろう?好かんなら無理せんでよかぞ」


やいのやいの。飲める奴は酒に呑まれ、飲めない奴は雰囲気に呑まれその場にいる六人のうち一人jはさっきあったばかりだというのに、まるで古くからの旧友達の集まりがごとく話題は転がりまわっていった。

いつの間にか時間が過ぎ去っていたのか、ミラがうとうとと舟を漕ぎ出し眠りにつくと今日出会ったばかりのボロ雑巾にもたれかかった。


「お、ボロ雑巾もう大分ミラに懐かれてんな。新しい場所でどうなるか気が気じゃなかったが早速友達が出来て何よりだ」


酒が周り口の回りも良くなったのか普段なら口が裂けても言わないだろう、娘に対する優しさをポロっと零したエフィームの横顔はいつもの熊面ではなく父親のそれだった。


普段からその顔を見せれば少しは楽だろうに。肉とともに飲み込んだ言葉をいかように噛み砕くか考えるとエフィームが先ほどの言葉に続けて口を開いた。


「しばらくの間ミラを見てやってくれねぇか?」


突然の提案に固まると小さく刻んだ肉を頬張り一言。


「……お前は何を言っているんだ」


この機関部から出たことがないというボロ雑巾からしても非常識だったのか、今までのお気楽な顔を一変させ真面目な表情でエフィームに問いを投げる。


「本気か?」


「本気だ。酒が切れたら俺達は上に登って仕事だなんだを探さねぇとならねぇ、だが俺達はこの町のはみ出し者どころか住人を殺したお尋ね者だ。仕事が見つかるとも限らねぇしそれまでに生きてるとも限らねぇ。だったらここで匿ってもらった方が生き残る勝算は高いだろう」


筋は通るが、エフィームあんた親としてそれはどうなんだ、ミラからすればやっと向き合えるようになった家族と一緒にいたいんじゃないのか?


先ほどまでのワイワイとした楽しげな空気は霧散し、周りの蒸気機関の駆動音だけが無機質にシュウシュウ、ゴンゴンと鳴っていた。


エフィームから何かを感じ取ったのか、ただ単に折れたのか。……ボロ雑巾は静かに首を縦に振った。

あれあいつ街の情報一つも渡してなくね。それに気が付いたのは機関部を後にしたそのあとだった。



街に戻ると俺達は改めてその異様な光景を前に立ち尽くした。

街を照らす街灯も、人が使う建物も、歩く道も、有機物が何もなく全てが鉄だけで構成された移動都市。

俺達の村も自然は無かった。木々は死に絶え、動物も食い物を求め別の場所に逃げ、残った自然由来の物などは鉱山から運び出される鉱石ぐらいだ。

だがここは違う。この街は人が己の利益を大地から貪り食い荒らした結果生まれたのではなく、最初から自分達の為だけに生み出された場所だ。

なのにこの街は住民の為に生み出された物ですらない。

俺は村で過ごすとき四人家族で小さな小屋に住んでいた。確かに貴族の屋敷とは比べるまでも泣く質素な物ではあったが、四人が住むには十分すぎる程の空間はあったし隣の家ともほどほどに離れていて静かな時間が欲しければ黙ればすんでいたが恐らくこの街の住民にソレは訪れる事はないだろう。設計段階で作成者は思ったのだ、人などこれを動かすのに不要、最低限の収納さえ出来るならそれでいいと。それを象徴するように建物は縦に長く、備え付けられた窓は隣との間隔が近い癖に覗かせる顔は千差万別。まず間違いなく血縁関係はないだろう。そして極めつけは建物の上それも棟の間に備え付けられた街の動力部からの排出口。きっと設計者はどうせ煙と熱が出るのならソレをそのまま暖房器具にすればいいと考えたのだ。

実に理に叶っている。そしてソレしかない。上の階に行けば行くほど煙に近づき、最上から数えて三つの階の住民は家にいるというのにマスクや布などを口にし煙を遠ざけようとしていた。

この街の目的は彼らの生活の為ではないのは明らかだ。

こんな人の心の熱を持たない鉄人が己の為に築いた鉄の街に俺達が求める生活はないだろう。

大きな落胆を抱えながら街を渡り歩いたが、住人を殺し彼らの生活すらも奪おうとする俺達に仕事をくれるような物好きはいなかった。


「クッソ仕事が見つからねぇ!!」


「足を動かしても見つかりませんね、次は何を動かしましょうか?」


「頭じゃなかか?今仕事持っとる奴の頭落とせば空きが出来る」


疲れと苛立ちは募っても希望が一つも見つからない状況に、俺達のやる気は削がれていった。

……待て。俺達が仕事を見つけられないのは俺達が外からの侵入者だからだ。

だったら俺達以外の別の立場の連中も仕事が見つかっていないはず。


「登った搬入口に戻ろう。俺達と同じプー太郎連中が不手癖れているはずだ」


「無職が集まっても何もできねぇよ!!」


だがそこは目的無しの仕事無し、唯一残され有り余っている時間という資源を食いつぶし店からもついでに食料を掻っ払い搬入口にたどり着いた。


「居ると分かってはいましたがなんというかまあ、これだけ揃うとごく潰しといえど壮観ですな」


蒸気機関の導入で体は温められても皆の懐を温める事は出来なかったらしい。搬入口には二進も三進も出来ていない我らが同胞達が屯していた。そこにいたのは明日無きあぶれ者、そして素人でも上等だとわかる防寒着に袖を通したコサック連中が何やら一部の農奴をひっぱたいていた。


「貴様らが自由を求め村を出るのは構わない。お前らみたいなバカすら捕まえられない領主が間抜けだっただけだ。お前らがここに入る為に他の農奴を殺すのもまぁ俺達の知ったことじゃない好きにやれ、だが一度ここの入りここの農奴になった以上ここのルールに従ってもらう。盗みを働いた奴、機関部に侵入した奴、それと色男もシベリア送りだ」


シベリア送りのところでうっと道中でガメたアップルパイを吐き出してしまい、農奴をひっぱたいていたコサックの注目を浴びる。


「どうした小僧、口から出すのはサーイエスサーだけだろ?ところでそのアップルパイ……どこで手に入れた?」


「街の反対側で安売りがあったんですよ。ほ、ほら人がたくさん死んだでしょ?遺品処理セールって奴ですよ」


自分ながらとんでもない言葉が口からでたとおったまげたが、それを聞かされたコサックがこれまたとんでもない顔をしていたおかげでなんとか顔に驚きを出さずにすんだ。


「終わった事ば気にしてもしょうが無かでしょう。所で仕事の募集とかなかですか?一応来るまでに他の者殺しとるのでズブのトーシロって事はなかですよ」


するとその発言のどこかが気にいらなかったのかピクリと眉が動いたが一つコホン、と咳を漏らした。


「軍崩れのカオナシが!!ナマいってんじゃねぇぞ!!」


突如ブチギレたコサックが武器をいつの間にか振り下ろし、その武器の先端と共にラヴィルの顔も地を向いた。


何が逆鱗に触れたかそこは問題じゃない、こいつに昔何があったのか、どこが気に食わなかったのかそんな事はどうでもいい。俺達の知った事じゃない。だがこいつは今ラヴィルの吹っ飛んだ顔面をバカにした、人としてのアウトゾーンに土足で踏み入ったのだ。

許せるはずもない。倒れて動けないラヴィル以外が拳を握り乱闘が勃発した。


俺は左腕の義手で蒸気武器を振り回しコサックの一人の銃をへし折る、エフィームはその巨体を生かした関節技主体の肉弾戦、狩猟ナイフで人体の急所を狙い澄ますクリメントと各々好き勝手に暴れ出す。そしていつの間にか復活していたラヴィルも頭から血を垂れ流しながらも常に携帯している軍隊式の銃剣を持ち、殴ってきたコサックを殺さんと引き金に指をかけた。


すると誰かが叫んだ。ぶっ殺せ!!奪い取れ!!そこから先はもう誰にも止められない。

何が悪かったか、多分何もかもが悪かったと思うが、一番は場所が悪かった。もともとその場にいたのは脱走農奴、それもついさっき自分達の人生の為に他人を殺したばかりの自制が出来ていない殺人者達だ。彼らも限界だったのだろう殺意は流行り病よりも早く伝搬し、未だ血のりを残していた搬入口はまたも朱色に染まった。

防寒機能に乏しい衣服を着ていて冷たかった体も温まったか、という時不意に鉄の街を黒鉄に変貌させていた灰が赤く染まる。


「誰だストーブの排煙口塞いだバカは!!」


「ストーブごときの熱でこうなるわけねーだろ!!なんかそういう蒸気武器だろうよ!!」


皆が一斉に止まり炎の出所をみる。蒸気武器は破壊力が高く、そして強度を保つため単純な構造をしている物が多い。実際俺達が働いていた鉱山のドリルだ何だもバカでも使える物だけだった。但し鉄の固まりである事には変りなくソレを使う人間はほぼ例外なく筋肉達磨になる。

だからその場にいた農奴衆が火元を見るまで頭をよぎっていたのは図体のデカいマッチョマンだ。


だがそこにはいたのは冬将軍の圧制の中、クソ食らえといわんばかりに肌を晒す一人の少女だった。

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